色とりどりの花咲き誇る庭園を、ラベンダー色の髪の少女が軽やかに駆け抜ける。
「うふふ、ヒナツ様。こっちこっち!」
華やかなレースで縁取られた青いドレスの裾を、くるくると翻しながら。
「ねぇ、早く。こちらにございますのよ。ヒナツ様のように力強く美しいお花が!」
子リスのように愛らしく、少女は赤髪の王を先導する。
「ははは、わかったわかった、そう急くな」
ヒナツは大口を開け楽しげに笑いながら、ゆったりと少女の後を追った。
「花の中を軽やかに駆け回るお前は、まるで妖精のようだな。ソウビ」
「え……」
利発そうな少女の笑顔が陰る。
「ソウビお姉さま?」
「っと、間違えた」
トーンを落とした少女の声に、ヒナツは過ちに気づく。
「ラニだ、ラニ。わははははは」
「……」
ラニのまだ幼さの残る丸い頬が、プッとふくれる。
「ヒナツ様ひどいですわ。私をお姉さまと呼び間違えるなんて」
「怒るな、ラニ。うっかりだ。これまであれの名を呼ぶことが多かったから、くせになっているだけだ」
「それでもいや!」
ラニはヒナツの元へ舞い戻ると、彼の胸へ一度顔を押し付け、そして上目遣いで軽く睨んだ。
「ヒナツ様の心にはまだお姉さまの面影が残っているのかと、私、不安になってしまいます」
気の強そうな眼差しが一転、悲しげに曇る。
「だって私はまだ幼くて、ヒナツ様の恋のお相手としては不十分です。わかっていますのよ?」
子どもらしい細い指が、すがるようにヒナツの服をキュッと掴む。潤んだ瞳から、雫が一つ転がり落ちた。
「私が大人になるまでに、ヒナツ様がまたお姉さまに心変わりされてしまったら。そう思うだけで、私、うっ……」
いとけない少女の一途な眼差し。後ろ盾を失った高貴な少女が、今、俺だけを求めている。かつては野良犬のようだとあざけられたこの俺を慕い、俺の心が離れることをこんなにも恐れている。そう思うとヒナツの心は踊った。
「すまなかった、ラニ」
ヒナツは身をかがめ、ラニを包むように抱きしめた。
「そんな悲しい顔で泣くな、ラニ。あれのことはもう、何とも思っておらん」
「本当に?」
「あぁ、もちろんだ」
ヒナツの傷だらけの指が、少女の柔らかな髪を梳く。
「ラニ、俺の心が誠であること、どうすれば証を立てられる?」
ヒナツの問いに、ラニの目がスッと冷える。
「……そうですわね」
■□■
謁見室に呼び出された私とチヨミにヒナツが告げたのは、信じがたい内容だった。
「私とソウビに、この城から出て行けと!?」
(なっ……)
玉座にふんぞり返ったヒナツは、頬杖をつきふてぶてしく私たちを見下ろす。
「あぁ、そうだ。可愛いラニのたっての願いでな。俺に、目移りしてほしくないんだと。自分以外の女を見るなとは、クク」
ヒナツがおかしそうに、喉の奥で笑う。
「幼さに似合わぬ激情の持ち主よな。可愛いものよ……」
(ラニ……)
――お姉さま、私上手くやるわ。あの卑しい野蛮人に媚びを売ってでも、生き延びて見せる――
あの夜のラニの言葉が耳の奥に蘇った。
(ラニがここまで本気だったなんて……)
「別に処刑というわけではない。東の離宮に移れ。生活には不自由しないはずだ」
「ヒナツ、あなたは……!」
「ほら、それだ」
ヒナツは忌々し気に舌打ちをする。
「また王である俺に意見しようとする」
「……っ」
チヨミが下唇を噛み黙る。意見すれば彼のプライドを傷つける、それを避けようとしたのだろう。
だが、ヒナツは彼女の心遣いに気付くことなく、熱に浮かされたような眼差しを中空へと向けた。
「ラニが言うのだ。今のままでは臣下も俺を侮ると。女の尻に敷かれている王であってはならないと、な」
ヒナツは玉座から立ち上がり、私たちに背を向ける。
「まぁ、そういうわけだ。荷がまとまり次第、離宮へ移れ。従者も好きに連れて行っていいぞ。お前に与した者などいらん」
「……っ」
チヨミの拳が震え、その頬を涙が伝う。
「ヒナツのばかっ!!」
叫ぶなり、チヨミはその場から走り去った。
王妃から王への言葉ではなかった。ここまで共に歩んだ、大切なパートナーから裏切られた、一人の女性の魂からの悲痛な声だった。
「……ふん」
つまらなそうに鼻を鳴らし、ヒナツが振り返る。まだその場に私が残っているのに気づくと、不快そうに眉間にしわを寄せた。
「何をモタモタしている、ソウビ。お前もさっさと出ていけ」
「……ラニの側にいちゃダメかな?」
「はぁ?」
先日、顔を見せるなとなじられたばかりだ。無駄だとは知りつつも、私は彼に問う。
「妹が心配だから、ここに置いてほしい、というのは……」
「そのラニが言ったのだ。誰よりもソウビ、お前にこの城から消えてほしいと」
「!」
「わかったら消えろ」
王宮から追い出されるのは一向に構わない。
けれど。
(私の至らなさが、幼いラニにあんな決断をさせてしまった。せめて側であの子を守れたら、そう思ったのに……)
■□■
謁見室から部屋に戻ると、私は深いため息をついた。
(はぁ……、とりつくしまもなかったな……)
これまでヒナツから囁かれた口説き文句を思い出す。あんな男の側に、まだあどけない少女を一人残していかねばならないのだ。
(ラニ、どうすれば……)
その時、ノックの音が聞こえたかと思うと、使用人がゾロゾロと入室してきた。
「失礼いたします、ソウビ様。離宮にお持ちするのはこちらにあるものでよろしいでしょうか」
(追い出し作業が速やかすぎる!)
