「ミーシャも行ってしまいました」
彼女は淡々とつぶやいていた。
いつもの彼女らしくない、静かな物言い。
もしかすると突然にいくつも重ねてきた別れに、少し気持ちが凍ってしまっていたのかもしれない。
でもこんな様子は彼女には似つかわしくはなかった。
だとすれば僕に残された仕事は彼女の心を溶かす事なのだろう。
「ありす、君の占いのことを覚えている?」
突然の僕の問いに彼女は驚いたのか大きく目を開いていた。
だけどすぐに沈んだ声で答えを返してくる。
「……あんな占いうそっぱちなんです。私が適当に本に書いてあった言葉をつなげただけで、本当は何の意味もなかった。ただ謙人さんが戻ってこないかなって、それだけ思って適当に言いました。あれは私のついたうその一つなんです」
彼女はただただ抑揚のない声で静かに答える。
おそらく彼女の言うとおり、なんとなく考えてみたうその占いなんだろう。
「この村に四月一日が春を連れにやってくる。
春と共にこの村の止まった時間を動かしにやってくる。
四月一日は三月と共に過ごし誓いを交わす。
四月一日は三月を愛しみ、そして三月は四月一日に手を伸ばす。
届いた手は全てを壊し、代わりに二人は永遠を手にするだろう。
だったっけ。でもね。あり得ないと思っていたけれど、今の僕は君を大切に思っている。何よりも君の事を想っている。確かに僕は君を愛しんでいるよ。
僕達は村の現状を壊してしまったのかもしれない。でも代わりに僕と君は永遠を手にいれるんだ。この占いがうそだというのなら、僕が本当にしてみせる。だから僕は君に誓うよ。ずっとずっと君を好きでいるって」
僕が告げた言葉に、彼女はどうしたらいいのかわからないでいるようだった。
辺りをきょろきょろと見回してみて、あからさまに挙動不審だった。
でもそれでいい。
僕は全てを壊して、新しい形を作らなければいけないんだから。
「これからは僕と一緒に生きてくれませんか。僕がずっと旅をして探していたのは、生きていく意味だったんだと思う。ずっと何のために生きているのか、僕にはわからなかった。だけど今、僕は君と一緒に行きたい。人生という名前の長い旅をずっと一緒に過ごしていたい」
僕は言いながら手を伸ばす。
彼女は少しの間、考えているようだった。
「これってまるでプロポーズみたいですね」
彼女は静かな声でたずねてくる。
だから僕は間髪入れずに答えていたと思う。
「まるでじゃなくてプロポーズそのものだよ。もちろん僕と君はまだ結婚できる歳じゃないけれど。でも君と一緒に生きていきたいんだ」
僕の答えに彼女は突然に背を向けていた。
同時に麦わら帽子をおろして、そしてメガネを外して麦わらの上におく。
それから三つ編みもほどいていた。
ほどけたあとのなみなみとした髪が背中に広がっていた。
こうしてみるといつもより少しだけ大人びて見えた。
「謙人さん。そんなこといっていいんですか。私は自分を魔女だっていってみたり、自分の名前をありすだと言ってみたり。伊達メガネをつけてみたり。ずっとうそをついてきました。うそつきな娘だったんです。そんな私でいいんですか。これから先、もっと素敵な人に出会うかもしれませんよ」
背を向けたまま静かな声で告げる。
確かにこれからも沢山の人と出会っていくだろう。その中には素敵な女性だっているかもしれない。
だけどこれだけははっきりしている。
僕にとって彼女以上の女性なんていないって。
「僕はずっと探していたんだ。ただ一つだけ生きる意味を。僕が見つけたのは君だった。だから君以外にはもういらない」
告げた答えに彼女の背が震えていた。
「謙人さん。一つだけお願いがあります。私の名前を呼んでもらえませんか?」
背を向けたまま僕へとお願いをする。
彼女が本当に何を求めているのかは、僕にはわからない。
でも僕が思う。
彼女の麦わら帽子。三つ編みと伊達メガネ。たぶんそれが彼女にとって魔女だった時の、彼女の言う『うそつき』だった時の象徴。
だから彼女はきっと『うそつきの麦わら』を外してしまったんだ。前を向いて歩くために必要な儀式だったんだろう。
そして最後に一つだけ外さなければいけない『うそ』がある。
だから僕は彼女の名前を呼んでいた。
「有子。僕と一緒に生きて欲しい」
「はいっ……!!」
有子は振り返り、僕へと飛び込んでくる。
僕はそれを受け止めて、そして強く抱きしめていた。
僕にとっての旅の目的。それは何かを探す旅だった。
何を探していたのか。それすらもわからなかった。
だけど今ははっきりとわかる。
僕はただ生きる意味を探していた。
有子とふれ合って、大切な形を見つけていた。
僕が見つけた答えは、いま確かに目の前にある。
だから強く抱きしめていた、
これから新しい形を作っていきたいと思う。
