テンセイとソウビが同居となる展開に不満を覚えながらも、不思議な充足感に満たされ、スタッフロールを見ながら私はひとしきり涙を流す。
 やがて「Fin」の文字が表示されると、大きく息をついた。
「よし、これで全クリ。なんか最後は複雑な気分だったけど、目標達成かな」
 私はゲーム機を置くと、翌日の準備をしてベッドにもぐりこむ。
(今夜は夢にテンセイ出てきてほしいな)
 灯りを消し、目を閉じる。

 ――架空の世界と思われているものは、実在している異世界の可能性もある――

(何だこの声……)
 頭の中で流れた謎の声。ユーヅツの声に似ている気がした。
(ま、いっか。もう眠さ限界……)
 そう思ったのを最後に、私の意識は闇の中へと飲み込まれて行った。

 ■□■

 瞼の向こうの明るい光。
 小鳥の声。
 気持ちのいい目覚めを迎えられた幸福感を味わった次の瞬間、ザッと血の気が引いた。
「しまった、寝過ごした!?」
 勢いよく身を起こす。
 また寝ぼけてアラームを勝手に止めてしまった、そう思ったのだ。
「か、会社に連絡!」
 だが。
「ん? ここって……」
 上水流(かみずる)めぐりの1人暮らしのワンルームマンションではなかった。
 天蓋付きの大きなベッドが部屋の半分ほどを占める、見覚えのある寝室。
(王の寝室?)
 そう、ヒナツが使用していた寝室だ。

(ちょ、ちょっと待って!? なんで私がヒナツの寝室に!?)
 この世界でのこれまでの記憶が、じわじわと頭の中に湧き上がってくる。
(そうだ、私、夢の中ではガネダンのソウビで、それで……)
 牢から助け出されて、ヒナツの愛妾にされて、チヨミとともに追い出されて、ラニが私の身代わりになって、イクティオに戻って、チヨミがヒナツに告白して、そして私は、私は……。
(待って? 私がこの寝室で寝てることは、またヒナツの愛妾に戻ってる!?)
 先程とは比べ物にならないほど、全身から血の気が引く。私が身に纏っているのは、体のラインがうっすらとわかるほどの、薄手のネグリジェだった。
(どこ!? 今度はどこからやり直しなの!? てか、既にヒナツに寝室連れ込まれてるってこと!? このループでは私、ヒナツに身を許しちゃってる!?)
「いやぁああああ!!」
「ソウビ殿? いかがなされましたか?」
「テンセイ!?」
 私のそばに、テンセイが駆け寄ってきた。
 上は白いシャツ一枚の、胸元をはだけたとても無防備な姿で。
「あれ、私……」
「……。ひょっとして今、メグリ殿の意識が強く出ておられますか?」
(え……!)
 テンセイはベッドに腰を下ろす。
「寝ぼけておいでですかな、メグリ殿」
 その大きく熱い手が、私の頬から耳元へと触れた。
「おはようございます。親愛なる女王にして、我が愛する妻」
「女王……?」
 私は一呼吸の後に、思わず叫ぶ。
「妻!? え? あ? 妻ぁあ!?」
 テンセイはおかしそうに目を細め、クスクスと笑う。
「ふふ、お忘れですか? それとも別の世界の記憶で混乱しておいでですか?」
「別の、世界の記憶……」
 テンセイの指先が、私の耳朶を軽くくすぐる。
「貴女は大勢の民に望まれて女王となり、自分を伴侶に選んでくださったのですが」
(あ……!)

 不思議なことに、それらは『経験』として私の中へ湧き上がってくる。
 そうだ、ラニを救出したのち、ヒナツは北の塔へ幽閉。
 王の座は私が継ぐこととなり、チヨミは他の仲間と共に一家臣へ。
 そしてラニは、テンセイの家で幽閉と言う名で保護されている。
 私は即位の後、皆に祝福されてテンセイと結婚式を挙げ……。
(え? 結婚式!?)

「夫婦!? 私とテンセイが!? うぼぁあああああ!!」
 ついさっきまで私の中に存在しなかった記憶。今はしっかりと「経験」として私の中に存在する。そう、私たちは間違いなく夫婦となったのだ。身も心も確かめ合って。

「無理、死ぬ。召される!!」
 私は布団の中にもぐりこみ、激しく身悶えする。
「私ごときが大天使テンセイ様を毒牙にかけてしまうとは、おほぁあぁあああ!! やばい、幸せ!! 待って、私、前世でどれだけ徳を積んだの!? 推しと夫婦とか! あぁああああ!! すみませんでしたぁあああ!!」
「相変わらずですな、ははは」
 気持ち悪いヲタクムーブを爆発させる私にも、テンセイは全く動じない。そっとプレゼントを開くように私から布団を取り除くと、身をかがめ顔を覗き込んできた。
「愛していますよ、俺の大切な人」
 睫毛の数も数えられるほど近い距離に、テンセイの金色の瞳がある。
「メグリ殿? ソウビ殿? どちらでお呼びした方がよろしいでしょうか」
「こ、ここではソウビで……」
「かしこまりました。では、ソウビ殿」
 テンセイの唇から、甘く深く低い声が紡ぎ出される。
「自分を大切に想ってくれる貴女との邂逅、それは何という奇跡でありましょう。どんな形でも側にいられれば、そんな願いがまさかこのような最上の形で叶うとは。……ソウビ殿、触れても良いですか、その頬に」
 うっかり奇声を発してしまいそうなため、私は両手で口を覆っている。テンセイの言葉にこくこく頷くと、彼は私の燃えるように熱い頬を両手で包み込んだ。
「あぁ、あたたかい……、俺は何という幸せ者だろう」
 世界で一番愛しい顔が、さらに距離を詰める。
「愛しい人、命尽きるまで貴女と共にあることを許していただけますね?」
 私は頷き、彼の首におずおずと手をまわす。そしてその唇をそっと受け入れた。

 ■END■