私と目が合った途端、カニス卿は明らかに動揺し、側にいる者たちと何やら相談をし始めた。
「え? 何? なんか私を見てびっくりしたみたいだけど」
「恐らくですが」
 テンセイが身をかがめ、私の耳元で囁く。
「カニス卿のこの反乱における大義名分は、前王への忠誠です」
 ふむ。
「ところが前王のご息女である貴女が、こうして反乱の鎮圧軍に加わってしまった」
 おぉ。
「我々と戦えば、貴女に弓を引くことになる。そうなれば、あちらの大義名分は揺らいでしまう。それでどうすべきか困っているのではないかと」
 なるほど。
 こちらと戦って困ることになるのなら、とっとと矛を収めて帰ってくれないかな。そんなことを考えていた時だった。
 カニス卿が愛想笑いをべったりと顔に貼り付け、私に語りかけて来た。
「そ、ソウビ様? なぜあなた様ともあろうお方が、そのような卑しい者どもと共におられるのですか?」
 すごい、リアルに揉み手をしてる人、初めて見た。
「どうぞこちらにおいで下さい。我々はあなた様と戦う気など毛頭ございません。私どもはあなた様に本来の立場である女王の座に戻っていただきたく、行動を起こしたに過ぎないのです」

「私を女王に?」
「えぇ、さようにございます」
(あれ?)
 原作の流れとは変わってしまうけれど。
(じゃあ、彼に従えば、私は傾国からの殺害ルートを逃れられるってこと?)
 これまでずっと私を悩ませていた、数ヶ月後に殺される過酷な運命。この老人の手を取るだけで、それから解放される。そう思うと心が揺れた。
「さぁ、ソウビ様」
 カニス卿は猫なで声で、ニッタリと私に笑いかけてくる。提案はかなり魅力的だが、この笑い方はどうにも信用できない。
「カニス卿、ひとつ聞いてもいい?」
「えぇ、ソウビ様の仰せであれば、なんなりと」
「もし私があなたの保護の下、女王になることを受け入れたら」
 私が一歩前に出ると、カニス卿は嬉しそうに目を細めた。
「テンセイはどうなるの?」
「へ?」
「……」
 私の質問に、カニス卿は笑顔のまま固まる。テンセイも戸惑ったように私を見た。
「テンセイ、ですか。近衛騎士団長の?」
「そう」
「ま、まぁ、簒奪王の一味ですから極刑は免れないかと」
(簒奪王の一味……、極刑……)
 私は更に一歩、彼に近づく。
「それって、チヨミも?」
 私が自分の側へ来ると思ったのか、カニス卿の両口端が大きく吊り上がった。
 一歩また一歩とカニス卿に近づく私を、皆は固唾を飲んで見守っている。カニス卿は、私が城で不当な扱いを受けているとでも思ったのだろう。
「えぇ、えぇ。そこにいる不届き者どもは全員そうなりましょうね」
 相好を崩し、私に向かって恭しく手を差し伸べてくる。
 けれど私はその鼻先で、くるりと裾を翻し背を向けた。
「じゃ、あなたには従えない」
「は!?」

 私は靴音を立てながら、元の位置へと戻る。そしてチヨミの手を取った。
「彼らは私の大切な仲間だから。極刑と聞いて、あなたと手を組むわけにはいかない」
「ソウビ……!」
 チヨミの指が私の指と絡み、しっかりと結び合う。私たちは顔を見合わせ微笑み合った。
「お、お待ちください!」
 カニス卿が慌てた様子で声を上げる。
「ソウビ様! 貴女は本来の地位に戻れるのですよ!? 私どもと組めば、あんな下賤の者の愛妾などと、いいようにされなくて済むのですよ!?」
 ぐっ、ちょっと揺らぐな、それは。殺害ルートも免れるし。
 だけど……。
「テンセイや大切な仲間の身柄と引き換えに手に入れたいものじゃない」
「ちょちょ、ちょーっとお待ちを!!」
 狼狽した様子で、カニス卿は背後に並ぶ貴族仲間とまた何やら相談を始める。やや経って、彼はぎこちない笑顔をこちらへと向けた。
「わかりました、ソウビ様のお仲間につきましては不問と言うことで!」
「……そんな簡単に?」
「勿論ですとも!」
 カニス卿が大袈裟なほど首を縦に振る。
「我々は前王への厚い忠誠を今も胸に抱いております。その血を引くソウビ様のお言葉にはただ従うのみ!」
「チヨミをぞんざいに扱うのもやめてくれる? 大切な友達なの」
「ははーっ! それがソウビ様のお望みであれば!」
「そう……」
 つまりだ。
 彼らと組めば、地位をいいことにやりたい放題のヒナツを、王座から下ろすことができる。
 更に私が女王となれば、夫としてテンセイを指名できるのではなかろうか。
(あれ? 問題は全て解決? これってチャンスなのでは!?)
「えっと、じゃあ……」
 あなたたちと手を組んでもいい。そう答えようとした時だった。
「キャアアァアアッ!!」
 絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。

「え? なに?」
 扉が音を立てて開き、一軒の家から若い村娘が飛び出してくる。時を置かず兵士が姿を現し、娘の襟首を乱暴に掴んだ。
「いやです! 離してください!」
 もがく村娘を乱暴にかき抱き、その抵抗さえ面白がるように兵士は笑う。
「話し相手になれと言っているだけだろう! 貴族の俺が下賤な女に興味を持つと思うか? うぬぼれるな!」
「話し相手なんてウソです! そう言って私の友人を傷つけたくせに!」
「いいからこっちへ来い!」
「お、おい! 馬鹿者! やめんか!」
 カニス卿が悲鳴に近い声を上げた。兵士がこちらへ顔を向け、きょとんとなる。
「あれ? 伯父さん。そんなところで何を……」
「いいからその娘から手を離せ! お前もこっちに来い!」
 焦るカニス卿に、チヨミは冷ややかに問いかける。
「カニス卿、あれはなんですか」
「だ、黙れ! お前には……!」
 チヨミを怒鳴ろうとして振り返り、傍らに立つ私と目が合う。カニス卿が蒼ざめた顔に引き攣った笑いを貼り付けた。
「いや、あれは……、はは……」
 勢いを無くしたカニス卿をチヨミは問い詰める。
「占領した貴族が、民に狼藉を働いているというのは本当だったのですね」
「いや、まさかそんな! 村の者たちも我々の高い志をくみ取ってくれて、大変協力的でして……」

 その時、遠巻きに様子を見守っていた村人たちが、ぞろぞろと物陰から出てきた。
「ウソをつくな!!」
「これ以上、女たちに手を出すな! 食料を奪うな!」
「出ていけ貴族ども!!」
 拳を振り上げ、村人たちは口々に怒声を上げる。
「~~~~っ!」
 思わぬ反撃にギリギリと歯噛みしていたカニス卿が、私に向かって愛想笑いを浮かべる。
「ソ、ソウビ様! 違うのです、これは何かの間違いで……」
(いや、完全にアウトだろ)
 呆れて黙りこむ私を見て、これ以上誤魔化せないと察したのだろう。カニス卿の顔が、醜く歪んだ。
「くっ! 兵士ども! 簒奪王の一味の襲撃だ! かかれ!!」
(キレた!?)