「懐かしい悪夢だな」

自室のベッドの上で新城凍真(しんじょうとうま)は目を覚ます。

「まるで昨日の様に思い出せるってか」

感傷に浸るように髪に隠れている眼帯へ触れる。
あの日からずっと付けている眼帯。
これがあるから気付かれない。
今も自分はこの世界で生活をすることが出来る。

「夢使いじゃあるまいし、この夢をみるなんて、碌な事にならないといいが」

新城凍真は祓い屋だ。
妖怪、怪物、この世ならぬ者の総称である怪異を祓う事ができる力を宿している。
そんな新城をはじめとした祓い屋達は時に夢をみる。
特別な力を宿す故に夢というものはバカにできない。
見た事が現実となる予知夢や夢を力として操る夢使いという存在がいる中で祓い屋にとって夢は時に自身に降りかかる災難を暗示する警鐘の場合もある。

「準備はしておくか」

ベッドから降りると彼は服を脱ぎ捨てて、置かれている制服に袖を通す。

「騒がしい文化祭が終わったというのに、厄介ごとは続くって?勘弁してくれ」

ぶつぶつ言いながら部屋を出て目の前の階段を下りる。

「おはようございます。凍真君」

「おはようございます。志村さん」

カッターシャツにエプロンを付けた初老の男性が出迎える。

「顔色がよくありません……夢見が悪かったみたいですね」
「志村さんには敵いませんね」

肩を竦めながら階段を下りた先にあるカウンターへ腰かけた。
新城が借りている部屋の一階。
そこは目の前の男性、志村(しむら)が経営する喫茶店になっている。

「そういえば、文化祭はどうでした?」
「どうもこうも面倒ごとばかりで参りましたよ」

学校で行われた文化祭、そこで起こった騒動を思い出してげんなりする新城。
良い出会いもあったが厄介ごとの解決に奔走していた時の記憶が強い。
尤も、最後に親しい連中と楽しめた事は良い思い出と言えるだろう。

「学生生活は一度きりのものです。後悔だけはしないようにしてくださいね」

そういいながら志村はコーヒーの入ったマグカップを差し出してくる。

「朝から志村さんのコーヒーを飲めるなんてとても贅沢だ」
「私のコーヒーなんてまだまだです。目指している味に到達していませんからね」
「研鑽を続けることは大事です。俺だって修業中ですから」

置かれたコーヒーを味わいながら続けて出てきたクロワッサンへ手を伸ばす。

「そういえば、貴方が出会ったという相棒はいつ、連れて来てくれるんです?」
「……雲川の事ですか?」

志村は彼が祓い屋であることを知っている。
雲川が相棒となった日に「嬉しそうですね」と話しかけられて新城はその日の出来事を話した。

「えぇ、貴方の出会った素敵な相棒さんに私の淹れたコーヒーを飲んでもらいたいです」
「……どうだろう。アイツがコーヒーを飲めるかわからないですけど」
「それでも良いんですよ」

柔和な笑みを浮かべながら開店の準備を始める志村。

「ありがとうございます」

食器をシンクへ置いて新城は鞄を手に取る。

「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」

店の外に出て一人歩く新城。

「さぁ、今日は何事もありませんように」