その知らせが入ったのは、私たちがヒノタテに来てから2週間が過ぎた頃だった。

「父が、国外追放に財産没収……!? それは本当なの、メルク!?」
 応接室にチヨミの悲痛な声が響く。
「うん。イクティオ国にいる部下からの報告でね。王に苦言を呈して怒らせたみたいだよ」
「あの、クソ使用人っ……!」
 タイサイがテーブルを叩く。
「父さんがあの男を取り立ててやらなきゃ、王になんてなれなかったんだぞ!! しかも父さんは、あの男にとって義理の父親でもある! なのにどこまで無礼な……!」
「メルク、詳しいことはわかる?」
 激昂するタイサイとは裏腹に、チヨミは冷静に情報を求める。しかしメルクは首を横に振った。
「今のところは、まだ。けれど、イクティオの民はアルボル卿を支持している」

(アルボル卿の追放とくれば、原因はやっぱり『ドラゴンミルク』かな)
『ガネダン』プレイヤーである私には、ある程度の目星がついた。
 神聖な儀式にのみ使われる特別なアイテム『ドラゴンミルク』。原作でヒナツは、国民に無理を強いて連日献上をさせていた。ソウビの美肌を目的とした、入浴剤として。
 ドラゴンミルクは、生きたドラゴンの首筋から取れる分泌液。手に入れるにはかなりの危険が伴う。それこそ命がけで。
 本来であれば、そこに兵を派遣するのは年に一度や二度のこと。最強の装備、精鋭を揃え、対策をしっかりとり、怪我人の出ないよう極限まで努めて。
 けれど原作のソウビは、毎日浴槽のミルクを入れ替えるようヒナツにねだった。そのため兵や民は、十分な装備もコンディションも整えられないまま、毎日ドラゴンの元へ遣わされることとなる。
 見るに見かねた忠臣アルボル卿が、ヒナツに苦言を呈する。だが、その結果彼が追放されるというのが、『ガネダン』に描かれたストーリーだ。

(今回も同じ流れなのかな。ラニの入浴にドラゴンミルクが使われてるってこと?)
 ラニはまだ13歳。いや、おしゃれに目覚めても何の不思議もない年齢か。
(けど、そんな特別なミルクで肌を磨かなくても、つるっつるのすべっすべでしょうが!!)

 ふと視線を感じ、そちらを向く。メルクが頬杖をつき、探るような目で私を見ていた。
「何? メルク」
「いや? 何も」
 そう言ってメルクは魅惑的な微笑みを浮かべる。
(はは、嘘つき)
 彼の性格も、ある程度把握している。
 飄々と明るく見せかけているが、実はかなり慎重な策謀家だ。
 私の表情から、何か読み取ろうとしていたのだろう。
(まぁ、質問されれば答えてもいいんだけど。隠すようなことでもないし)
 ただ、国を離れているのに内情に詳しすぎるのはやはり不自然だ。こちらから伝えることはやめておいた。

「一刻も早く父の元へ行かなくちゃ」
 真っ青な顔で立ち上がるチヨミに、メルクが駆け寄る。
「部下に命じてこちらに案内するよう伝えてある。この国で、親子三人で暮らすといい」
「ありがとう、メルク」
「だが、迎えに行くことには賛成だ。チヨミちゃん、君が離宮に移動した日と似たことが、お父上の身にも降りかからないとは限らない」
「父さんも襲撃されるってことか!?」
 タイサイの問いかけに、メルクは頷く。
「可能性は高い」
「みんなお願い、力を貸して!」
 チヨミはテーブルを囲む私たちを見回す。
「父を無事に脱出させたいの!」
 ヒロインの言葉に、反対する者がいようはずがない。
「承知した!」
「任せて」
 テンセイ、ユーヅツが頷き立ち上がった。

 ■□■

 私たちはメルクの馬車で国境を越え、再びイクティオの地を踏んだ。
「部下にはこの道を通って、アルボル卿を出国させるよう伝えてあるんだが」
 まだそれらしき姿は見えない。
 ユーヅツが何やら呪文を唱えると、丸いスクリーンのようなものが空中に浮かんだ。
 どこかの街道の光景が映し出される。
「ここには、いないな。もうちょっと先かな」
 ユーヅツが少しずつ映し出す場所を変える。
「テンセイ、ユーヅツのやってるあれ何?」
「遠見の術です。ここではない別の場所の様子を見られるのですよ。ただし映せる範囲には限界がありますが」
「へー……」

(いや、何それ!? ゲームにはそんな魔法使うシーンなかったけど!? 初耳なんだけど!?)

「ねぇ、これじゃない?」
 ユーヅツが指をさす。皆が一斉にスクリーンを覗き込んだ。
 二頭立ての馬車が、何者かに追われている。御者が必死の形相で鞭を振るい、土煙を上げながら馬を走らせていた。
「父の馬車だわ! 襲撃されている!」
「父さん!!」
「皆、すぐに馬車に戻れ! アルボル卿の元まで飛ばすぞ!」
 メルクの号令で私たちは馬車へと飛び乗る。
「しっかり口閉じてろ! 舌噛まねぇようにな!」
 すぐさま馬車はすさまじい勢いで走り出す。私たちはアルボル卿の無事を祈りながら、激しく揺れる馬車の中、振り落とされぬよう互いにしがみついていた。