「なにかあったのか?」
「気になることがございましたので、ご報告を。この祭りに、二神山の敷地を荒らしている野狐が紛れ込んでいるようです」
淡々とした口調で伝えられる風夜の言葉に、烏月がわずかに頬を引きつらせる。
「確かか?」
「泰吉がかなり強めに野狐の匂いを感じると……。泰吉の鼻を頼りに辿っていくと、本堂の裏のほうから確かに野狐の気配がいたしました。何か悪さを始める前にここから追い払うつもりですが、どうかお気をつけて」
風夜がそう言って、風に紛れて闇夜に消えようとする。だが、それを「いや、待て」と烏月が低い声で呼び止めた。
「おれもともに向かおう。由椰、しばらくここで待っていられるか」
烏月が静かに立ち上がりながら言うと、風夜が由椰を気遣うように見てきた。
「ですが、烏月様……」
風夜は、祭りを楽しんでいたところに水を差したと気に病んでいるのだろう。だが、長い時間、烏月を独り占めにした由椰の心は、もう十分に満たされていた。
「はい。私はここでしばらく休んでいるので、行ってきてください」
由椰が微笑むと、烏月は少し名残惜しそうに目を細めて頷いた。
「まもなく、風音が来るだろう。おれが戻るまでは、風音とともにここにいろ。すぐに戻る」
烏月はそう言い残すと、風夜とともに風にまぎれて姿を消した。