4人目の担当をする日、私は決めていた。もうこれ以上来衣先輩と関わるのはやめる。
私から関係を断ち切ればいいだけの話。
来衣先輩を好きだと気づいてしまったこの気持ちは、冥土の土産に大切に持っていこう。
――
本日の担当。
小林 紬 17歳 女性
桜ヶ丘高校二年生
――
担当する小林 紬さんは同じ二年生だけど、クラスも違うし、接点はない子だった。
この日の担当が、来衣先輩と関りがなさそうで正直安心した。
三年生と二年生の教室は、離れているので、気をつければ、ばったりと会うこともないだろう。
私が見つからなければ、会うこともない。
私たちは、そんな関係で、それだけの関係なのだ。
この日、来衣先輩と鉢合わせしてしまいそうな場所はとことん避けた。
美術室、3年生の校舎、生徒が集まる場所。ばったりと会ってしまう可能性が感じられる場所には行かなかった。その甲斐あってか、来衣先輩と会うことはなく下校の時間が迫っていた。
これでいいんだ。だって、どうせあと3日もすれば、私の記憶はなくなる。
この気持ちだってどこかに消えてなくなるのだから。
――なんだ、こんな簡単に会わずにいられるんだ。
少し寂しさを感じるものの、私の気持ちも落ち着いていた。このまま簡単に終わらせられると、この時は思っていた。
⋆
あっという間に時間が過ぎた。窓から見える空の景色もいつのまにか夕焼け空に変わっていた。
なんだか廊下の方がざわざわと騒がしい。最初は放課後に残った生徒が雑談しているのだと思った。
しかし、騒がしさは増していき、たくさんの人の声が飛び交ってくる。
私は騒ぎの中心に向かって歩き出した。
「早川未蘭いる?」
「いや、えっと……」
「……このクラスじゃねえか」
コツコツと廊下に白杖の金属音が鳴り響く。
「早川未蘭いる?」
「……え、」
遠くの方から聞こえてくる会話がどんどん近づいてくる。
コソコソと囁かれる声も耳に届く。
「最上先輩どうしたんだろ?」
「早川さんってさ、事故で……」
「そのこと、知らないのかもよ?」
コソコソと囁かれる話の中に私の名前が出てきて驚いた。
どうやら、来衣先輩が私を探して二年生の教室を回っているようだ。
私を探しに来る来衣先輩を、みんな不思議に思っている。当然だ。私は病院で仮死状態で、眠っているのだから。クラスメイトどころか、廊下にいたみんなも、なにごとかと怪しんでいる。
来衣先輩は私が病院にいることをしらない。昨日まで学校で喋っていたのだから、今日も学校にいると疑わないのだろう。
来衣先輩が近づいてくるにつれて、焦りと不安で胸がざわつく。どうしたらいいのかわからなくてその場に立ち尽くした。
このままだと、来衣先輩に私が事故に遭ったことが知られてしまう。
違う、その方がいいのかもしれない。
そしたら、今まで私と話したことは夢か幻かと思うだろう。
来衣先輩の姿を視界に捉えると、心臓がどくんと跳ねた。
来衣先輩と関わるのをやめると決意した。なのに、姿を見ただけで、どうしてこんなに心が動揺してしまうのだろう。
白杖を使ってゆっくり歩く彼から目が離せない。視線も心も、彼に簡単に奪われる。
私は走って来衣先輩に歩み寄った。「あ、」来衣先輩が私に気づくと同時に彼の腕を引っ張って連れ出した。
周りの生徒に私の姿は視えていないので、腕を引っ張られてバランスを崩しながら歩く来衣先輩の姿に、不思議そうな視線を向けていた。
少し離れた場所まで歩くと、キョロキョロと辺りを見渡した。誰もいないことを確認して、思いっきり息を吸い込んだ。
「来衣先輩! なにやってるんですか?」
「今日、俺のこと避けてただろ?」
勢いよく放たれた言葉は、責め立てるように強い口調になる。対照的に、悲しげに話す来衣先輩の声に罪悪感が募る。避けてることがバレていた。上手に会わないように回避してると思ってたのに。
「……避けてるってことは、私は、あ、会いたくない……ってことです」
「俺が目が見えないから?」
「……っ!」
そんなはずない!目が見えないとか関係ない!
来衣先輩はなにも悪くないの。
お願いだからそんな顔しないで。
来衣先輩の瞳は揺れているように見えた。突き放そうとしたのに、胸が苦しくて言葉が出ない。
「わ、私は、私は……」
来衣先輩のことが好きになってしまったんです。でも私には恋する権利なんてないので、もう会わない方がいいんです。
そう伝えられたらどんなにいいだろう。伝えたいのに、『私たちのを存在は人に知られてはいけない』守護霊代行のルールが邪魔をする。
「あははっ」
生徒の笑い声と足音が近づいてくる。誰かに見られたら、来衣先輩が一人でしゃべっていて変な人だと思われてしまう。拳をぎゅっと握った。そうでもしないと今言おうとしている言葉が言えないからだ。
「……来衣先輩! 迷惑なんです! 私を探さないでください」
嘘だった。見えない私を探し出してくれる来衣先輩にどれだけ救われたか。どんなに嬉しかったか。伝えたい。だけど、この気持ちを伝えるのは自分がすっきりしたいだけの、身勝手な行動だと思った。
好き。
言えないけど、私はあなたが好きです。
好きだから、自分の気持ちを押し殺して嘘をつきます。
本当にあるんだね、自分よりも相手のことを考えることって。
知らなかった。好きになると、自分以外の人が大切に思えるなんて。
私は自分の気持ちに嘘をついて、一世一代の芝居を打つ。
「未蘭! 待って! 今日の18時に、前に話した公園で待ってるから」
「……そんなこと言われても困ります。い、行きませんから」
「……来るまで待ってるから」
「ぜ、絶対、行きませんから」
言葉を残して私はその場から逃げた。
行かない。行けないよ。行ってはだめだから。
一度も振り返ることなく、来衣先輩の元から離れた。