麓の村で暮らしていた頃から、由椰は一度も自身の姿を鏡に映したことがない。

 母と暮らしていた家には鏡がなかったし、母が亡くなって村長の家に引き取られたあとも鏡を覗く機会はなかった。村長の家で働く者の中には、化粧用に手鏡を持っている者もいたが、仮にそれを手にする機会が与えられることがあったとしても、由椰にそれを覗く勇気が持てたかどうかはわからない。

 他人から不気味がられ、避けられてきた左右色違いの由椰の瞳が、実際にはどんなふうに見えるのか。自身の目で確かめるのが怖いからだ。

 由椰がためらっていると、風音が木箱に蓋をした。

「それでは、先にお披露目してからにしましょうか」

 木箱を小脇に抱えた風音が、由椰の手を引いて立ち上がらせる。

「お披露目……?」

 戸惑う由椰を風音が部屋の外へと連れ出し、屋敷の外まで引っ張っていく。

「あ、あの……、風音さん……!」
「やけに騒々しいな」

 入口の戸の外へと無理やり押し出された由椰の耳に、低い声が届く。ハッとして顔を上げると、烏月が由椰を見下ろしてきた。