そしてもう一つは、凌空と正式に交際に至ったことを直接蓮に報告したかったからだ。
蓮には以前、『晴陽』として生きるなら徹底的に恋路を邪魔すると宣言されている。だからこそ、結果をあえて報告したうえで、凌空との交際に余計な茶々を入れられないよう対策を講じていきたいと考えたのだ。
話を振られたので早速報告してしまったが、車のハンドルもとい、命の手綱を握られているこのタイミングでわざわざ話す必要はなかったのかもしれないと、急に焦ってきた。
冷や汗を流しながら横目で反応を窺ってみると、晴陽の視線に気づいた蓮は強張った表情をすぐに明るい笑顔に変えた。
「そうなんだ! おめでとう! ついにだね! やったね!」
「ありがとうございます。……あの……怒っていますか?」
なぜこんな馬鹿な質問をしてしまったのか。自分の無神経さを後悔している晴陽の手を、凌空は左手でぎゅっと握った。
「まさか! オレは菫を溺愛しているから恋敵である晴陽ちゃんには冷たい態度を取っちゃったけど、女の子の恋の成就も祝福できないような小さい男じゃないよ! 菫の分も、凌空くんを大切にしてあげてね!」
「ま、前向いてください! わたしから手を離してください! 危ないですっ!」
蓮の危険な運転を咎めつつも、晴陽は内心安堵していた。よかった。蓮は妹が失恋しても恋敵に恨みを抱くような男性ではなかったらしい。
「ね、どうやって凌空くんを口説き落としたの? 話聞かせてよ!」
「口説き落としたと言うか、諦めずに好意を伝え続けた結果、ようやく想いが届いたというか……」
「あのツンツンボーイの心を打ち抜いたのは、一途な気持ちだったってことかー! すっごいありきたりなラブストーリーだけど、オレは嫌いじゃないよ! 愛の告白の言葉はどんなの? 『あなたに毎日味噌汁を作ってあげたい』とか?」
「……少し、ジェネレーションギャップとやらを感じています」
「冗談だよ、冗談! ……え、古いかな?」
蓮の少しだけ不安そうな表情がなんだか可笑しくて笑みを零すと、彼も楽しそうに笑っていた。
さっきの言葉通り、蓮は自分たちのことを本当に祝福してくれているのだろう。
反応や言動からそう確信した晴陽は、ところどころ二人だけの秘密にしておきたい部分などは端折りながら、凌空と付き合うまでの経緯などを話した。
相変わらず聞き上手な蓮は共感してくれたり男性目線での感想をくれたり、出会った頃のように明るいお兄さんとして車中の会話を盛り上げてくれた。
そうして車を走らせること数十分。菫の墓がある隣市の墓地に到着した。
月に一度は訪れるという蓮に案内され、晴陽はついに菫の墓石の前に立った。
生前の菫を知らない晴陽は、墓を実際にこの目で見ても感傷的にはならなかった。晴陽が産まれる前に亡くなっていた祖父の墓参りに来たときと、同じような感情を抱いただけだ。
だけど心臓を移植されてから今この瞬間も、多大な感謝を抱いていることだけはずっと変わらない。
墓と周辺を掃除してから打ち水をして、持参した花と菫が好きだったと聞いていた菓子と、そして――凌空を描いたときに使用した絵筆を供えた。
それから両手を合わせて目を瞑り、一方的ではあるものの約束を交わした。
――わたしと菫さんが夢中になって恋をした彼を、この命尽きるまで必ず大切にします、と。
「さて……と。菫との話は終わった? ねえ晴陽ちゃん、まだ時間ある? 凌空くんとのお付き合い記念に、お兄さんがお祝いしてあげるよ! 美味しいものでも食べに行こう。もちろん奢るし!」
「え……いや、でも……」
「あ、凌空くんに余計な心配はかけたくない感じ? もちろんあの子が反対するなら無理にとは言わないから、一応聞いてみて?」
有無を言わさぬ強引さで促され、晴陽は凌空にメッセージを送った。今までとは異なり、晴陽と凌空は恋人同士という関係にある。余計な心配をかけないように墓参りのことは伝えてあったけれど、食事を共にするのはやはり凌空の許可が下りないかもしれない。
『了解』
反対されたら蓮との食事は断るつもりだったが、返信内容は予想よりもずっと素っ気ない一言だった。少しくらいヤキモチを焼いてほしかったかもなんて、苦笑してしまう。
「どうしたの晴陽ちゃん? 凌空くんの愛を感じられなくて、寂しくなっちゃった?」
「ち、違いますよ! さあ行きましょう! わたし、お腹減ってきちゃいました!」
