美代は言葉の意味が理解できず、眉をわずかに上げた。

「あの、巴家の娘は、たしかに千代と喜代で……」

 千代と喜代もお互いに顔を見合わせて、狼狽する。ただ一人、当主の藤三郎は観念したとばかりの態度をとっていた。

「いるはずだが。藤三郎氏の血を引いた、蓮華という名の娘が。たしかに」

 蓮華は予期せずに己の名前が呼ばれて、はっと顔を上げた。

(どうして、それにあの方は……)

 雑巾をバケツの中に戻し、応接室へと意識を傾ける。当主である藤三郎の正面に腰を下ろしている男が、ダンスホール‟カナリア‟の庭園で見かけた人物であることに驚く。

 慄然とした態度からは、蓮華があの夜、名乗らずに去ったことに立腹しているようには推察できない。

 では、なぜ。

 立派な帝国軍人が蓮華のような下働きの名をあげるのか。そればかりか、なぜ蓮華の出生にも精通しているのか。

「そのような者は、巴家の人間にはおりません」
「そっ、そうよ、巴家の娘は私と喜代さんだけで」
「蓮華などという女など、知りませんわ!」
「美代、お前たち、軍人殿の前ではしたない態度は控えなさい」
「だけど、お父様!」

 慌てふためく美代たち三人を一瞥もすることなく、千桜は淡々と要件を述べた。

「茶番は大概にしていただきたい。あなた方に用はない」
「なっ……!」

 応接室に座している千桜の瞳が、ゆっくりと蓮華をとらえる。




「私はそちらのお嬢さんに縁談を申し込みたく、馳せ参じたのだ」