「このままではだめなのですか?」
「だめではないですが、由椰様にもっとピッタリなものがあるのです」
風音に促されて炊事場を出た由椰は、部屋まで戻って襖の戸を開けた瞬間に、驚いて目を丸くした。
普段は殺風景な自室の真ん中に置かれた衣桁に、紺地に赤や紫の牡丹が描かれた華やかな浴衣がかけられているのだ。
「中へどうぞ、由椰様」
廊下で呆然と立ち尽くしていると、風音がそっと由椰の背を押す。
「これは……?」
「今朝早くに烏月様から頼まれて用意した、祭り用の浴衣です。由椰様に似合うものをとあちこち探しまわっていましたら、あっという間に夕刻になってしまいました」
風音が浴衣をおろしながら、楽しそうにふふっと笑う。
そういえば、今日は朝から風音の姿が見えなかった。
風音は由椰のそばに一日中ついていてくれることがほとんどだが、ときどき実家での勤めがあって、夕刻まで烏月の屋敷に来られないこともある。そのため風音の不在をあまり深く気に留めていなかった由椰だが、その裏で彼女が自分のために動き回っていたとは思わなかった。