ひらひらと桜の花びらが舞い降りてくる。千桜の氷のごとき右目と視線が交差した。

「不都合……か」
「視力などに影響はおありなのでしょうか」

 千桜の左眼を見る者は、恐れおののくか、異常なまでの興味関心を向けるかのどちらかだという。蓮華はそのどちらでもなかったが、単純に生活をするうえで支障はないものかと気になった。片方のみが極端に見えにくかったりなどすると、日常生活に悪影響を及ぼす。そうなってしまっては、疎ましく思うのも仕方がないのかもしれないと考えた。

「いや、むしろその点でいえばよく‟見える‟」
「見える……?」

 しかし、想定していた返答とは異なっていた。千桜の美麗な横顔を見つめながら蓮華はきき返す。

「見えすぎるといえばよいか」
「それは、いったい」
「神とやらのお力なのだそうだ。このようなもの、まったく要らなかったのだがな」

 夜風が強く吹き付けると、千桜の前髪が浮かび上がる。桜色の左眼が蓮華の前に直接晒された。宝石のように眩いそれに、蓮華は魂を抜き取られたかのように魅入られる。

「この眼には人間の心の色が映る――と言ったら、おまえは信じるだろうか」

 桜色の瞳の中には蓮華の姿があった。

(人間の心の色……?)

「無理をせずともよい。誰もがペテンだと思うだろう」
「い……いいえ」

 千桜が嘘を言っているとは思えなかった。蓮華はますます吸い込まれるがごとく、桜色の瞳を見つめた。

「今も、見えるのですか」

 問えば、無言の視線が返ってくるのみ。すっと目を細めると「そうだ」と淡泊な返事があった。

「こんなもの、不要な能力だ」
「……そう、でしょうか」
「人間の心の色のほとんどは、それほど綺麗なものではない。濁った色は見るに堪えず、隠しているつもりの本心はこちら側には筒抜けだ。さまざまな思惑が蔓延る社交場は専ら、好きになれない」