「ただいまー」
ありすは大きな声をあげながら扉を開ける。鍵はかかっていないようだ。
『有子。おかえり』
扉のさらに向こう側から女性の声が聞こえてくる。ありすの家族だろうか。
そしてさすがに家族にはありすと呼んでとは言わないようだ。有子と呼ばれていても特に何も反応はしていない。
さらに家の奥の方から二人が話す声がここまで聞こえてきていた。
『あのね。お母さん。ちょっとお願いがあるの』
『あら、何かしら』
『お友達をね、何日かうちに泊めたいんだけど』
『あら。いいけど。でもお友達ってこずえちゃん?』
『ううん。違うお友達』
『こずえちゃんじゃなかったら誰かしら。あかねちゃんかしら。それとももしかしたら、かなたちゃんなの』
『ううん。どっちも違うよ』
『あら、でもこの村の子供っていったら、もうそれくらいよね』
『うんと。もうそこにきてもらっているから、会ってもらってもいいかなぁ』
『そうなの。じゃあ行きましょうか』
どうやら話はついたようだけれど、何だか不穏な話をしていたような気がする。
「四月一日さん。お待たせしましたっ。私のお母さんですっ」
戻ってきたありすが、奥からきた若い女性を両手を向けて紹介していた。
ありすの母にしてはかなり若い感じがする小柄な女性だ。長い髪を後ろで一本に束ねており、料理をしているのかエプロンをつけたままだ。
どう見ても二十代前半にしか見えないその女性は、僕の姿を認めるなり「あらあら、まあまあ」とおっとりとした口調でつぶやく。
「初めまして。有子の母、三月奈々子です」
挨拶と共に深々と頭を下げていた。
その様子をみて慌てて僕も頭を下げる。
「すみません。初めまして。僕は四月一日謙人と言います。よろしくお願いします」
「あら。四月一日さんなの。こうなると四月一日と書いて四月一日さんよね。あらあらあら。それはそれは。さてさてどうしましょうね」
奈々子さんは頬に手をあてて何やら考え込んでいるようだった。
「有子と同じくらいの年よね。少し四月一日さんの方が年上だったかしらね。でもそのくらいの方がちょうどいいのかしら。けっこう顔立ちも整っていて、お母さん的には悪くないのだけど。お父さんが何というかかしらねぇ」
「あの……何の話をされているんですか」
ありすの母の言う事がよくわからず、思わず問いかけてしまう。
しかし奈々子さんは気にした様子もなく、僕の方をじっと見つめていた。
「うん。とりあえずお父さんにきいてみましょうね。そうしましょう。あなたー、ちょっときてー」
家の奥の方へと奈々子さんは大きな声で呼びかけていた。
『どうした我が最愛の妻よ。いまいくから待ってろ』
野太い声が奥から響いてくる。
そしてそれからすぐに一人の男が姿を現していた。
恐らく身長は百八十センチは下らないだろう。きりりと整った顔立ちは、どことなくありすの面影を感じさせるが、それ以上にしっかりとした筋肉のついた体つきはかなりの威圧感を覚えさせる。
「おう。待たせたな。妻よ。どうした」
「有子がね。お友達をおうちに泊めたいんですって」
「なんだ。そんなことか。いいぞいいぞ。何日でも泊まってけ。ま、どうせこの村の中はみんなどこも鍵もしてないから入り放題だしな」
がははっと笑い声を上げながら告げる。こちらの姿は目には入っていないようだ。
「ですって。よかったわね。有子」
「うんっ。ありがとう。お父さん、お母さん」
「おう。いいってことよ、我が最愛の娘よ。で、その友達とは誰のことだ。こずえちゃんか、それともあかねちゃんか。それとももしかしてかなたちゃんなのか」
「あ、紹介するね。四月一日さん、こちらが私のお父さんです」
ありすは言いながら両手で大男を指し示す。
「……初めまして。四月一日謙人です」
僕は思わず息を飲み込んだあと、簡単な挨拶をすませて頭を下げる。
「おう。友達とはお前の事だったか。初めましてだな。俺は三月健、有子の父だ。これからも娘と仲良くしてやってくれ……って、ちょっとまてぇぇぇぇぇ!? 四月一日だぁ。つか、こいつそもそも男じゃねぇかっ」
「はぁ。まぁ男ですけど」
今まで気がつかなかったのだろうか、とも思うが、ありすの父はそんなことはお構いなしに僕の前までつかつかと歩み寄る。
「泊められるかっ。男などお払い箱だっ。ええい、妻よ、塩もってこい。塩」
「もったいないからだめです。お塩だってただじゃないんですよ」
淡々と告げる奈々子さんに、健さんは言葉を詰まらせる。
しかしすぐに思い直したかのように口を開く。
「ちっ。仕方ねえ。なら、塩は諦めた。てめー、人の娘に手を出そうたぁ、いい度胸じゃねえかっ。どたまかち割るぞ。ごらぁ」
健は声を荒げると、拳を握りしめる。筋肉質の体をしているだけに迫力もそれなりにある。
ただすぐに殴りつけてくるような様子はなく、胸の前で拳を握りしめて揺らしていた。
「いえ、特に有子さんに手を出すつもりはありませんし、そもそも僕自身、何でここにいるのかもよくわからないのですけど」
「なんだと、ごらぁっ。てめぇ、うちの有子に魅力がないっていうのかっ。有子は世界一可愛いんだぞ、この野郎。ええっ」
「……面倒くさい人だなぁ」
思わず本音を漏らしてしまう。
しかし健さんはそれを気にした様子もなく、こちらをじろじろと値踏みするかのように凝視していた。
