「凌空くん、そんなにつんけんしないでよ。今日ここで二人を会わせたのにはちゃんと理由があるんだよ。あのさ、凌空くんには晴陽ちゃんのことを諦めてほしくて」
「「は?」」
珍しく――いや、初めてかもしれない。晴陽と凌空の声が重なった。
「諦めるも何も……俺は晴陽のことなんて好きでもなんでもないんだけど」
凌空が呆れたように口にした。改めて言葉にされると悲しいが、それは現時点では事実なので晴陽も頷く。
「そうですよ。っていうか、そうやって凌空先輩に変な絡み方するのはやめ――」
抗議は最後までできなかった。晴陽の唇は、蓮のそれに塞がれてしまったからだ。
頭が真っ白になるとはこのことだと思った。反射的に唇を離し慌てて後ずさったものの、ファーストキスを奪われたという事実を覆すことはできない。
女を信用できない凌空の信頼を得るために、誠意を見せる努力をしてきたというのに。
一瞬の裏切りが、凌空に対する罪悪感と蓮に対する怒りを抱かせる。
「な……なんでこんなことするんですか。私、凌空先輩のことは裏切りたくないって言ったじゃないですか!」
「ごめんね、我慢できなかった。でもさ、晴陽ちゃんと凌空くんは別に付き合っているわけじゃないじゃん? 別に悪いことじゃないよね?」
蓮は申し訳なさそうにするどころか、楽しんでいるようにすら見えた。蓮との付き合いを金輪際にしてしまいたい気持ちが沸騰するも、そうすれば菫を再び失う悲しみを抱かせてしまうだろうという想像力が働いてしまい、結局どうすればいいのかわからず途方に暮れる。
もらった心臓によって拓かれた未来が、もらった心臓によって縛られる感覚。
一ミリも動けずにその場に立ち尽くす晴陽だったが、凌空に手を引かれて引き寄せられてようやく体が動いた。乱暴に掴まれた手首は痛みを訴えたけれど、痛覚を上回る興奮と感動にも似た感情が胸の奥から湧いていた。
「晴陽は、俺のことが好きなんじゃなかったっけ?」
現実に脳の処理が追いつかない状態だけど、これは脊髄反射で答えられる質問だ。
「も、もちろんそうです! 私は、凌空先輩のことが好きです!」
晴陽の意思を確認した凌空は、蓮を睨みつけた。蓮もまた凌空の真正面に立って、笑みを浮かべていた。
「あれ? 凌空くんってば、嫉妬? 晴陽ちゃんのことは別に好きじゃないって言っていたのに、もしかしてヤキモチ?」
「違う。非常識な相手に困っている後輩を助けただけだ」
目鼻立ちの整った二人は、互いの目を見ながら何を考えているのだろうか。高度な駆け引きなのか腹の探り合いなのか、あるいは単純に喧嘩をしたいだけなのか。晴陽には何もわからなかった。
「今日はそういうことにしておいてあげる。じゃあ、遅くなっちゃったしそろそろ帰ろっか! オレたちは車なんだけど、凌空くんも乗っていく? 家まで送るよ?」
「密閉空間でお前と同じ空気を吸いたくない」
そう言って凌空は踵を返して去って行ってしまった。追いかけようとしたが「付いてくんな」という一言と蓮に裾を掴まれたことが、晴陽の足を止めさせた。
「あーあ、凌空くんにこっぴどく振られちゃったー」
晴陽を振り回し凌空との関係をかき回しておきながら、ふざけたことを口にする蓮に対する怒りやら疲労やらで、体中の力が一気に抜けて人目など気にする余裕もなくヘナヘナとしゃがみ込んでしまった。
「……蓮さんは一体、凌空先輩に何を言ったんですか。あんなに敵意を剝き出しにする先輩は、お母さんのことを語るときか、私を罵るときにしか見たことないですよ……」
「「は?」」
珍しく――いや、初めてかもしれない。晴陽と凌空の声が重なった。
「諦めるも何も……俺は晴陽のことなんて好きでもなんでもないんだけど」
凌空が呆れたように口にした。改めて言葉にされると悲しいが、それは現時点では事実なので晴陽も頷く。
「そうですよ。っていうか、そうやって凌空先輩に変な絡み方するのはやめ――」
抗議は最後までできなかった。晴陽の唇は、蓮のそれに塞がれてしまったからだ。
頭が真っ白になるとはこのことだと思った。反射的に唇を離し慌てて後ずさったものの、ファーストキスを奪われたという事実を覆すことはできない。
女を信用できない凌空の信頼を得るために、誠意を見せる努力をしてきたというのに。
一瞬の裏切りが、凌空に対する罪悪感と蓮に対する怒りを抱かせる。
「な……なんでこんなことするんですか。私、凌空先輩のことは裏切りたくないって言ったじゃないですか!」
「ごめんね、我慢できなかった。でもさ、晴陽ちゃんと凌空くんは別に付き合っているわけじゃないじゃん? 別に悪いことじゃないよね?」
蓮は申し訳なさそうにするどころか、楽しんでいるようにすら見えた。蓮との付き合いを金輪際にしてしまいたい気持ちが沸騰するも、そうすれば菫を再び失う悲しみを抱かせてしまうだろうという想像力が働いてしまい、結局どうすればいいのかわからず途方に暮れる。
もらった心臓によって拓かれた未来が、もらった心臓によって縛られる感覚。
一ミリも動けずにその場に立ち尽くす晴陽だったが、凌空に手を引かれて引き寄せられてようやく体が動いた。乱暴に掴まれた手首は痛みを訴えたけれど、痛覚を上回る興奮と感動にも似た感情が胸の奥から湧いていた。
「晴陽は、俺のことが好きなんじゃなかったっけ?」
現実に脳の処理が追いつかない状態だけど、これは脊髄反射で答えられる質問だ。
「も、もちろんそうです! 私は、凌空先輩のことが好きです!」
晴陽の意思を確認した凌空は、蓮を睨みつけた。蓮もまた凌空の真正面に立って、笑みを浮かべていた。
「あれ? 凌空くんってば、嫉妬? 晴陽ちゃんのことは別に好きじゃないって言っていたのに、もしかしてヤキモチ?」
「違う。非常識な相手に困っている後輩を助けただけだ」
目鼻立ちの整った二人は、互いの目を見ながら何を考えているのだろうか。高度な駆け引きなのか腹の探り合いなのか、あるいは単純に喧嘩をしたいだけなのか。晴陽には何もわからなかった。
「今日はそういうことにしておいてあげる。じゃあ、遅くなっちゃったしそろそろ帰ろっか! オレたちは車なんだけど、凌空くんも乗っていく? 家まで送るよ?」
「密閉空間でお前と同じ空気を吸いたくない」
そう言って凌空は踵を返して去って行ってしまった。追いかけようとしたが「付いてくんな」という一言と蓮に裾を掴まれたことが、晴陽の足を止めさせた。
「あーあ、凌空くんにこっぴどく振られちゃったー」
晴陽を振り回し凌空との関係をかき回しておきながら、ふざけたことを口にする蓮に対する怒りやら疲労やらで、体中の力が一気に抜けて人目など気にする余裕もなくヘナヘナとしゃがみ込んでしまった。
「……蓮さんは一体、凌空先輩に何を言ったんですか。あんなに敵意を剝き出しにする先輩は、お母さんのことを語るときか、私を罵るときにしか見たことないですよ……」