「待たせて悪かったな。何事もなければもう少しいても良いと思っていたが、そろそろ屋敷に戻ろう」
「気になさらないでください。烏月様のおかげで、楽しい時間を過ごせました。今夜は連れてきてくださりありがとうございます」
「礼を言うのは、おれのほうだ。お前のおかげで、おれも楽しかった」
由椰が感謝の言葉を伝えて頭を下げると、烏月がふっと笑う。それから浴衣の左袖に手を入れて、何かを取り出した。
「約束したまま、まだ叶えてやっていなかったな」
烏月が差し出したのは、赤く艶々としたりんご飴。祭りに来てすぐに何が食べたいかと聞かれ、由椰が答えたものだ。
由椰にとって、りんご飴は母に連れて行ってもらった祭りの思い出だった。真っ赤で艶々としたりんご飴は、幼い由椰には大きな宝石みたいに見えた。
もったいなくてすぐには食べられず、由椰がりんご飴を食べたのは祭りが終わって数日経ってからのことだった。外側はやたらと甘く、中の果実は少し酸っぱい。ひとくち齧るごとに、祭りの夜のことが思い出されて、あれは夢ではなかったのだと実感できた。
いつかまた味わうことができたらいいと思ったが、祭りに連れて行ってもらったのも、りんご飴を食べたのもそれきりで、由椰の思いは叶わなかった。