さっき追放を告げられたばかりで、もう移動の準備をしなきゃならないのか。
どれだけ私を追い出したいのだ、あのどすけべ王は!
「あぁ、うん。身の回りのもの一通りあればいいかな」
使用人たちに罪はない。彼らを責めても仕方ないのだ。
「かしこまりました」
使用人たちは淡々と持ち出し作業に入る。やがてドレスを詰め込んだ最後のカッソーネが運び出されると、部屋は寒々しい雰囲気となった。
(なんか、だんだん腹立ってきたな……)
がらんとした部屋に一人取り残された私の中に、じわじわと怒りが湧きあがってきた。
(いや、よく考えたらさ、私そこまで悪くないよね!?)
そもそもラニは『GarnetDance』において、ボイスすらついてない脇役。
ヒナツという悪役がいて、そのおまけに「彼を誑かした悪女」としてソウビがいて、更にそのおまけとして「ソウビには妹がいました」程度の設定のラニがいたのだ。
(ラニへの気遣いが疎かだったのは認める! 牢から出てほとんど交流してなかったし、ぶっちゃけ完全放置だった。自分が助かる事ばかり考えてたのも否定しない。姉妹なのに冷たいって言われても仕方ない。でも妹って感覚が薄かったんだから仕方なくない!? キャラとしても印象薄かったし! だってプレイヤーからしてみれば、ラニはボイスなしのモブだったんだよ!?)
幼い少女にあんな決断させたことには罪悪感がある。
彼女がこの世界では生身の肉体を持ち、死に怯えていたことも可哀相とは思う。
「でもだからって、私が悪いの!? 我慢すべきだった?」
「うふふ、ヒナツ様。こっちこっち!」
華やかなレースで縁取られた青いドレスの裾を、くるくると翻しながら。
「ねぇ、早く。こちらにございますのよ。ヒナツ様のように力強く美しいお花が!」
子リスのように愛らしく、少女は赤髪の王を先導する。
「ははは、わかったわかった、そう急くな」
ヒナツは大口を開け楽しげに笑いながら、ゆったりと少女の後を追った。
「花の中を軽やかに駆け回るお前は、まるで妖精のようだな。ソウビ」
「え……」
利発そうな少女の笑顔が陰る。
「ソウビお姉さま?」
「っと、間違えた」
トーンを落とした少女の声に、ヒナツは過ちに気づく。
「ラニだ、ラニ。わははははは」
「……」
ラニのまだ幼さの残る丸い頬が、プッとふくれる。
「ヒナツ様ひどいですわ。私をお姉さまと呼び間違えるなんて」
「怒るな、ラニ。うっかりだ。これまであれの名を呼ぶことが多かったから、くせになっているだけだ」
「それでもいや!」
ラニはヒナツの元へ舞い戻ると、彼の胸へ一度顔を押し付け、そして上目遣いで軽く睨んだ。
「ヒナツ様の心にはまだお姉さまの面影が残っているのかと、私、不安になってしまいます」
気の強そうな眼差しが一転、悲しげに曇る。
「だって私はまだ幼くて、ヒナツ様の恋のお相手としては不十分です。わかっていますのよ?」
子どもらしい細い指が、すがるようにヒナツの服をキュッと掴む。潤んだ瞳から、雫が一つ転がり落ちた。
「私が大人になるまでに、ヒナツ様がまたお姉さまに心変わりされてしまったら。そう思うだけで、私、うっ……」
いとけない少女の一途な眼差し。後ろ盾を失った高貴な少女が、今、俺だけを求めている。かつては野良犬のようだとあざけられたこの俺を慕い、俺の心が離れることをこんなにも恐れている。そう思うとヒナツの心は踊った。
「すまなかった、ラニ」
ヒナツは身をかがめ、ラニを包むように抱きしめた。
「そんな悲しい顔で泣くな、ラニ。あれのことはもう、何とも思っておらん」
「本当に?」
「あぁ、もちろんだ」
ヒナツの傷だらけの指が、少女の柔らかな髪を梳く。
「ラニ、俺の心が誠であること、どうすれば証を立てられる?」
ヒナツの問いに、ラニの目がスッと冷える。
「……そうですわね」
■□■
謁見室に呼び出された私とチヨミにヒナツが告げたのは、信じがたい内容だった。
「私とソウビに、この城から出て行けと!?」
(なっ……)
玉座にふんぞり返ったヒナツは、頬杖をつきふてぶてしく私たちを見下ろす。
「あぁ、そうだ。可愛いラニのたっての願いでな。俺に、目移りしてほしくないんだと。自分以外の女を見るなとは、クク」
