前王の娘と繋がりを持ちたいというのはヒナツの勝手な言い分だし、私にはそれを拒絶する権利があったはずだ。

「ムカつくなぁ~! 我慢して受け入れれば傾国になって殺害、抵抗すれば妹を見捨てた薄情な姉! これ、ヒナツがしょーもないことしなきゃよかっただけの話じゃないのかなぁ!?」

 がらんとした部屋の中、私は鬱憤を口に出す。

「ヒナツ×ラニとか原作になかったよ!? マイナーCPとしても存在してなかった。こんなの表に出たら、薄い本の餌食だよ! コンプライアンスやっべぇ!!」

 私はイライラと、調度品の消えた部屋の中を歩き回る。

「てか、これ夢なんだよね!? いつ終わるの!? まだ見続けなきゃいけないの!?」

 誰も見てないのをいいことに、私はどこかの誰かに向かって叫んだ。手でメガホンを作って。

「ガネダンの夢だってなら、延々とテンセイといちゃラブさせろー! めんどい歴史パートいらーん!! テンセイにトロットロに甘やかされるえっちな夢、おなしゃーっす!! 当方立派な成人ゆえ、がっつり18禁でおなしゃーっす!!」

「……あの」
(え?)
 聞き覚えのある低く甘い声が、遠慮がちに聞こえてきた。
 強張る首をゆっくり巡らせ、私は声の主を確認する。
「おばああぁああぁああ!! てててテンセイぃ~っ!?」
「あ……、その……」
 テンセイの頬は、心なしかうっすらと紅い。頬をかきながら、気まずげに私から視線をそらしている。
「い、いつからそこに!? どこから聞いてたの!?」
「あぁ、えぇと……、ウスイホンとかコンプなんとかとおっしゃっていた辺りから……」
 一番恥ずかしい部分、丸ごと聞かれてた!!
「殺して!! 殺してぇえええ!!」
 頭を抱えて悶え苦しむ私を、テンセイは宥めようと近づいてくる。
「お、落ち着いてください、ソウビ殿! 自分以外、聞いていませんから!」
「テンセイにだけは聞かれたくなかった!! うわぁあああ~っ!!」
「では、タイサイならよろしかったと?」
「ダメに決まってる!! うわぁああ、殺してーー!!」
 私はバルコニーに向かってダッシュする。
「ソウビ殿!! 何をなさるおつもりですか!」
「ここから飛んで、目を覚ますー! そう、これはリセット! 死に戻りってやつ!」
「死!? いけません! 身投げはいけません!! ソウビ殿!」

 ■□■

 ひとしきりバルコニーで大暴れした後、私はテンセイと共にベッドに腰かけていた。

「ソウビ殿、落ち着かれましたか?」
「はい、お騒がせしました」
「あのソウビ殿、先ほどのことですが……」
「忘れてください」
「……」
「忘れてください」
「かしこまりました」
 真面目なテンセイらしく、私の気持ちを汲んで追求しないでいてくれる。
 しかし、あれほど欲望丸出しの叫びを聞かれて、気まずくないわけがない。
 だけど。
「ふふっ」
「ソウビ殿?」
「バカ騒ぎしたら、ちょっとすっきりしたかも。あはは」
「……」
 からからと笑う私を、テンセイはただ穏やかに見つめている。
「テンセイはどうしてここへ?」
「ソウビ殿が東の離宮に移る際、自分も共に参ることをお伝えに上がりました」
(あ、そうか……)
 原作準拠だ。
 チヨミと共にウツラフ村に行ったことで、テンセイは近衛騎士団長の役職を解任されるのだ。
 王の指揮下にある立場でありながら、勝手な行動を取ったとして。
(タイサイや、ユーヅツも一緒に)
 テンセイが扉に目を向ける。そこがしっかりと閉じられていることを確認し、彼は私との距離をそっと詰めた。腕同士が、とん、と当たる。
「……ラニ殿のことで心を痛めておられるソウビ殿に、このような話をするのは無神経かと思いましたが。確認させてください。ソウビ殿はもう、ヒナツ王の寵姫ではないのですね?」
「うん、多分。不愉快だ、出てけ―って言われちゃったし」
「そうですか、では……」
(えっ?)

 テンセイの手が私に伸びる。
 そう思った次の瞬間、私の顔はテンセイの胸に押し付けられていた。

「自分は貴女を一人の女性として愛しても、許されるのですね?」
(ほぁあああああ!?)
 頬に当たる布地の固さ。そこからテンセイのぬくもりが伝わってくる。
(うわぁうわぁ、うわぁああああ!!)
 確かに先程いちゃラブな夢希望と叫んだが、急に来るとは思わなかった。完全に不意打ちだ。
「ソウビ殿?」
 耳のすぐ近くでテンセイの声がする。ほんのり掠れた甘いウィスパーボイス。暖かな吐息と共に。
「あばば、チカい……。ハナシテ……」
「申し訳ございません。今は貴女に顔を見られたくないので、どうぞこのままで……。その、締まりのない顔をしていると思いますので……」
(おびゃあ~っ!? み、見たい!! テンセイの締まりのない顔!)

 私が気持ちの悪いヲタクムーブを全力でかましているのとは裏腹に、テンセイの口からは甘い言葉が紡ぎ出される。
「前に貴女の心の内を知ってから、自分の中で貴女への想いが募ってゆきました。そして命を捧げると言ったものの、貴女をこの腕に抱けない苦しみに、胸かきむしられる夜を過ごしておりました」
 お、おぉおおぉお!?
「いっそ奪ってしまおうか、全てを捨てて貴女を攫い、どこか遠くの土地へ逃げてしまおうか。ここしばらく、自分はそんなことばかりを考えておりました。実際には何もできない、小心者でありながら……」
 まずいまずいヤバい、脳が沸騰して蒸発する!
「今の自分は役職を解かれ、何も持たぬ一人の男にすぎません。それでも……。それでももし、貴女があの時と変わらぬ気持を自分に持ち続けてくれているのなら、自分は……」
 タスケテ、限界値突破、タスケテ……。
「貴女ともう一度、その、将来伴侶となることを想定に入れた間柄になりたい、そう考えております。いかがでしょうか……?」
 は、伴侶~~っ!?
(……っあ)
 意識が白む。音が遠くで聞こえる。推しの供給過多で意識飛ぶやつ、これ……。

「ソウビ殿?」
 声は聞こえてる。でも、頭がふわふわして、体に力が入らない。
 異変を察したのか、テンセイは私を抱きしめていた腕を緩め、顔を覗き込んできた。
「気絶、しておられる……?  しまった、抱く腕に力が入りすぎてしまったか!
 ソウビ殿!? 目を開けてください! ソウビ殿! ああっ、鼻血が! ソウビ殿!!」
(……ありがとう、世界)
 この世のあまねく全てに感謝したい、そんな気持ちだった。