疲れていたのか、目が覚めたのは眠りに就いてから9時間後だった。
「うぉ、あっぶない!」
 いつの間にかアラームを止めてしまっていたようだ。
(大丈夫、まだいける。間に合う!)
 私は顔を洗って目を覚ますと、パン類を側に置きゲームを起動させる。
 主人公の名前欄に「メグリ」と入れようとして手を止めた。
 なんとなくヒナツルートはデフォルト名のチヨミのまま進めたいと感じた。
「さぁ、ヒナツルート、来い!」

■□■

【ヒナツ】
無事か、チヨミお嬢様!

【チヨミ】
ヒナツ……!

【野盗】
このガキ!!

【ヒナツ】
来いよ! お嬢様は渡さねぇ!

■□■

 このシーンは何度見てもいい。
 野盗に襲われたアルボル一家を、まだ12歳のヒナツがナイフ一本で救う場面だ。
 一度見たシーンはスキップして時間短縮する派の私だけど、このシーンだけはいつも音声も飛ばさずきちんと見てしまう。
(ショタナツ良き♪ この頃のままならよかったのに)

■□■

【ヒナツ】
ソウビが言うのだ。
今のままでは臣下も俺を侮ると。
女の尻に敷かれている王であってはならないと、な。

【ヒナツ】
まぁ、そういうわけだ。
荷がまとまり次第、離宮へ移れ。
従者も好きに連れて行っていいぞ。

【チヨミ】
……っ
ヒナツのばかっ!!

■□■

「このわからずや俺様野郎!!」
 物語は、第五章の主人公追放イベントまで進んでいた。
 このシーンを見るたび、はらわたが煮えくり返る。
(選択肢に『殴る』を実装して!! 殴るボタンをよこせ!)
 ヒナツと袂を分かつのは一向にかまわない。ただ、一発殴らなきゃ気が済まない。
(それにしても、ここからどうやって、ヒナツと和解するんだろ……)

■□■

【チヨミ】
ヒナツと、戦いたくないなぁ……。

【チヨミ】
あんな戦の神の化身のようなヒナツと
刃を交わすなんて……

【チヨミ】
ううん、そうじゃない。
私、今もヒナツが好きなんだ。

■□■

 第八章、いよいよ物語は佳境に入っていた。
 このチヨミのセリフは初めて見る。ヒナツ和解ルートに、無事入った証拠だ。
(自分でプレイしといてなんだけど……)
 私はずっともやもやした気持ちを抱えたまま、このルートをプレイしている。
(チヨミ、悪いこと言わないから他のにしときな! タイサイとかさぁ)
「単推しならテンセイだけど、カプ推しだとタイサイ×チヨミだな」
 呟いて、ふと奇妙な心持になる。
 同じことをいつかどこかで、思った気がする。それがどのタイミングだったか、全く思い出せないけど。デジャヴ?
「まぁ、ヒナツはないかな」

■□■

【チヨミ】
ヒナツ、一番伝えたい言葉を私はまだ言ってない!

【ヒナツ】
うるさい!
お前の口から出てくるのは、いつも俺を否定する言葉ばかりだ!

【チヨミ】
聞いてヒナツ、私は……!

【ヒナツ】
黙れぇえ!!

■□■

 最終戦は、まさかの主人公VSヒナツの一騎打ち。
「ぎゃー、ヒナツ強すぎて全然HP削れない!! なんだよ、ダメージ一桁って! 勝てないってこれ!! えー、何? レベルが足りないとか、そんなことないよね!?」
 泣き言を言いながら、私はボタンを叩き続ける。
 攻略Wikiにはまだ、この戦闘に関する情報が上がっていなかった。

■□■

【民】
今すぐそこをどいてくれ!
あんたを憎みたくないんだ!