有子と二人で。
了
彼女は淡々とつぶやいていた。
いつもの彼女らしくない、静かな物言い。
もしかすると突然にいくつも重ねてきた別れに、少し気持ちが凍ってしまっていたのかもしれない。
でもこんな様子は彼女には似つかわしくはなかった。
だとすれば僕に残された仕事は彼女の心を溶かす事なのだろう。
「ありす、君の占いのことを覚えている?」
突然の僕の問いに彼女は驚いたのか大きく目を開いていた。
だけどすぐに沈んだ声で答えを返してくる。
「……あんな占いうそっぱちなんです。私が適当に本に書いてあった言葉をつなげただけで、本当は何の意味もなかった。ただ謙人さんが戻ってこないかなって、それだけ思って適当に言いました。あれは私のついたうその一つなんです」
彼女はただただ抑揚のない声で静かに答える。
おそらく彼女の言うとおり、なんとなく考えてみたうその占いなんだろう。
「この村に四月一日が春を連れにやってくる。
春と共にこの村の止まった時間を動かしにやってくる。
四月一日は三月と共に過ごし誓いを交わす。
四月一日は三月を愛しみ、そして三月は四月一日に手を伸ばす。
届いた手は全てを壊し、代わりに二人は永遠を手にするだろう。
だったっけ。でもね。あり得ないと思っていたけれど、今の僕は君を大切に思っている。何よりも君の事を想っている。確かに僕は君を愛しんでいるよ。
僕達は村の現状を壊してしまったのかもしれない。でも代わりに僕と君は永遠を手にいれるんだ。この占いがうそだというのなら、僕が本当にしてみせる。だから僕は君に誓うよ。ずっとずっと君を好きでいるって」
僕が告げた言葉に、彼女はどうしたらいいのかわからないでいるようだった。
辺りをきょろきょろと見回してみて、あからさまに挙動不審だった。
でもそれでいい。
僕は全てを壊して、新しい形を作らなければいけないんだから。
「これからは僕と一緒に生きてくれませんか。僕がずっと旅をして探していたのは、生きていく意味だったんだと思う。ずっと何のために生きているのか、僕にはわからなかった。だけど今、僕は君と一緒に行きたい。人生という名前の長い旅をずっと一緒に過ごしていたい」
僕は言いながら手を伸ばす。
彼女は少しの間、考えているようだった。
「これってまるでプロポーズみたいですね」
彼女は静かな声でたずねてくる。
だから僕は間髪入れずに答えていたと思う。
「まるでじゃなくてプロポーズそのものだよ。もちろん僕と君はまだ結婚できる歳じゃないけれど。でも君と一緒に生きていきたいんだ」
僕の答えに彼女は突然に背を向けていた。
同時に麦わら帽子をおろして、そしてメガネを外して麦わらの上におく。
それから三つ編みもほどいていた。
ほどけたあとのなみなみとした髪が背中に広がっていた。
こうしてみるといつもより少しだけ大人びて見えた。
「謙人さん。そんなこといっていいんですか。私は自分を魔女だっていってみたり、自分の名前をありすだと言ってみたり。伊達メガネをつけてみたり。ずっとうそをついてきました。うそつきな娘だったんです。そんな私でいいんですか。これから先、もっと素敵な人に出会うかもしれませんよ」
背を向けたまま静かな声で告げる。
確かにこれからも沢山の人と出会っていくだろう。その中には素敵な女性だっているかもしれない。
だけどこれだけははっきりしている。
僕にとって彼女以上の女性なんていないって。
「僕はずっと探していたんだ。ただ一つだけ生きる意味を。僕が見つけたのは君だった。だから君以外にはもういらない」
告げた答えに彼女の背が震えていた。
「謙人さん。一つだけお願いがあります。私の名前を呼んでもらえませんか?」
背を向けたまま僕へとお願いをする。
彼女が本当に何を求めているのかは、僕にはわからない。
でも僕が思う。
彼女の麦わら帽子。三つ編みと伊達メガネ。たぶんそれが彼女にとって魔女だった時の、彼女の言う『うそつき』だった時の象徴。
だから彼女はきっと『うそつきの麦わら』を外してしまったんだ。前を向いて歩くために必要な儀式だったんだろう。
そして最後に一つだけ外さなければいけない『うそ』がある。
だから僕は彼女の名前を呼んでいた。
「有子。僕と一緒に生きて欲しい」
「はいっ……!!」
有子は振り返り、僕へと飛び込んでくる。
僕はそれを受け止めて、そして強く抱きしめていた。
僕にとっての旅の目的。それは何かを探す旅だった。
何を探していたのか。それすらもわからなかった。
だけど今ははっきりとわかる。
僕はただ生きる意味を探していた。
有子とふれ合って、大切な形を見つけていた。
僕が見つけた答えは、いま確かに目の前にある。
だから強く抱きしめていた、
これから新しい形を作っていきたいと思う。
有子と二人で。
了