私たちは、カタム砦の本来の主によって、内部へと招き入れられた。
「実に面目ない。あ奴らの姦計にうっかりはめられてしまいましてなぁ!」
キ・ソコ将軍は頭を搔きながらも豪快に笑う。
私たちは食事をいただきつつ、ここで何が起きていたかを彼に問うた。
「恥ずかしながら、慰労と言う名目でここへ訪れた奴らに一服盛られましてな。気を失い、目覚めた時は牢の中でした」
隆々と筋肉の盛り上がる腕を胸の前で組み、将軍は眉を下げてうなだれる。
「その時には部下ともども手足を厳重に鎖で繋がれ、ほぼ身動きのとれぬ状態。砦は奴らの手中に収められてた次第で」
(また他人のエリア乗っ取ってたのかよ、あいつら)
ウツラフ村の時のことを思い出した。
「ではどうやって牢から出て来られたのだ? ここの牢の鎖は、そう簡単には切れぬはずだが」
長年共に忠臣として名を馳せてきた仲間に、アルボル卿が問う。キ・ソコ将軍は顎に手をやり、ふむ、と一つ頷いた。
「それが、先ほどの騒ぎの中、突如牢の壁が破壊されましてな」
(ん? 壁が破壊?)
「鎖の端はその壁に埋め込まれておったため、壁が崩れると同時に手足が自由になったのだ。解放された直後は、少々手足に痺れを感じておったがな、がははは!!」
(それって、私がうっかり当てちゃった雷撃のせいじゃ!?)
あの時、「うお」という声が聞こえた気がしたが、この人だったのか。
(雷撃の直撃した牢に、鎖で繋がれていて、手足に痺れ程度で済んだんだ。すみませんでした、よくぞご無事で)
「なんにせよ、無事でよかった。将軍が突然姿を消したので、心配しておったのだ」
「ははは、そちらも。国外追放になったと聞いた時は、驚きましたぞ、アルボルの」
忠臣二人は楽しげに笑いながら酒を酌み交わす。
ぐいと盃を空けたキ・ソコ将軍が、ふとチヨミに目を向けた。
「それでチヨミ嬢、いや、正妃チヨミ。あなたはどうするおつもりかな?」
酒のため赤ら顔ではあるが、将軍の眼差しは鋭かった。
「大勢の民を引き連れ、まるで反乱軍の様相で城へと向かっているようだが」
「ヒナツには王座から下りてもらいます」
チヨミはキ・ソコ将軍をまっすぐに見返し、言葉を続ける。
「ヒナツは王の器じゃありません。視野が狭く、国を治めるだけの知識がなく采配も拙劣」
(はっきり言った……)
恋する相手に対しても、冷静な評価を下すチヨミ。彼女の恋は盲目じゃない。
「この国の民を不幸にしないためには、ヒナツを王座から下ろし、統治できる人間が王にならなくてはなりません」
「そして、その人間は正妃チヨミ、あなただと?」
「とは限りません」
(え?)
戦慣れした将軍の眼光に怯むことなく、チヨミは落ち着いた声で返す。
「多くの民は私を王にと望んでくれています。それはとても嬉しいことです。ですが一方で、長く続いたアーヌルスの血筋が王位に就くことを望む貴族も多い」
(そっか、アーヌルス……って。えっ、こっち来た!?)
