――なに泣いているんだ?
誰もいない岩場。
一人で泣いているところへ声をかけてくる人間。
――周りより妖術の扱いが下手?
――そんなの、誰だって初めての事でうまくいく奴の方が珍しいんだよ。
――お前はお前のペースでいけばいい。
岩場で蹲っている自分へ手を差し伸べてくる。
自分よりも弱いくせに、軟弱だと罵っていた筈なのに、
気付けば、自分よりも強くなっていて。
気付けば、自分の中で居る事が当たり前になっている存在。
あぁ、いつからだろう。
いつからだろう?
――コイツを心の底から欲しいと望んでしまったのは。
「懐かしい夢」
妖界の住まう世界、その大部分を占める妖狐の大陸。
太陽の光が降り注ぐ屋敷の縁側。
昼寝をしていた一人の女性が体を起こす。
着物を纏い、頭頂でピコピコと揺れる狐の耳。
艶のある白い肌が日の光を受けてキラキラと輝いているように見える中、
口の端から覗く犬歯。
縁側から立ち上がった際に後ろで揺れる八つの尾。
妖狐の怪異。
彼女は体を起こすと口元の涎を舐める。
「あぁ、とても懐かしい夢」
口の端を歪めながら髪の毛に隠れた片目へ手を伸ばす。
「どこにいようと、何をしようと無駄。必ず見つけ出してあげる。そして、あぁ、そして」
ぶつぶつと呟きながら目の前の幻影へ手を伸ばす。
あの小さな存在からどのくらい成長しただろう?
大きくなったか?
あの頃のままか?
いいや、違う。
「貴方の成長は手に取るようにわかる。あぁ、そう。もうすぐ、もうすぐ」
狂気に顔を歪めながら目の前の幻影を握りつぶす。
「こんな幻に現を抜かすのももう終わる……そう、この腕に取り戻す日は近い」
全身から迸る膨大な妖気。
近くを通ろうとした他の妖狐達は全速力でその場から離れていく。
「終わらせましょう。貴方の術を破り、この手が届く日は――」