「今日は随分と遅いじゃないですか、時雨さーん」
「昨日夜更かししたから、寝坊したんだよ。日照は幽霊なんだから、変わらないでしょ」
そんな会話をして、散歩に向かう。日照は、どうやら聞きたいことがあるようだ。
「なぁ、俺らってさ、異常なのかな?」
日照らしくない言葉が出てきたことに、俺は驚く。
「なんで?…日照、そんなの気にしなそうなのに」
思考をさえぎるように、小川のチロチロとなる音が、より一層強く感じた。
「俺は、時雨にしか視えないし、声だって時雨にしか聞こえないわけじゃん。なんかそれも、理由があるように感じちゃうんだよ。…俺、思い出せないし。過去のこと」
「なんで、過去を思い出せないの?」
過去を自分で思い出して、自分からやり逃したことをやって、この世にさよならをすればいいのに。そう簡単に言えても、実は怖いのかもしれない、とも思った。
「…たぶん、早く成仏しないように、体が生きてる時の記憶をできるだけ制御してるんだよ。全体的に霞がかってて、ぼやぁっとしてる感じ」
「自分で自分を成仏するの、怖くないの?」
俺だったら、怖いけど。
「俺は、成仏されずに意味もなくふらふらしてるのよりも、幽霊になった理由をちゃんと知って、やることやって、スッキリしてから消えるほうがマシ!」
太陽のように笑う日照。生きてる時は、いくら病気だったとはいえ、人気者だったんじゃないかな。
どうして、成仏されずに、この世に幽霊として存在しているのだろう。
それほど果たしたい、何かの約束があったのか。
そんな約束があったら、消えるのも恐れないくらいになれるのだろうか。
俺にはもちろん、前世の記憶なんてない。
なのに、一生日照が消えないでいてほしいと思うのは、なんでだろう。
「…なんか、あれ?今、思い出したかも、俺の過去のこと」
「え!?急じゃん、なんでなんで」
きっかけがあったから、思い出したんじゃないのか。そもそも、こんな急になんて、あり得るのか。
「たぶん、時雨と一緒にいるだけでも、記憶が戻ってくるのかも。なんせ、美波だしね」
「じゃあ、美波が日照の成仏と関係してるってこと?」
「…そうなる、よな!?」
なんだか、急に事態が動いた気がする。
「じゃあその、今思い出したもの聞かせてよ」
「うん。結構思い出した気がするような、しないような…」
日照は、思い出した記憶を、その当時のように教えてくれた。