「信じられないでしょうが、一年中咲いています。もともとこのお屋敷は、今は亡き大奥様が大層大事にされておりまして……曰く、この桜の木には神が宿っているのだそうです」

 そこで蓮華は千桜の左眼を思い浮かべた。ガラス玉のように鮮やかな桜色を、蓮華は美しいと感じた。驚きはしたが、それ以上に心惹かれる神秘があった。

「旦那様の左眼については、もうご存じで?」
「はい。見せていただきました」
「そうですか……」

 家令は目を細めて枝垂れ桜を見上げる。

「きっと、はじめて見る色で、驚いたでしょう」

 蓮華は、こくりと頷き、家令の視線を追うようにして狂い咲きの桜の木を見上げた。

 果たして、本当に神がこの木に宿っているのか。
 それでいうならば、千桜の左眼はやはり神から授かったといえるような気がする。

(……神に、愛される)

 蓮華はもう一度、青空の下で気持ちよさそうに揺れている枝垂れ桜を見つめる。

(きっとそれでいうと、私は神様に嫌われているのでしょうね)

 高潔で品行方正な千桜は、神に愛されて当然のように思える。蓮華とは違い、醜くなく、美しい。

 千桜は‟呪い‟だと口にしていたが、蓮華にはそうは思えなかった。

「私などが烏滸がましいのですが、とても……きれいだと思いました。ですが、旦那様は……」

(そうは思っていらっしゃらない)

 桜の木は見るものの心をこんなにも安らかにする。刹那的で儚い印象を持ちながら、たしかな存在感を放っている日の本の花。

 その神様に愛された千桜は、日本男児に相応しい。
 不気味などとは到底思えなかった。

「いやはや……蓮華様がお優しい方で本当によかった」

 家令はやんわりと眉を下げた。

「常識から外れた異質なものを目にすると、たいていの人間は‟恐れ‟や‟拒絶‟もしくは‟過剰な興味関心‟を抱くものです」
「恐れ……拒絶」

 蓮華はただ、きれいだと思っただけだ。それ以上でもそれ以下でもなかった。

 ひらひらと花びらが落ちてくる。蓮華は感情を長らく手放しているが、桜を見つめていると不思議な心地がするのだ。それと同じ色の瞳をもつ千桜を、蓮華が恐れるはずがない。

 風にのって縁側の上に舞い降りてきた一片を拾い上げ、後で押し花にするために藁半紙の間に挟みこむ。

「旦那様は正直なところ、この桜の木がそんなには好きではなかったのだと思います。これまで……ご苦労をされておりますから」
「そうなの……ですか」
「ええ。ですが、最近は少しだけ、この木を見る目が優しくなったかと」

 生け花を机の上に並べる家令は、どことなく嬉しそうだった。

「蓮華様が来てくださって、本当によかった。これまでのお坊ちゃまは鋭い氷のようでしたから」

 蓮華には言葉の意味が理解できない。

(きっと可哀想だとお思いになって、温情を施してくださっただけなのに)

 ふう、と息を吐く。生け花を手に取り、蓮華は花瓶に向き合った。

 生け花、琴、読み書き、そろばん。できることはなんでもする。可能ならば、下働きをさせてもらう許可ももらいたかったが、かえって不快にさせるのならば控えなければならない。

(何か、何かできることを)

 蓮華は、血みどろになるまで尽くすことで、これまでも居場所をつくってきたのだ。