俺は、今日特別に、時雨と会うためにこの世界に来ている。四年前にくれた金魚のマスコットを片手に。
緊張しているのは、きっと俺だけじゃないはず。あいつも、緊張はしてるはず。いや、絶対。
夕暮れ時が近づいてくる。懐かしくて、思わず笑ってしまう。
続々と集まる人々。そこに時雨が来ていることに期待する。
美波と話していた時、美波がこう言っていた。
『俺、生きてた時に日照と話したの、絶対忘れたくないやつがあるんだよね』
懐かしいと言っている美波の顔は、曇っていた。
『日照の病気がどんどん悪化してさ、俺の部屋にも来れなくなっちゃった時』
『あぁ…美波が俺のとこに来てくれてたんだっけ』
美波は、俺の病状の悪化を心配し、辛くて動けなかった時に、俺の部屋にずっといてくれた。たくさん話をしてくれて、その光景を見た看護師さんは、美波のことも俺のことも、怒るどころか優しく見守ってくれた。
美波は、俺の気持ちを痛いくらいにわかってくれる。俺も、美波の気持ちが痛いくらいわかる。
けれど、それがわかっていても、見て見ぬふりをして、わざと目を背ける人だっている。
一時だけでも、幸せだけ見つめていられる瞬間がある人もいる。
『日照が幽霊になる一日前にね、俺言った言葉があるの』
俺だって、夢見てるだけでいい時間が欲しいよ。
病気や苦しみにとらわれず、いっぱい好きなことして、好きな物食べて過ごしたいよ。
それが、悪化した時の俺の気持ちだった。
それがわかったのか、美波は言ってくれたのだ。
寄り添って、俺の気持ちと向き合ってくれた。
『…日照はもうわかるかもしれないけど、言ってあげてね』
『うん。言うよ』
でも、と、俺は思った。
『あいつ、強いよ』
俺がきっかけで、何か大切なものを思い出したと言っていた。けれど、俺がきっかけだからといって、変わろうとする選択を選ぶのは、時雨自身なのだから。
でも、言ってあげよう。いくら強くても、とたんにさみしくなる時だってあるから。そんな時に、また立ち直れるように。
『時に雨が降ろうが、必ず日が照らしてくれる。会えなくなっても、ずっと時間の中で繋がってる。だから、大丈夫だよ』

人がだいぶ増えてきた。もう少しで時雨も来るといいのだが。
座って耳をすませれば、色々な人の声がする。笑顔で話す顔が目に浮かぶ。
暗くなり始めた空。
色とりどりの屋台。
焼きそばの匂い。
美波が俺の部屋に来てくれた時の話の中で、よく話してくれたことがあった。
夏が、三つに別れるって話。
初夏と仲夏と晩夏。俺たちの約束の夏祭りは、仲夏と晩夏の間を指す。
それさえ覚えていれば、また会える。そう信じていた。
長い夏だけれど、あっという間の短い夏。
その日の思い出を、大切に抱えて、残りの夏も過ごす。
けれど、この懐かしい空気が、あと一つだけ欠けている。そう思った、瞬間だった。
「日照」
その声を聞いて、全ての記憶がフラッシュバックして、今に戻る。見上げると、鮮明になった記憶に、今というかけがえのない時間がみるみるうちに積み上げられていく。
「…約束、守ってくれてありがとう」
そんなに、溢れるような、こみ上げてくるような声で言うなよ。
その「ありがとう」に、俺がどれだけ嬉しい気持ちになっているかなんて、きっと知らないくせに。
「…こっちこそ、時雨」
俺も、時雨に言いたい。
この言葉に、今までの感謝と、思い出を乗せて。
「ありがとう」
これからの夏も、この約束があれば、ずっと繋がっている。
だから、俺たちは、果てない約束として、俺たちの記憶や時間に、ずっと残っている。だから、大丈夫だ。
あの仲夏と晩夏の狭間で交わした約束は、今日を超えても、この体が消えても、永遠に残り続ける。