「晴陽、ごめん。晴陽には愛の証明をしろって喚いたくせに、いざ自分がやるとなったら気持ちの証明ってとても困難なんだって知った」
「いえ……わたしも結局は何一つ証明できなかったので、凌空先輩に『ほれ見ろ』だなんて口が裂けても言えないですよ」
そう、晴陽は自分の力では証明を成し得なかった。
だけど凌空なら、あらゆる理屈を無視してでも強引にやり遂げてしまうのではないかと期待してしまうのは、惚れた相手への贔屓目だろうか。
「晴陽は過去のことを話してくれたり絵を描いてくれたりして、精一杯の努力をしてくれた。……だけど、蓮さんのことをほとんど何も知らない俺は、それができない」
そう言って蓮に近づいていった凌空は、そっと右手を差し出した。
「思い出を語って説得することも、あなたの心を動かすものを差し出して情に訴えることも、俺にはできない。俺はただ、晴陽がずっと俺にし続けてくれたように、目を見て強く伝えることしかできない。……蓮さん、頼む。俺を信じてくれないか?」
想像以上に単純で、予想よりはるかに力業。そんな凌空のことが改めて大好きだなと、晴陽は再確認する。
だが今大事なのは晴陽の心じゃない。蓮の気持ちだ。
凌空の一風変わった愛情に、蓮は応えてくれるだろうか。晴陽は緊張しながら、二人の様子を見守っていた。
「……そう言われても、難しいよ。だって凌空くんってオレのこと嫌いじゃん? 友達になるなんて……無理だと思う」
「菫も言っていただろ? 『何か一つでも共通のものを好きになれれば、仲良くなれる』って。恋愛感情とは違うけれど、明るくて優しくて太陽みたいな菫のことが、俺は好きだった。蓮さんもそうだろ? だから俺たちはきっと、互いを思いやれる友達になれるよ」
二階堂菫の言葉が、存在が、確かな記憶として彼らの心に刻み込まれている。
それは晴陽にとっての究極の理想、憧れすら抱いてしまう魂の在り方だ。
震えるほどの感動を、この目で、この耳で、この細胞で受け止める。
「……オレは、面倒臭いと思うよ?」
凌空は息を吐いた後、強引に蓮の手を取った。
「ごちゃごちゃうるさい。とりあえず、友達として蓮って呼ばせてもらうから。……これからよろしく、蓮」
「……困ったなあ……凌空くんのことを嫌いなままでい続けた方が、楽だった気がするよ」
蓮の目から、一筋の涙が零れ落ちた。有無を言わさない凌空の迫力と不思議と引き寄せられてしまう引力はきっと、蓮の心を溶かしていくだろう。
そう遠くない『未来』のことを想像できたとき体中から感謝の気持ちが溢れてきて、服の上から心臓を触って改めて菫に礼を述べた。
「あの、晴陽ちゃん。今までごめんね。オレのことはもう、許してくれないよね?」
晴陽の顔色を窺うように近づいてきた蓮に、かぶりを振った。
「謝らないでください。許すも許さないも何も、わたしは最初から怒ってなんかいませんから」
今までされてきたことはすべて、蓮が菫を愛しているがゆえの行動だ。
そいつを盾にすれば何をしてもいいという理由になるはずはないけれど、晴陽が蓮を恨んだり憎んだりしない理由も、そこにあるのだ。
「晴陽ちゃん。菫のためにも、凌空くんと絶対に幸せになってね。愛想尽かされて別れたりしたら許さないから」
凌空を幸せに「しなさい」ではなく、幸せに「なりなさい」と命令するあたりからも、蓮の菫に対する強い気持ちが伝わってくる。凌空と幸せになることで、菫の臓器移植を止めなかった蓮の後悔の念を少しでも軽くすることができるのならば、喜んで約束しよう。
「……この心臓に誓って、幸せになります」
蓮は満足そうに笑った。
「ねえ、凌空くん。なんかオレってメンヘラ気味みたいだからさ、仲良くなっていくうちに恋愛対象として凌空くんのこと好きになっちゃうかもよ? どうする?」
「そのときは晴陽と真っ向勝負して、どっちの愛がより大きいのか俺に営業して。俺の採用条件は厳しいけど、頑張って」
冗談を言い合って笑い合えるくらいには、二人はいい友達になれそうだった。
二人の様子を見ながら晴陽が胸を撫で下ろしていると、
――騒がしい生活の幕開けだね。
ここにいるはずのない、誰かの声が聞こえた気がした。
晴陽は『彼女』の声を一度も聞いたことがないけれど、その声の正体に確信を持って、胸を張って返事をした。
「これからいろんなことがあるだろうけど……この命が尽きるその瞬間まで、楽しもうと思う」
晴陽の声は風の音に掻き消されたけれど、今はそれでいいと思った。
宣言通りに胸を張って生きていれば、いつか彼女と会ったときに笑ってハイタッチしてくれるだろうから。
いずれ必ず来るそのときまで、大切な人たちと一緒に、生きた証を少しずつ刻んでいこう。
それは人間なら誰もが無意識のうちに行っている、命の証明だ。
