書斎に茜色の陽が射す頃、ユーヅツは魔導書を閉じた。
「この辺にしておこうか、ソウビ。お疲れ様」
「ご、ご指導ありがとう、ございました……」
精魂尽き果てるとはこういうのを言うのだろう。
(五科目の教科書をそれぞれ暗唱させられた感じだ……)
ぐったりと突っ伏していると、優しく頭に何かが触れた。
「んぁ?」
反射的に頭を上げる。ユーヅツは手を振りながら、扉へ向かおうとしていた。
「魔導書、片づけておいてね」
「うぃす」
ユーヅツの指先が触れたらしいところへ、私も手をやる。
(今、ユーヅツ、頭撫でたよね?)
「ソウビ」
「何?」
「自分に出来ることをしようと限界まで努力する姿、ボクはとても好ましいと思うよ」
「お、おぅ?」
ユーヅツの姿が扉の向こうへと消える。
(すごい。さすが乙女ゲーの攻略キャラ、さりげなく決めていく)
原作ゲームではまだこんなシーンを見ていないので、少し驚いた。
ひょっとすると、ユーヅツを攻略するとチヨミが魔法を覚える展開があるのだろうか。
「さてと」
私は目の前に積みあがった魔導書に目を向ける。
(片づけてって言われたけど。持ち帰って、部屋でも覚えようかな)
崩さぬよう気を配りながら魔導書タワーを抱え上げ、自室へ引き上げようとした時だった。
目の前で扉が開き、テンセイが顔を出した。
「ソウビ殿」
「わ、テンセイ、ナイスタイミング。両手ふさがってたから助かった」
「自分が持ちましょう」
返事をする前に、私が抱えていた魔導書は全てテンセイに奪われる。
「え? 悪いよ、そんなの。私も半分持つよ?」
「軽いものです。それにユーヅツに頼まれましたので」
「ユーヅツに?」
「はい。もしも貴女が魔導書を自室に持ち帰ろうとしていたら、運んでやってほしいと言われました」
(なんと!?)
ユーヅツに色々見抜かれていることに驚く。
(おっとりしてるように見えるのにな)
テンセイルートを攻略しただけでは知ることのなかった彼らの別の顔。それがここに来て色々見えてきた気がした。
■□■
数日が経った。
メルクの離宮の前庭にはイクティオからの避難民が集まっている。
そこへ姿を現したのは、戦闘スタイルの服を身に着けたチヨミだった。
ちなみに私も、魔導士らしい白い装束をあつらえてもらっている。
チヨミはぐるりと皆の顔を見回し、口を開いた。
「皆さん、傷は癒えましたか? 疲れの出ている人はいませんか?」
助けを求めてチヨミの元へ集った民に、彼女は穏やかに、そして凛々しい声で語りかける。
「これより我々は、イクティオへと向かいます。目的地は東の離宮。本来私の居住地となる筈だった場所です」
風がさらりとチヨミの前髪を揺らす。
「東の離宮に入るにあたって、それほどの抵抗はないでしょう。まずはあの地を拠点とすべく進軍します。ですが、我々の動きに気づいた時、王の側に何らかのリアクションがあるかもしれません。油断は禁物です」
チヨミは腰から剣を抜き、高々と掲げる。陽の光が刃に当たり、キラリと輝いた。その姿はまるで、天から祝福を与えられたかのように神々しかった。
「行きましょう、皆さん! 安心して暮らせる場所を取り戻すために!」
彼女の言葉が終わるや否や、割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こる。チヨミの名を讃える群衆に、彼女は力強く微笑み、手を振った。
(頑張ろうね、チヨミ)
私は心の中でそっと語り掛ける。
ここに集う人たちの願いは、まず間違いなく「ヒナツを倒してくれ」だ。
それを理解しつつ、チヨミは彼らを安心させるために微笑んで見せている。
本当はヒナツを非難する言葉など、耳にするだけでつらいだろうに。
(チヨミの好きな人を救うため、そしてラニを傾国の役割から解放するため、頑張ろうね!)