ありすは大きな声をあげながら扉を開ける。鍵はかかっていないようだ。
『有子。おかえり』
扉のさらに向こう側から女性の声が聞こえてくる。ありすの家族だろうか。
そしてさすがに家族にはありすと呼んでとは言わないようだ。有子と呼ばれていても特に何も反応はしていない。
さらに家の奥の方から二人が話す声がここまで聞こえてきていた。
『あのね。お母さん。ちょっとお願いがあるの』
『あら、何かしら』
『お友達をね、何日かうちに泊めたいんだけど』
『あら。いいけど。でもお友達ってこずえちゃん?』
『ううん。違うお友達』
『こずえちゃんじゃなかったら誰かしら。あかねちゃんかしら。それとももしかしたら、かなたちゃんなの』
『ううん。どっちも違うよ』
『あら、でもこの村の子供っていったら、もうそれくらいよね』
『うんと。もうそこにきてもらっているから、会ってもらってもいいかなぁ』
『そうなの。じゃあ行きましょうか』
どうやら話はついたようだけれど、何だか不穏な話をしていたような気がする。
「四月一日さん。お待たせしましたっ。私のお母さんですっ」
戻ってきたありすが、奥からきた若い女性を両手を向けて紹介していた。
ありすの母にしてはかなり若い感じがする小柄な女性だ。長い髪を後ろで一本に束ねており、料理をしているのかエプロンをつけたままだ。
どう見ても二十代前半にしか見えないその女性は、僕の姿を認めるなり「あらあら、まあまあ」とおっとりとした口調でつぶやく。
「初めまして。有子の母、三月奈々子です」
挨拶と共に深々と頭を下げていた。
その様子をみて慌てて僕も頭を下げる。
「すみません。初めまして。僕は四月一日謙人と言います。よろしくお願いします」
「あら。四月一日さんなの。こうなると四月一日と書いて四月一日さんよね。あらあらあら。それはそれは。さてさてどうしましょうね」
奈々子さんは頬に手をあてて何やら考え込んでいるようだった。
「有子と同じくらいの年よね。少し四月一日さんの方が年上だったかしらね。でもそのくらいの方がちょうどいいのかしら。けっこう顔立ちも整っていて、お母さん的には悪くないのだけど。お父さんが何というかかしらねぇ」
「あの……何の話をされているんですか」
ありすの母の言う事がよくわからず、思わず問いかけてしまう。
しかし奈々子さんは気にした様子もなく、僕の方をじっと見つめていた。
「うん。とりあえずお父さんにきいてみましょうね。そうしましょう。あなたー、ちょっときてー」
家の奥の方へと奈々子さんは大きな声で呼びかけていた。
『どうした我が最愛の妻よ。いまいくから待ってろ』
野太い声が奥から響いてくる。
そしてそれからすぐに一人の男が姿を現していた。
恐らく身長は百八十センチは下らないだろう。きりりと整った顔立ちは、どことなくありすの面影を感じさせるが、それ以上にしっかりとした筋肉のついた体つきはかなりの威圧感を覚えさせる。
「おう。待たせたな。妻よ。どうした」
「有子がね。お友達をおうちに泊めたいんですって」
「なんだ。そんなことか。いいぞいいぞ。何日でも泊まってけ。ま、どうせこの村の中はみんなどこも鍵もしてないから入り放題だしな」
がははっと笑い声を上げながら告げる。こちらの姿は目には入っていないようだ。
「ですって。よかったわね。有子」
「うんっ。ありがとう。お父さん、お母さん」
「おう。いいってことよ、我が最愛の娘よ。で、その友達とは誰のことだ。こずえちゃんか、それともあかねちゃんか。それとももしかしてかなたちゃんなのか」
「あ、紹介するね。四月一日さん、こちらが私のお父さんです」
ありすは言いながら両手で大男を指し示す。
「……初めまして。四月一日謙人です」
僕は思わず息を飲み込んだあと、簡単な挨拶をすませて頭を下げる。
「おう。友達とはお前の事だったか。初めましてだな。俺は三月健、有子の父だ。これからも娘と仲良くしてやってくれ……って、ちょっとまてぇぇぇぇぇ!? 四月一日だぁ。つか、こいつそもそも男じゃねぇかっ」
「はぁ。まぁ男ですけど」
今まで気がつかなかったのだろうか、とも思うが、ありすの父はそんなことはお構いなしに僕の前までつかつかと歩み寄る。
「泊められるかっ。男などお払い箱だっ。ええい、妻よ、塩もってこい。塩」
「もったいないからだめです。お塩だってただじゃないんですよ」
淡々と告げる奈々子さんに、健さんは言葉を詰まらせる。
しかしすぐに思い直したかのように口を開く。
「ちっ。仕方ねえ。なら、塩は諦めた。てめー、人の娘に手を出そうたぁ、いい度胸じゃねえかっ。どたまかち割るぞ。ごらぁ」
健は声を荒げると、拳を握りしめる。筋肉質の体をしているだけに迫力もそれなりにある。
ただすぐに殴りつけてくるような様子はなく、胸の前で拳を握りしめて揺らしていた。
「いえ、特に有子さんに手を出すつもりはありませんし、そもそも僕自身、何でここにいるのかもよくわからないのですけど」
「なんだと、ごらぁっ。てめぇ、うちの有子に魅力がないっていうのかっ。有子は世界一可愛いんだぞ、この野郎。ええっ」
「……面倒くさい人だなぁ」
思わず本音を漏らしてしまう。
しかし健さんはそれを気にした様子もなく、こちらをじろじろと値踏みするかのように凝視していた。