考えていることが顔に出やすいのは、菫ではなく、晴陽自身の特徴のようだった。
蓮には以前、『晴陽』として生きるなら徹底的に恋路を邪魔すると宣言されている。だからこそ、結果をあえて報告したうえで、凌空との交際に余計な茶々を入れられないよう対策を講じていきたいと考えたのだ。
話を振られたので早速報告してしまったが、車のハンドルもとい、命の手綱を握られているこのタイミングでわざわざ話す必要はなかったのかもしれないと、急に焦ってきた。
冷や汗を流しながら横目で反応を窺ってみると、晴陽の視線に気づいた蓮は強張った表情をすぐに明るい笑顔に変えた。
「そうなんだ! おめでとう! ついにだね! やったね!」
「ありがとうございます。……あの……怒っていますか?」
なぜこんな馬鹿な質問をしてしまったのか。自分の無神経さを後悔している晴陽の手を、凌空は左手でぎゅっと握った。
「まさか! オレは菫を溺愛しているから恋敵である晴陽ちゃんには冷たい態度を取っちゃったけど、女の子の恋の成就も祝福できないような小さい男じゃないよ! 菫の分も、凌空くんを大切にしてあげてね!」
「ま、前向いてください! わたしから手を離してください! 危ないですっ!」
蓮の危険な運転を咎めつつも、晴陽は内心安堵していた。よかった。蓮は妹が失恋しても恋敵に恨みを抱くような男性ではなかったらしい。
「ね、どうやって凌空くんを口説き落としたの? 話聞かせてよ!」
「口説き落としたと言うか、諦めずに好意を伝え続けた結果、ようやく想いが届いたというか……」
「あのツンツンボーイの心を打ち抜いたのは、一途な気持ちだったってことかー! すっごいありきたりなラブストーリーだけど、オレは嫌いじゃないよ! 愛の告白の言葉はどんなの? 『あなたに毎日味噌汁を作ってあげたい』とか?」
「……少し、ジェネレーションギャップとやらを感じています」
「冗談だよ、冗談! ……え、古いかな?」
蓮の少しだけ不安そうな表情がなんだか可笑しくて笑みを零すと、彼も楽しそうに笑っていた。
さっきの言葉通り、蓮は自分たちのことを本当に祝福してくれているのだろう。
反応や言動からそう確信した晴陽は、ところどころ二人だけの秘密にしておきたい部分などは端折りながら、凌空と付き合うまでの経緯などを話した。
相変わらず聞き上手な蓮は共感してくれたり男性目線での感想をくれたり、出会った頃のように明るいお兄さんとして車中の会話を盛り上げてくれた。
そうして車を走らせること数十分。菫の墓がある隣市の墓地に到着した。
月に一度は訪れるという蓮に案内され、晴陽はついに菫の墓石の前に立った。
生前の菫を知らない晴陽は、墓を実際にこの目で見ても感傷的にはならなかった。晴陽が産まれる前に亡くなっていた祖父の墓参りに来たときと、同じような感情を抱いただけだ。
だけど心臓を移植されてから今この瞬間も、多大な感謝を抱いていることだけはずっと変わらない。
墓と周辺を掃除してから打ち水をして、持参した花と菫が好きだったと聞いていた菓子と、そして――凌空を描いたときに使用した絵筆を供えた。
それから両手を合わせて目を瞑り、一方的ではあるものの約束を交わした。
――わたしと菫さんが夢中になって恋をした彼を、この命尽きるまで必ず大切にします、と。
「さて……と。菫との話は終わった? ねえ晴陽ちゃん、まだ時間ある? 凌空くんとのお付き合い記念に、お兄さんがお祝いしてあげるよ! 美味しいものでも食べに行こう。もちろん奢るし!」
「え……いや、でも……」
「あ、凌空くんに余計な心配はかけたくない感じ? もちろんあの子が反対するなら無理にとは言わないから、一応聞いてみて?」
有無を言わさぬ強引さで促され、晴陽は凌空にメッセージを送った。今までとは異なり、晴陽と凌空は恋人同士という関係にある。余計な心配をかけないように墓参りのことは伝えてあったけれど、食事を共にするのはやはり凌空の許可が下りないかもしれない。
『了解』
反対されたら蓮との食事は断るつもりだったが、返信内容は予想よりもずっと素っ気ない一言だった。少しくらいヤキモチを焼いてほしかったかもなんて、苦笑してしまう。
「どうしたの晴陽ちゃん? 凌空くんの愛を感じられなくて、寂しくなっちゃった?」
「ち、違いますよ! さあ行きましょう! わたし、お腹減ってきちゃいました!」
考えていることが顔に出やすいのは、菫ではなく、晴陽自身の特徴のようだった。