キ・ソコ将軍を味方として得られ、ほっとした空気になったのもつかの間。
 メルクは、私の先読みの力についての説明を求めた。
(なんでここで波風立てるようなこと言い出すのよ! 今日はもう、ゆっくりとした夜を迎えたかったのに)
 だが、これがメルクなのだろう。人当たりのいい笑顔を見せながら誰に対しても油断をしない、冷静沈着な人。
 メルクの言葉に、その場にいたメンバーが表情を引き締め、私を見る。
 やはり気にはなっていたのだろう。追及をしなかっただけで。
 メルクは朗らかに笑いながらも、油断なく私を見据えている。
「敵の本拠地は目の前だ。そろそろ話してもらってもいいかな、姫さん。君が何者なのか。そして、なぜ未来を予知するような真似ができるのか」
 その瞳に、逆らうことを許さぬ鋭い光が宿る。
「最後の戦いを共にする仲間に、出来れば種明かしをしてもらいたいんだが」
(最後の戦いを共にする仲間……)
 私はテーブルを見回す。仲間たちは神妙な面持ちでこちらを見ていた。
「そう、だね……」
 命がけの戦いに、得体のしれない人間を同行するのはやはり不安だろう。疑念は何かのはずみで、良くない影響を及ぼすかもしれない。
「信じられないかもしれないけど……」
 私は正直に全てを話すことにした。

 私は元の世界で上水流(かみずる)めぐりという名であること。
 この世界は、私がプレイしていたゲームの内容と酷似した、私の見ている夢であること。
 私はそのゲームを一周したことで、大体の流れや個人の情報を掴んでいることを。

「カミズル、メグリ……。この世界の全てはあなたの夢の中だと言うの?」
 チヨミは信じられないと言った顔つきで、首を横に振る。他の皆も似たような反応だった。
 その中で、メルクだけが表情を変えない。
「ゲーム、か。カードとはずいぶん趣の違う遊戯のようで、よく分からんが。つまり、俺たちのことを描いた物語が幾通りか存在している。そのうちの一篇を君は読破済で、今我々は君の読んだものとは別の物語の中を進んでいる、そんな解釈でいいか?」
「うん、大体あってる」
「じゃあ、これからどうなるんだ?」
 タイサイが音を立てて椅子から立ち上がった。
「俺たちは勝てるのか? あの腕っぷしだけは妙に立つ、獣のような男にどうやって!?」
 タイサイの問いに、私は言葉を詰まらせる。
(う~ん、この先のことは正確には知らないし、タイサイには特に答えづらいな)
 ここはヒナツ和解ルートの可能性が高い。ヒナツを倒せたとしても、結局チヨミはタイサイでなくヒナツを選ぶわけだ。
 ここへ来てタイサイ×チヨミのカプにハマった身としては、少々胸が痛い。
「ごめん、タイサイ。プレイしてないルートだから知らない」
「チッ、肝心なところで役に立たねぇな」
 相変わらずの物言いに少々腹は立ったが、この先、タイサイが報われないと思うと、あまり強い態度に出られなかった。
 私は彼の憎まれ口をスルーし、説明を続ける。
「先がわからない理由はそれだけじゃないんだ。本来ならソウビ・アーヌルスは皆と一緒に反乱軍なんてやってない。ヒナツの寵姫のまま民衆に憎まれて最期を迎えるんだよ。……テンセイに剣で貫かれて」
 私がそう言うと、テンセイは小さく息を飲む。
「そう言えば、以前もそのようなことをおっしゃっていましたね」
「うん」
「……信じがたいことだ」
「でも、私は今ここにいる。ヒナツの側じゃなく、みんなと一緒にこのカタム砦に。この時点で、私の知っている展開とは異なってる。それにキ・ソコ将軍の件だって」
「キ・ソコ将軍の件?」
私はチヨミに頷いて見せる。
「彼が捕らえられる展開なんて、私は知らなかった。別ルートのせいかもしれないけど、ひょっとすると私がここにいるせいで起こった、イレギュラーな事象かもしれない」
「なるほど」
 メルクはテーブルに肘をつき、指を組むとその上に右頬を乗せた。
「で、姫さん。我々があの暴君に勝てるかどうかは? こちらとしてはそこが一番知りたいんだけど」
 彼の問いに私は即答できない。
 チヨミはゲームの主人公だから、勝利でエンディングを迎えるのはまず間違いない。
 けれど、戦闘に負けてゲームオーバーと言うパターンもこの世界には存在する。
「タイサイにも言ったけど、わからない」
「また『わからない』かよ。大勢の命がかかってんだぞ!?」
 気色ばむタイサイを、チヨミがそっと制する。
「ううん、十分よ。ありがとうソウビ」
「チヨミ……」
「きっと運命に勝利して、この物語をハッピーエンドに繋いで見せる。それがあなたの知る物語の中の、私の役割なんでしょ?」
「うん」
 チヨミはやはり主人公だ。誰よりも先頭に立ち、前に進もうとする。力強く、そしてしなやかに。
「けど、信じがたいぜ」
 タイサイが面白くなさそうに呟く。
「俺らが物語、つまり作り物の中の存在なんてよ」
 だが、タイサイの言葉に思わぬ反応を見せたのはユーヅツだった。
「ボクはそう思わないな」
「は?」
「ボクらが、メグリの世界における作り物の中の存在だとして。メグリ自身が誰かの創作物の中の登場人物じゃないって、言い切れないでしょ?」
(はい!?)
「ど、どういう?」
 困惑する私に、ユーヅツは魔法を教えてくれた時のように、淡々と語る。
「メグリ、君の世界も誰かによって作られたってこと。つまり君自身、己の意思で動いているつもりでも、創作者の意思の伝達役に過ぎないかもしれないってことさ」
 はぃい!?
「面倒くさいから話まとめるけど。ボクらも君も大して違いはないんじゃないかな、多分」
 いや、まとめ方、雑!
「ボクとしては、ソウビはこちらに有利な情報をくれる便利な存在だし。君が別世界の人間の意識を持ってても、問題視する必要全くないな、って思ってる」

 その場にいる全員、呆気にとられた表情でユーヅツと私を見比べる。やがて、小さく吹き出す音が聞こえた。
「はは、確かにな!」
 メルクが王子らしからぬ大口を開けて笑っていた。
「ソウビが意図的に、僕らに不利益な行動を取ったことはないし。問題ないと言えば問題ないよな」
 ないの!?
「じゃ、この話はこれでお開きにすっか!
「ええ!? 軽っ!」
 呆気なく終わった審問。私は流れについて行けず、うろたえる。
 メルクは頭の後ろで手を組むと、意地の悪い笑みを浮かべる。
「なに、姫さん? もっといろいろ追及してほしい? ねちねちと問題提起して責め立ててほしかった?」
「いや、そうじゃないけど!」
 本当にいいのだろうか? この世界の人からすればかなりあり得ない内容を語ったはずだが。むしろ更に疑いが深まってもおかしくない、異常な内容だったわけだが。
「そうね。私もこの話はここまででいいと思う」
「いいの!?」
 思わず出た声に、チヨミがうなずいて返す。
「この先の展開を知らないとはいえ、これまでにソウビの情報に助けられたこともあったから。ソウビは私たちの味方だと信じていいと思うの」
「チヨミ……」