☆
冬休みをこれほど苦痛に感じたことはなかった。
あの日以来、冬期講習に参加することのなかった凌空と接触する機会はなかった。メッセージを送ってみても既読は一向につかず、電話なんて出てもらえるはずもない。
家まで行ってみたものの凌空は事前にマンションのコンシェルジュに何かを伝えていたのか、晴陽がインターホンを鳴らすより先に「次に敷地内で見かけたら警察に通報します」と警告をされてしまった。
想いは募るばかり。顔を見て、話がしたくて仕方がなかった。
一月八日。待ちに待った始業式当日、誰よりも先に登校して昇降口で凌空を待っていた晴陽は、登校時間ギリギリにやって来た凌空に声をかけた。
「凌空先輩! おはようございます!」
「もう俺に付きまとうのはやめろ。迷惑だ。二度と近寄るな」
今までで一番冷たい声色と冷然な目つきで睨みつけられたことで、自己防衛機能が働いて体が一瞬だけ停止した。その隙に靴を履き替え歩き出す凌空を周りの生徒たちは日常の光景だと思っているだろうけれど、二人の心境は今までとは全く違う。
凌空は晴陽を拒否ではなく拒絶するために、晴陽は凌空に好意を押しつけるためではなく、自分の気持ちの在り処を主張するために必死なのだ。
「私は逢坂晴陽です。二階堂菫さんじゃありませんよ」
背中越しに声をかけられた凌空の肩が、強張ったように見えた。
「……そんなの、わかってる。だけど……もう俺には、菫にしか見えないんだよ」
「私は凌空先輩のことが好きです。超好きです。めちゃくちゃ好きです。死ぬほど好きです。この気持ちが、菫さんから引き継いだものだとは思えません」
歩を止めないまま教室へ向かう凌空の後ろを追いかけながら、必死に愛を伝えた。
「具体性がないっていうのなら、好きなところをたくさん言います。大きな瞳が好きです。笑った顔が好きです。細い指が好きで、す。……は……話すときに目を逸らさない、ところが、好きです。呆れたときの、た、溜息の吐き方が好きです。……ゲホッ、これだけじゃないです……ゴホッ、まだまだ言えます。菫さんが好きになった凌空先輩と、わ……私がこの目で見て好きになった先輩は、違うはずで、す……!」
普段、運動に制限をかけられている晴陽が小走りに近い早歩きで長時間話し続けるのは、体力的に厳しかった。ところどころで息が切れてしまい、心配なんてさせたくないのに、意図しない理由で凌空の足を止めてしまった。
呼吸が整うのを待ってくれる彼の優しさに甘える自分を情けなく思いながらも、愚直に伝えることしか晴陽には術がないのだ。
「……凌空先輩は私に、菫さんとして振る舞ってほしいんですか? そうじゃないなら、私が諦める理由にはなりません」
「違う。でも、晴陽と菫を切り離して接するなんて、もう俺にはできない。晴陽と話していても菫の顔が頭にちらついてしまう。……これから先、晴陽と純粋な気持ちで会話するなんて無理なんだよ」
そう言って、凌空は予鈴が鳴ったと同時に走り去ってしまった。帰宅部なのに足が速く、インドア派なのに運動神経抜群なところも大好きだ。
だが――晴陽は凌空のことがこんなにも好きだというのに、彼はもう、菫というフィルターを通さなければ晴陽を見てくれることはないようだ。
全身が急に重くなったように感じて、晴陽はその場を動くことができなかった。
ここまで徹底的に拒絶されたのは、初めてだった。
冬休みをこれほど苦痛に感じたことはなかった。
あの日以来、冬期講習に参加することのなかった凌空と接触する機会はなかった。メッセージを送ってみても既読は一向につかず、電話なんて出てもらえるはずもない。
家まで行ってみたものの凌空は事前にマンションのコンシェルジュに何かを伝えていたのか、晴陽がインターホンを鳴らすより先に「次に敷地内で見かけたら警察に通報します」と警告をされてしまった。
想いは募るばかり。顔を見て、話がしたくて仕方がなかった。
一月八日。待ちに待った始業式当日、誰よりも先に登校して昇降口で凌空を待っていた晴陽は、登校時間ギリギリにやって来た凌空に声をかけた。
「凌空先輩! おはようございます!」
「もう俺に付きまとうのはやめろ。迷惑だ。二度と近寄るな」
今までで一番冷たい声色と冷然な目つきで睨みつけられたことで、自己防衛機能が働いて体が一瞬だけ停止した。その隙に靴を履き替え歩き出す凌空を周りの生徒たちは日常の光景だと思っているだろうけれど、二人の心境は今までとは全く違う。
凌空は晴陽を拒否ではなく拒絶するために、晴陽は凌空に好意を押しつけるためではなく、自分の気持ちの在り処を主張するために必死なのだ。
「私は逢坂晴陽です。二階堂菫さんじゃありませんよ」
背中越しに声をかけられた凌空の肩が、強張ったように見えた。
「……そんなの、わかってる。だけど……もう俺には、菫にしか見えないんだよ」
「私は凌空先輩のことが好きです。超好きです。めちゃくちゃ好きです。死ぬほど好きです。この気持ちが、菫さんから引き継いだものだとは思えません」
歩を止めないまま教室へ向かう凌空の後ろを追いかけながら、必死に愛を伝えた。
「具体性がないっていうのなら、好きなところをたくさん言います。大きな瞳が好きです。笑った顔が好きです。細い指が好きで、す。……は……話すときに目を逸らさない、ところが、好きです。呆れたときの、た、溜息の吐き方が好きです。……ゲホッ、これだけじゃないです……ゴホッ、まだまだ言えます。菫さんが好きになった凌空先輩と、わ……私がこの目で見て好きになった先輩は、違うはずで、す……!」
普段、運動に制限をかけられている晴陽が小走りに近い早歩きで長時間話し続けるのは、体力的に厳しかった。ところどころで息が切れてしまい、心配なんてさせたくないのに、意図しない理由で凌空の足を止めてしまった。
呼吸が整うのを待ってくれる彼の優しさに甘える自分を情けなく思いながらも、愚直に伝えることしか晴陽には術がないのだ。
「……凌空先輩は私に、菫さんとして振る舞ってほしいんですか? そうじゃないなら、私が諦める理由にはなりません」
「違う。でも、晴陽と菫を切り離して接するなんて、もう俺にはできない。晴陽と話していても菫の顔が頭にちらついてしまう。……これから先、晴陽と純粋な気持ちで会話するなんて無理なんだよ」
そう言って、凌空は予鈴が鳴ったと同時に走り去ってしまった。帰宅部なのに足が速く、インドア派なのに運動神経抜群なところも大好きだ。
だが――晴陽は凌空のことがこんなにも好きだというのに、彼はもう、菫というフィルターを通さなければ晴陽を見てくれることはないようだ。
全身が急に重くなったように感じて、晴陽はその場を動くことができなかった。
ここまで徹底的に拒絶されたのは、初めてだった。