【チヨミ】
……。

【チヨミ】
ヒナツ、伝えたかった言葉、言うね。

【チヨミ】
昔、野盗から私を助けてくれたよね。
あの日から、ずっと好きだよ。

【チヨミ】
この命は、この魂は、あなたがいたから今ここにあるの。
だからね。

【チヨミ】
今度は私が、ヒナツの命を救う番。

■□■

(チヨミ……)
 いつの間にか私の頬に涙が伝っていた。
(そうか、チヨミにとってヒナツは恋愛の相手という以上に「恩人」なんだね)
 あれほどヒナツだけはやめとけー、と思ったのに、今は納得することしかできない。
(でも、もっと自分を大切にしようよチヨミ……)

 ふぅ、とため息をつき、何気なく時計を見る。
 既に時刻は夜中を回っていた。
「うわ、もうこんな時間!」
 三連休は、がっつりゲームでつぶれてしまった。
 数時間後には会社で仕事を始めているかと思うと気が重い。
 仕事のためにはもう就寝した方がいいとは分かっているのだが。
「とりあえずはラストまで見ちゃおう」
 この「ちょっとラストまで」が数時間かかることも、ゲームではあるあるだ。
 けれど、最後まで見届けたいと言う気持ちが勝《まさ》った。

■□■

【ソウビ】
はぁ、はぁ、はぁ……。

【ソウビ】
どうして……、
どうして私がこんな目に……!

【テンセイ】
……。

【ソウビ】
テンセイ……、
お願い、見逃して。

【テンセイ】
……。

【テンセイ】
ソウビ殿、どうぞこちらへ。

【テンセイ】
チヨミ殿のご意志です。貴女の身柄をお預かりします。

■□■

「えっ?」
 思わず声が出る。
 これまでの展開だと、ソウビはここでテンセイに殺されていた。
(展開が変わった……!)

■□■

【チヨミ】
ヒナツ、あなたを北の塔に拘束します。
そこで静かに余生を過ごしてください。

【チヨミ】
私も、付き合うから……。

【ヒナツ】
……。

【ラニ】
チヨミ、本当に私が王に?
こんな未熟な私が国を背負うなんて荷が重すぎですわ。

【チヨミ】
多くの民が、ラニ様を女王にと望んだのです。

【ラニ】
チヨミ、側にいてくれませんの?

【チヨミ】
大丈夫です、ラニ様。
ラニ様のことはテンセイ、ユーヅツ、タイサイがしっかりと支えますから。

【ラニ】
……お姉さまは、どうなってしまわれるの?

【テンセイ】
ご心配なく、ラニ様。
ソウビ殿は、自分の家で身柄をお預かりします。

【ソウビ】
……!

【テンセイ】
かつては婚約者であった間柄にございます。
ユリスディの家で責任持って面倒を見ましょう。
幽閉にちょうど良い部屋もございますゆえ。

■□■

「はぁ!? ソウビ、テンセイの家に幽閉されるの!?」
 夜中に思わず叫んでしまい、慌てて口を抑える。
 けれど抑えきれない憤りは、口からついつい漏れてしまった。
「えー、やだやだ。もしかしてこの悪役、ずっとテンセイと一緒ってこと? 嫌すぎる。テンセイは私のだから、別の女を家に連れ込まれるのやだなぁ。やだやだ、やだぁ~」
 他のルートでは、ソウビは逃亡中に殺害されてしまう。テンセイの元に預けられるという展開は予想してなかった。
「こんなことなら、ソウビ助けるんじゃなかった~。ヒナツルート見るんじゃなかった~。え~、やだ~。テンセイの側にソウビ置いておくのやだぁああ~!」
 社会人にはあるまじき駄々っ子状態となり、私は床に寝転がり不貞腐れる。だが、そんな私の目に涙が勝手に膨れ上がった。
「あ、あれ……? どうして涙が……」
 私は起き上がり、指先で涙をぬぐう。
「いや、確かにソウビを家に連れ込まれるの嫌だけど。めちゃくちゃ嫌だけど、泣くほどじゃ……」

――どんな形でもいい。貴女と同じ世界で寄り添えるなら……――

「っ!?」
 テンセイの声が、耳の奥で聞こえた気がした。
「なんだろう、今の言葉……。ゲームにあんなセリフはなかったと思うけど、どこかで聞いた気がする……」
 同じ声優さんの別のゲームのキャラだろうか。思い出せない。
(なんだろう、さっきの。わからない、でも……)
 テンセイとソウビが一緒にいるのを見てると胸が苦しい。
(涙が止まらない……。それになぜだろう。「よかった」って、私思ってる……)