「私は、ソウビが王位に就くのが良いと考えています」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってチヨミ!?」
完全に、主役のチヨミを見る傍観者になっていた私は、いきなり前面に押し出されて慌てる。
「女王とか、心の準備、全っ然出来てないんだけど!?」
「……」
「あと、国を治めるとか正直よく分からないし。ヒナツほど無茶苦茶じゃなくても、穴だらけの治世になっちゃいそうで怖いよ!」
「大丈夫よ、ソウビ。その辺は私たちがしっかり支える。そのための家臣じゃない」
「で、でも……」
(それに、家臣って……)
「正妃チヨミ」
将軍の重々しい声が、その場の空気を震わせた。
「この私は王に使える将軍ですぞ? 王妃と言えど、反乱の意思ある人間を、おとなしく見逃すとお思いか?」
厳めしい表情のキ・ソコ将軍が、チヨミを睨み据えている。先ほどと同じ姿で椅子に座ったままだが、既に刃をチヨミの首筋に当てているかのような気迫だった。私たちの間に緊張が走る。タイサイは剣の柄に手をかけていた。
けれどチヨミは落ち着いた表情で言葉を続ける。
「キ・ソコ将軍。あなたが仕えているのは、現王でなく、国そのものですよね?」
そこにいたのは、人々の信頼を集め前進する、しなやかで凛としたリーダー。
「キ・ソコ将軍、あなたはこのイクティオを愛している。そして国を傾けんとする人間を、王と認める方とは思えない。きっと私たちの味方になってくれます」
冷静で、それでいながら柔和な表情のチヨミが、キ・ソコ将軍と真正面から視線を合わせる。二人はそのまま、微動だにせず見合った。私たちも、呼吸音すら許されない緊張感に、身を固くする。
どれほどの時が経っただろう。実際は数秒のことだったかもしれないが。
「ふふ、はーっはははは!」
キ・ソコ将軍が豪快に笑いだした。チヨミがそれに合わせるように、目を細め口端を上げる。
将軍は自分とアルボル卿の盃に酒を注ぐと、アルボル卿の肩にグイッと腕をかけた。
「相変わらず、勘が鋭いだけでなく肝の据わったお嬢さんですな、アルボル卿。わっははは!」
「ははは、これでも昔は、野盗に怯えて泣く娘だったのですが」
(いや、そこ笑うところ!?)
キ・ソコ将軍はチヨミの盃にも酒を注ぐ。その勢いのまま、皆に盃を向けるように促す。皆の盃が満たされたのを確認すると、彼は「乾杯」と言った。
「あなたのお気持ちはよく伝わりました、正妃チヨミ。このキ・ソコ、あなたの力となりましょう」
将軍は、恭しい仕草でチヨミにそう告げる。そしてすぐさまその鬼瓦のような顔に、力強い笑みを浮かべた。
「王座には誰がふさわしいか。それはもう少し時間をかけて考えるとして。今日は大変な一日だったでしょう。まずはゆっくりと疲れを癒してください」
■□■
キ・ソコ将軍とアルボル卿が部屋に引き上げてからも、私たちはその場にとどまった。
「少し予測とは違ったようだが、おおむね君が知ってた流れかな、姫さん?」
「へ?」
メルクが私の顔を覗き込むようにして笑っている、
「知っていたよな、姫さん? ここの人間がチヨミちゃんの味方になってくれるって」
「えぇ、まぁ……」
「実に面目ない。あ奴らの姦計にうっかりはめられてしまいましてなぁ!」
キ・ソコ将軍は頭を搔きながらも豪快に笑う。
私たちは食事をいただきつつ、ここで何が起きていたかを彼に問うた。
「恥ずかしながら、慰労と言う名目でここへ訪れた奴らに一服盛られましてな。気を失い、目覚めた時は牢の中でした」
隆々と筋肉の盛り上がる腕を胸の前で組み、将軍は眉を下げてうなだれる。
「その時には部下ともども手足を厳重に鎖で繋がれ、ほぼ身動きのとれぬ状態。砦は奴らの手中に収められてた次第で」
(また他人のエリア乗っ取ってたのかよ、あいつら)
ウツラフ村の時のことを思い出した。
「ではどうやって牢から出て来られたのだ? ここの牢の鎖は、そう簡単には切れぬはずだが」
長年共に忠臣として名を馳せてきた仲間に、アルボル卿が問う。キ・ソコ将軍は顎に手をやり、ふむ、と一つ頷いた。
「それが、先ほどの騒ぎの中、突如牢の壁が破壊されましてな」
(ん? 壁が破壊?)
「鎖の端はその壁に埋め込まれておったため、壁が崩れると同時に手足が自由になったのだ。解放された直後は、少々手足に痺れを感じておったがな、がははは!!」
(それって、私がうっかり当てちゃった雷撃のせいじゃ!?)
あの時、「うお」という声が聞こえた気がしたが、この人だったのか。
(雷撃の直撃した牢に、鎖で繋がれていて、手足に痺れ程度で済んだんだ。すみませんでした、よくぞご無事で)
「なんにせよ、無事でよかった。将軍が突然姿を消したので、心配しておったのだ」
「ははは、そちらも。国外追放になったと聞いた時は、驚きましたぞ、アルボルの」
忠臣二人は楽しげに笑いながら酒を酌み交わす。
ぐいと盃を空けたキ・ソコ将軍が、ふとチヨミに目を向けた。
「それでチヨミ嬢、いや、正妃チヨミ。あなたはどうするおつもりかな?」
酒のため赤ら顔ではあるが、将軍の眼差しは鋭かった。
「大勢の民を引き連れ、まるで反乱軍の様相で城へと向かっているようだが」
「ヒナツには王座から下りてもらいます」
チヨミはキ・ソコ将軍をまっすぐに見返し、言葉を続ける。
「ヒナツは王の器じゃありません。視野が狭く、国を治めるだけの知識がなく采配も拙劣」
(はっきり言った……)
恋する相手に対しても、冷静な評価を下すチヨミ。彼女の恋は盲目じゃない。
「この国の民を不幸にしないためには、ヒナツを王座から下ろし、統治できる人間が王にならなくてはなりません」
「そして、その人間は正妃チヨミ、あなただと?」
「とは限りません」
(え?)
