痺れて動けない千佐那の脳裏に彼の姿が過る。

「カッカッカ、男の名前を妖怪が呼ぶか!これはこれで、こう――」

千佐那の体から黒笠が引きはがされる。

「おい」

黒笠がいた場所に別の人物が立っている。
何度かみている彼の後姿。

「お前様……」
「ごめん、キミなら大丈夫だって新城が言っていたけど、心配になって」

――でも、来てよかった、と彼は言う。

自分を心配してくれる言葉に千佐那の中で何かを感じる。
その何かの正体を探る前に大きな笑い声が起こった。

「カッカッカ!弱きものを助ける為にきたつもりか?いくら片方だけ来たとしても、拙者の相手にならんぞ」
「僕だけじゃあ、確かに貴方を相手にするのは無理かもしれない。でも」

雲川丈二は後ろをみる。

「ったく、勝手に先走りやがって」

靴音を鳴らしてゆっくりとやってくるのは新城凍真。

「カッカッカ!ようやく揃ったか!戯れの前に本気の戦いができるというわけだ!」
「戯れね。最低の事をしようとしていたように思えるぞ」

黒笠は目を細める。
新城凍真は冷静さを保っているようにみえるが、その目は激しい怒りで揺れていた。
千佐那に黒笠が何をしようとしていたのか想像がつく。

「最低か、生きる為に必要な事よ。考えた事がないのか?限られた命では我々が求める深淵や知識を得ることに限界がある。ならば、どんな手段を用いてでも永らえようとするのは知識の探究者として当然の事ではないか?」
「くだらない」

黒笠の言葉を新城は一蹴する。

「知識の探究?その為の犠牲?はっきりいってくだらない。犠牲ありきの探究なんかくそくらえが俺の持論だ」

コツコツと音を立てて歩きながら新城は黒笠の言葉を否定していく。

「カッカッカ、犠牲なしの探究等の夢物語のようなものか?所詮は――」
「いい加減にしろよ」

つまらないものを見る目で新城は黒笠へ告げる。
言霊に力を入れながら。

「お前は探究者みたいな発言をとっているが、実際は違うだろう?術者気取って相手を惑わせたいのか知らないが、はっきりいってカスカスなんだよ。重みも言葉に力を感じない。てかさぁ、聞いていてイライラするんだよ」