ヒナツがおかしそうに、喉の奥で笑う。
「幼さに似合わぬ激情の持ち主よな。可愛いものよ……」
(ラニ……)
――お姉さま、私上手くやるわ。あの卑しい野蛮人に媚びを売ってでも、生き延びて見せる――
あの夜のラニの言葉が耳の奥に蘇った。
(ラニがここまで本気だったなんて……)
「別に処刑というわけではない。東の離宮に移れ。生活には不自由しないはずだ」
「ヒナツ、あなたは……!」
「ほら、それだ」
ヒナツは忌々し気に舌打ちをする。
「また王である俺に意見しようとする」
「……っ」
チヨミが下唇を噛み黙る。意見すれば彼のプライドを傷つける、それを避けようとしたのだろう。
だが、ヒナツは彼女の心遣いに気付くことなく、熱に浮かされたような眼差しを中空へと向けた。
「ラニが言うのだ。今のままでは臣下も俺を侮ると。女の尻に敷かれている王であってはならないと、な」
ヒナツは玉座から立ち上がり、私たちに背を向ける。
「まぁ、そういうわけだ。荷がまとまり次第、離宮へ移れ。従者も好きに連れて行っていいぞ。お前に与した者などいらん」
「……っ」
チヨミの拳が震え、その頬を涙が伝う。
「ヒナツのばかっ!!」
叫ぶなり、チヨミはその場から走り去った。
王妃から王への言葉ではなかった。ここまで共に歩んだ、大切なパートナーから裏切られた、一人の女性の魂からの悲痛な声だった。
「……ふん」
つまらなそうに鼻を鳴らし、ヒナツが振り返る。まだその場に私が残っているのに気づくと、不快そうに眉間にしわを寄せた。
「何をモタモタしている、ソウビ。お前もさっさと出ていけ」
「……ラニの側にいちゃダメかな?」
「はぁ?」
先日、顔を見せるなとなじられたばかりだ。無駄だとは知りつつも、私は彼に問う。
「妹が心配だから、ここに置いてほしい、というのは……」
「そのラニが言ったのだ。誰よりもソウビ、お前にこの城から消えてほしいと」
「!」
「わかったら消えろ」
王宮から追い出されるのは一向に構わない。
けれど。
(私の至らなさが、幼いラニにあんな決断をさせてしまった。せめて側であの子を守れたら、そう思ったのに……)
■□■
謁見室から部屋に戻ると、私は深いため息をついた。
(はぁ……、とりつくしまもなかったな……)
これまでヒナツから囁かれた口説き文句を思い出す。あんな男の側に、まだあどけない少女を一人残していかねばならないのだ。
(ラニ、どうすれば……)
その時、ノックの音が聞こえたかと思うと、使用人がゾロゾロと入室してきた。
「失礼いたします、ソウビ様。離宮にお持ちするのはこちらにあるものでよろしいでしょうか」
(追い出し作業が速やかすぎる!)
さっき追放を告げられたばかりで、もう移動の準備をしなきゃならないのか。
どれだけ私を追い出したいのだ、あのどすけべ王は!
「あぁ、うん。身の回りのもの一通りあればいいかな」
使用人たちに罪はない。彼らを責めても仕方ないのだ。
「かしこまりました」
使用人たちは淡々と持ち出し作業に入る。やがてドレスを詰め込んだ最後のカッソーネが運び出されると、部屋は寒々しい雰囲気となった。
(なんか、だんだん腹立ってきたな……)
がらんとした部屋に一人取り残された私の中に、じわじわと怒りが湧きあがってきた。
(いや、よく考えたらさ、私そこまで悪くないよね!?)
そもそもラニは『GarnetDance』において、ボイスすらついてない脇役。
ヒナツという悪役がいて、そのおまけに「彼を誑かした悪女」としてソウビがいて、更にそのおまけとして「ソウビには妹がいました」程度の設定のラニがいたのだ。
(ラニへの気遣いが疎かだったのは認める! 牢から出てほとんど交流してなかったし、ぶっちゃけ完全放置だった。自分が助かる事ばかり考えてたのも否定しない。姉妹なのに冷たいって言われても仕方ない。でも妹って感覚が薄かったんだから仕方なくない!? キャラとしても印象薄かったし! だってプレイヤーからしてみれば、ラニはボイスなしのモブだったんだよ!?)
幼い少女にあんな決断させたことには罪悪感がある。
彼女がこの世界では生身の肉体を持ち、死に怯えていたことも可哀相とは思う。
「でもだからって、私が悪いの!? 我慢すべきだった?」