逢坂晴陽の証明問題は、まだこれから先もずっと、続いていく。
「いえ……わたしも結局は何一つ証明できなかったので、凌空先輩に『ほれ見ろ』だなんて口が裂けても言えないですよ」
そう、晴陽は自分の力では証明を成し得なかった。
だけど凌空なら、あらゆる理屈を無視してでも強引にやり遂げてしまうのではないかと期待してしまうのは、惚れた相手への贔屓目だろうか。
「晴陽は過去のことを話してくれたり絵を描いてくれたりして、精一杯の努力をしてくれた。……だけど、蓮さんのことをほとんど何も知らない俺は、それができない」
そう言って蓮に近づいていった凌空は、そっと右手を差し出した。
「思い出を語って説得することも、あなたの心を動かすものを差し出して情に訴えることも、俺にはできない。俺はただ、晴陽がずっと俺にし続けてくれたように、目を見て強く伝えることしかできない。……蓮さん、頼む。俺を信じてくれないか?」
想像以上に単純で、予想よりはるかに力業。そんな凌空のことが改めて大好きだなと、晴陽は再確認する。
だが今大事なのは晴陽の心じゃない。蓮の気持ちだ。
凌空の一風変わった愛情に、蓮は応えてくれるだろうか。晴陽は緊張しながら、二人の様子を見守っていた。
「……そう言われても、難しいよ。だって凌空くんってオレのこと嫌いじゃん? 友達になるなんて……無理だと思う」
「菫も言っていただろ? 『何か一つでも共通のものを好きになれれば、仲良くなれる』って。恋愛感情とは違うけれど、明るくて優しくて太陽みたいな菫のことが、俺は好きだった。蓮さんもそうだろ? だから俺たちはきっと、互いを思いやれる友達になれるよ」
二階堂菫の言葉が、存在が、確かな記憶として彼らの心に刻み込まれている。
それは晴陽にとっての究極の理想、憧れすら抱いてしまう魂の在り方だ。
震えるほどの感動を、この目で、この耳で、この細胞で受け止める。
「……オレは、面倒臭いと思うよ?」
凌空は息を吐いた後、強引に蓮の手を取った。
「ごちゃごちゃうるさい。とりあえず、友達として蓮って呼ばせてもらうから。……これからよろしく、蓮」
「……困ったなあ……凌空くんのことを嫌いなままでい続けた方が、楽だった気がするよ」
蓮の目から、一筋の涙が零れ落ちた。有無を言わさない凌空の迫力と不思議と引き寄せられてしまう引力はきっと、蓮の心を溶かしていくだろう。
そう遠くない『未来』のことを想像できたとき体中から感謝の気持ちが溢れてきて、服の上から心臓を触って改めて菫に礼を述べた。
「あの、晴陽ちゃん。今までごめんね。オレのことはもう、許してくれないよね?」
晴陽の顔色を窺うように近づいてきた蓮に、かぶりを振った。
「謝らないでください。許すも許さないも何も、わたしは最初から怒ってなんかいませんから」
今までされてきたことはすべて、蓮が菫を愛しているがゆえの行動だ。
そいつを盾にすれば何をしてもいいという理由になるはずはないけれど、晴陽が蓮を恨んだり憎んだりしない理由も、そこにあるのだ。
「晴陽ちゃん。菫のためにも、凌空くんと絶対に幸せになってね。愛想尽かされて別れたりしたら許さないから」
凌空を幸せに「しなさい」ではなく、幸せに「なりなさい」と命令するあたりからも、蓮の菫に対する強い気持ちが伝わってくる。凌空と幸せになることで、菫の臓器移植を止めなかった蓮の後悔の念を少しでも軽くすることができるのならば、喜んで約束しよう。
「……この心臓に誓って、幸せになります」
蓮は満足そうに笑った。
「ねえ、凌空くん。なんかオレってメンヘラ気味みたいだからさ、仲良くなっていくうちに恋愛対象として凌空くんのこと好きになっちゃうかもよ? どうする?」
「そのときは晴陽と真っ向勝負して、どっちの愛がより大きいのか俺に営業して。俺の採用条件は厳しいけど、頑張って」
冗談を言い合って笑い合えるくらいには、二人はいい友達になれそうだった。
二人の様子を見ながら晴陽が胸を撫で下ろしていると、
――騒がしい生活の幕開けだね。
ここにいるはずのない、誰かの声が聞こえた気がした。
晴陽は『彼女』の声を一度も聞いたことがないけれど、その声の正体に確信を持って、胸を張って返事をした。
「これからいろんなことがあるだろうけど……この命が尽きるその瞬間まで、楽しもうと思う」
晴陽の声は風の音に掻き消されたけれど、今はそれでいいと思った。
宣言通りに胸を張って生きていれば、いつか彼女と会ったときに笑ってハイタッチしてくれるだろうから。
いずれ必ず来るそのときまで、大切な人たちと一緒に、生きた証を少しずつ刻んでいこう。
それは人間なら誰もが無意識のうちに行っている、命の証明だ。
逢坂晴陽の証明問題は、まだこれから先もずっと、続いていく。