戦慣れした将軍の眼光に怯むことなく、チヨミは落ち着いた声で返す。
「多くの民は私を王にと望んでくれています。それはとても嬉しいことです。ですが一方で、長く続いたアーヌルスの血筋が王位に就くことを望む貴族も多い」
(そっか、アーヌルス……って。えっ、こっち来た!?)
「私は、ソウビが王位に就くのが良いと考えています」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってチヨミ!?」
完全に、主役のチヨミを見る傍観者になっていた私は、いきなり前面に押し出されて慌てる。
「女王とか、心の準備、全っ然出来てないんだけど!?」
「……」
「あと、国を治めるとか正直よく分からないし。ヒナツほど無茶苦茶じゃなくても、穴だらけの治世になっちゃいそうで怖いよ!」
「大丈夫よ、ソウビ。その辺は私たちがしっかり支える。そのための家臣じゃない」
「で、でも……」
(それに、家臣って……)
「正妃チヨミ」
将軍の重々しい声が、その場の空気を震わせた。
「この私は王に使える将軍ですぞ? 王妃と言えど、反乱の意思ある人間を、おとなしく見逃すとお思いか?」
厳めしい表情のキ・ソコ将軍が、チヨミを睨み据えている。先ほどと同じ姿で椅子に座ったままだが、既に刃をチヨミの首筋に当てているかのような気迫だった。私たちの間に緊張が走る。タイサイは剣の柄に手をかけていた。
けれどチヨミは落ち着いた表情で言葉を続ける。
「キ・ソコ将軍。あなたが仕えているのは、現王でなく、国そのものですよね?」
そこにいたのは、人々の信頼を集め前進する、しなやかで凛としたリーダー。
「キ・ソコ将軍、あなたはこのイクティオを愛している。そして国を傾けんとする人間を、王と認める方とは思えない。きっと私たちの味方になってくれます」
冷静で、それでいながら柔和な表情のチヨミが、キ・ソコ将軍と真正面から視線を合わせる。二人はそのまま、微動だにせず見合った。私たちも、呼吸音すら許されない緊張感に、身を固くする。
どれほどの時が経っただろう。実際は数秒のことだったかもしれないが。
「ふふ、はーっはははは!」
キ・ソコ将軍が豪快に笑いだした。チヨミがそれに合わせるように、目を細め口端を上げる。
将軍は自分とアルボル卿の盃に酒を注ぐと、アルボル卿の肩にグイッと腕をかけた。
「相変わらず、勘が鋭いだけでなく肝の据わったお嬢さんですな、アルボル卿。わっははは!」
「ははは、これでも昔は、野盗に怯えて泣く娘だったのですが」
(いや、そこ笑うところ!?)
キ・ソコ将軍はチヨミの盃にも酒を注ぐ。その勢いのまま、皆に盃を向けるように促す。皆の盃が満たされたのを確認すると、彼は「乾杯」と言った。
「あなたのお気持ちはよく伝わりました、正妃チヨミ。このキ・ソコ、あなたの力となりましょう」
将軍は、恭しい仕草でチヨミにそう告げる。そしてすぐさまその鬼瓦のような顔に、力強い笑みを浮かべた。
「王座には誰がふさわしいか。それはもう少し時間をかけて考えるとして。今日は大変な一日だったでしょう。まずはゆっくりと疲れを癒してください」
■□■
キ・ソコ将軍とアルボル卿が部屋に引き上げてからも、私たちはその場にとどまった。
「少し予測とは違ったようだが、おおむね君が知ってた流れかな、姫さん?」
「へ?」
メルクが私の顔を覗き込むようにして笑っている、
「知っていたよな、姫さん? ここの人間がチヨミちゃんの味方になってくれるって」
「えぇ、まぁ……」