■□■
チヨミの言ったとおり、東の離宮へは特に問題なく入ることが出来た。
使用人たちは初め、大勢の民を引き連れて入ってきた私たちにぎょっとなっていたが、チヨミやアルボル卿の姿を見て受け入れてくれた。
屋根のある場所で民を休ませ、食事を振舞う。人々の顔に安堵の笑みが戻ったのを確認し、私たちは割り当てられた部屋へと引き上げた。
■□■
「ふぅ……」
私は城壁の上へ出て、夜空を眺めていた。降り注ぐような満天の星空、これは元の世界ではお目にかかることのできない光景だった。
今日は運よく、ヒノタテからイクティオの東の離宮まで移動しただけに終わった。けれど、いつ襲撃されてもおかしくないという緊張が続いたため、気疲れはかなりのものだった。
(あー、ゲームしたい)
上水流めぐりとしての生活が、ふと恋しくなる。
(ゲーム機でもスマホでもいい。ベッドに寝っ転がってポチポチやりたい……。ゲームの夢を見ながらゲームしたいって思うのも、どうかと思うけど)
ふと城壁に触れ、そのひやりと武骨な手触りに少し驚く。
(あ、ここ! よく見ればイベントで見た場所だ!)
チヨミ主人公でプレイしていた時に、恋愛イベントの三段階目が起きた場所だと記憶している。色合いや形からして、間違いはなかった。
(あぁああ、今すぐゲーム起動して、思い出モードが見たい! 一日のご褒美に、テンセイとの恋愛イベントを全部まとめて見たい!)
ルートクリア後も、何度か再生して聞いたテンセイの告白セリフ。
目を閉じればBGMやボイスが耳の奥に蘇る。
―― 自分は貴女のことを愛しております。
初めて出会った
あの日より変わらず……――
(んふふふ~。何度も聞いたから、脳内でボイス再生余裕~)
勝手に笑ってしまう顔半分を手で覆いつつ、にへにへと笑っていた時だった。
(……あれ?)
心にひやりと氷が差し込む。
『GarnetDance』の主人公はチヨミだ。当然、テンセイのこの言葉を受け取ったのはチヨミということになる。
(ちょっと待って? 『初めて出会ったあの日より変わらず』……)
ごくりと唾を飲む。
(『愛してます』ぅうう!?)
このセリフだと、テンセイ加入イベントからずっと、彼はチヨミのことを愛してたと言うことになる。
(ちょっと待って、ちょっと待って!? 今のテンセイの気持ちはどうなの!?)
「この辺にしておこうか、ソウビ。お疲れ様」
「ご、ご指導ありがとう、ございました……」
精魂尽き果てるとはこういうのを言うのだろう。
(五科目の教科書をそれぞれ暗唱させられた感じだ……)
ぐったりと突っ伏していると、優しく頭に何かが触れた。
「んぁ?」
反射的に頭を上げる。ユーヅツは手を振りながら、扉へ向かおうとしていた。
「魔導書、片づけておいてね」
「うぃす」
ユーヅツの指先が触れたらしいところへ、私も手をやる。
(今、ユーヅツ、頭撫でたよね?)
「ソウビ」
「何?」
「自分に出来ることをしようと限界まで努力する姿、ボクはとても好ましいと思うよ」
「お、おぅ?」
ユーヅツの姿が扉の向こうへと消える。
(すごい。さすが乙女ゲーの攻略キャラ、さりげなく決めていく)
原作ゲームではまだこんなシーンを見ていないので、少し驚いた。
ひょっとすると、ユーヅツを攻略するとチヨミが魔法を覚える展開があるのだろうか。
「さてと」
私は目の前に積みあがった魔導書に目を向ける。
(片づけてって言われたけど。持ち帰って、部屋でも覚えようかな)
崩さぬよう気を配りながら魔導書タワーを抱え上げ、自室へ引き上げようとした時だった。
目の前で扉が開き、テンセイが顔を出した。
「ソウビ殿」
「わ、テンセイ、ナイスタイミング。両手ふさがってたから助かった」
「自分が持ちましょう」
返事をする前に、私が抱えていた魔導書は全てテンセイに奪われる。
「え? 悪いよ、そんなの。私も半分持つよ?」
「軽いものです。それにユーヅツに頼まれましたので」
「ユーヅツに?」
「はい。もしも貴女が魔導書を自室に持ち帰ろうとしていたら、運んでやってほしいと言われました」
(なんと!?)
ユーヅツに色々見抜かれていることに驚く。
(おっとりしてるように見えるのにな)
テンセイルートを攻略しただけでは知ることのなかった彼らの別の顔。それがここに来て色々見えてきた気がした。
■□■
数日が経った。
メルクの離宮の前庭にはイクティオからの避難民が集まっている。
そこへ姿を現したのは、戦闘スタイルの服を身に着けたチヨミだった。
ちなみに私も、魔導士らしい白い装束をあつらえてもらっている。
チヨミはぐるりと皆の顔を見回し、口を開いた。
「皆さん、傷は癒えましたか? 疲れの出ている人はいませんか?」
助けを求めてチヨミの元へ集った民に、彼女は穏やかに、そして凛々しい声で語りかける。
「これより我々は、イクティオへと向かいます。目的地は東の離宮。本来私の居住地となる筈だった場所です」
風がさらりとチヨミの前髪を揺らす。
「東の離宮に入るにあたって、それほどの抵抗はないでしょう。まずはあの地を拠点とすべく進軍します。ですが、我々の動きに気づいた時、王の側に何らかのリアクションがあるかもしれません。油断は禁物です」
チヨミは腰から剣を抜き、高々と掲げる。陽の光が刃に当たり、キラリと輝いた。その姿はまるで、天から祝福を与えられたかのように神々しかった。
「行きましょう、皆さん! 安心して暮らせる場所を取り戻すために!」
彼女の言葉が終わるや否や、割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こる。チヨミの名を讃える群衆に、彼女は力強く微笑み、手を振った。
(頑張ろうね、チヨミ)
私は心の中でそっと語り掛ける。
ここに集う人たちの願いは、まず間違いなく「ヒナツを倒してくれ」だ。
それを理解しつつ、チヨミは彼らを安心させるために微笑んで見せている。
本当はヒナツを非難する言葉など、耳にするだけでつらいだろうに。
(チヨミの好きな人を救うため、そしてラニを傾国の役割から解放するため、頑張ろうね!)
■□■
チヨミの言ったとおり、東の離宮へは特に問題なく入ることが出来た。
使用人たちは初め、大勢の民を引き連れて入ってきた私たちにぎょっとなっていたが、チヨミやアルボル卿の姿を見て受け入れてくれた。
屋根のある場所で民を休ませ、食事を振舞う。人々の顔に安堵の笑みが戻ったのを確認し、私たちは割り当てられた部屋へと引き上げた。
■□■
「ふぅ……」
私は城壁の上へ出て、夜空を眺めていた。降り注ぐような満天の星空、これは元の世界ではお目にかかることのできない光景だった。
今日は運よく、ヒノタテからイクティオの東の離宮まで移動しただけに終わった。けれど、いつ襲撃されてもおかしくないという緊張が続いたため、気疲れはかなりのものだった。
(あー、ゲームしたい)
上水流めぐりとしての生活が、ふと恋しくなる。
(ゲーム機でもスマホでもいい。ベッドに寝っ転がってポチポチやりたい……。ゲームの夢を見ながらゲームしたいって思うのも、どうかと思うけど)
ふと城壁に触れ、そのひやりと武骨な手触りに少し驚く。
(あ、ここ! よく見ればイベントで見た場所だ!)
チヨミ主人公でプレイしていた時に、恋愛イベントの三段階目が起きた場所だと記憶している。色合いや形からして、間違いはなかった。
(あぁああ、今すぐゲーム起動して、思い出モードが見たい! 一日のご褒美に、テンセイとの恋愛イベントを全部まとめて見たい!)
ルートクリア後も、何度か再生して聞いたテンセイの告白セリフ。
目を閉じればBGMやボイスが耳の奥に蘇る。
―― 自分は貴女のことを愛しております。
初めて出会った
あの日より変わらず……――
(んふふふ~。何度も聞いたから、脳内でボイス再生余裕~)
勝手に笑ってしまう顔半分を手で覆いつつ、にへにへと笑っていた時だった。
(……あれ?)
心にひやりと氷が差し込む。
『GarnetDance』の主人公はチヨミだ。当然、テンセイのこの言葉を受け取ったのはチヨミということになる。
(ちょっと待って? 『初めて出会ったあの日より変わらず』……)
ごくりと唾を飲む。
(『愛してます』ぅうう!?)
このセリフだと、テンセイ加入イベントからずっと、彼はチヨミのことを愛してたと言うことになる。
(ちょっと待って、ちょっと待って!? 今のテンセイの気持ちはどうなの!?)