「それで、この香炉はどうやって使うんですか?」
魅惑の踊り子を手にして子供のようにキラキラと目を輝かせるサント。
――ああっ! その目が可愛い! 可愛過ぎる!
ラルは子犬を可愛がる少女のような表情を見せた。
(人間のことはよく分からんが、主よ……そなたはいわゆるショタコンと言うものか?)
その言葉で、ラルは無意識にサントの頭を撫でようとした手を止めた。
――そっ、そうね。少し冷静になりましょう。
伸ばしかけた手でマントの埃を払ってみる。もちろん、自動清掃の付与魔法が掛けられているマントにはホコリ一つ着いているハズが無かった。
「ムーラン・ルージュはレベル上げとレアドロップ狙いに最適な古代遺物よ。魔力で香炉の火を灯せば、いわゆるレア度の高いモンスター程引き寄せられてくるわ。それも一体ずつね。このフロアで一番のレアモンスターは何かしら?」
ラルの問いに少年は即答する。
「このフロアだと、間違いなくBランクの鋼一角兎ですね。それ程強くは無いのですが、とにかく外皮が硬いのと、スピードが速いのとで討伐出来た人は殆どいないと聞きます。反面、得られる経験値が多くて、角は貴重なんですけど……。ボクでも倒せるんでしょうか?」
「さぁてね。取り敢えずやってみましょうか!」
そう言うと、またもや魔術士は姿を消した。
「では、火をつけるわね。今回はピンチになったら助けてあげるからネ」
何処からともなくラルの声が聞こえたと思うと、指をパチリと鳴らす音とともに、魅惑の踊り子に灯が点った。
日中だというのに、辺りを不思議な紫の明かりが照らす。それと同時に鼻孔をくすぐるような甘い香りが立ち込めた。
程なくして、草むらをかき分け、鈍色の角が姿を表す。
【鋼一角兎】
出現率が低く、逃げ足も速い。小柄だが素早い動きと硬い皮膜で討伐するには難度が高い。その代わり経験値が豊富に得られる。討伐後にドロップする角は非常に高価で取引されており、その収集はBランクのクエストに認定されている。
鋼一角兎はサントの姿に気が付くと、猛烈なスピードで突っ込み角を突き立てた。
その突進をギリギリのところで躱しながら、サントは剣を振るう。
甲高い金属音をたてて魔法の刃が弾かれる。
サントの手が痺れ、思わず声が漏れた。
「っ、硬ぁ……」
鋼一角兎は外皮が僅かに削れた程度だ。
スピードお互いに互角か……? いや、サントの方が僅かに上回った。
二度三度とサントの魔法剣が硬い外皮に傷をつける。
サントが手強いと感じたのか、鋼一角兎は向きを変え、まさに脱兎の如く逃げ出そうとしたが、少し走った所で、紫色の光の壁に跳ね返されてしまった。
「ゴメンね、ウサギさん。魅惑の踊り子の檻からは逃げ出せないのよ」
ラルの少し楽しげな声が草原に響く。
目を真っ赤にし怒りを露わにする鋼一角兎と、スピードで上回るサントの攻防はお互いに決め手を欠く状況となり始めてきた。
――そろそろ手助けが必要かしら……?
姿を消したまま香炉のそばに立ったラルは、少年に声をかける。
「サントくん! もう少し強い付与魔法を羽剣にかければ、ウサギさんにダメージを与えられるハズよ!」
常に相手の死角へと動きながら戦っていたサントであったが、段々と焦りを感じ始めていた。
「どうしよう、武器強化+2。いや、もっと剣に力を与えないと……、そうだ!」
鋼一角兎が大きく距離を取り、呼吸を整えている隙に、サントも羽剣を構え直し意識を集中させる。
「いつものカラフルポーションを作る要領で……。影魔法・影分身!」
サントの体から黒い煙のようなものが溢れ出し、衣のように全身を覆い始める。それとともに、サントの姿がまるで幻影の様に、二重三重とボヤけた物に変わった。
「えっ、影魔法って何? そんな魔法は初めて聞くんだけど。サントくんの体と魔素がズレて見える……。 魔術的位相?」
ラルが目にしたものは、魔法研究家を自称する彼女ですら初めて目にする、異形の魔法であった。
「そして、強化魔法の重ね掛け! 武器強化+2の付与魔法多重奏!」
複数の付与魔法を受けて、羽剣がまばゆい光を放つ。
魔力の刃が形を変え、大きく膨らみ、まるで伝説の不死鳥の様に翼を広げた。
魅惑の踊り子が、檻の維持限界を告げるアラームを鳴らし続ける。
「虹色の翼、綺麗……。これが羽剣の本来の姿なの?」
ラルが虹色の翼を見つめている間に、サントは大きく羽剣を振りかぶった。
「いっけー!!!」
サントが剣を振るうと、虹色の大きな光が羽ばたき鋼一角兎を包み込む。そして魅惑の踊り子の光の檻ごと草原の一画が消滅した。
「やった……」
サントは両膝をつき消し飛んだ一画を見つめる。
その懐で彼の冒険者カードが、レベルアップを告げる福音を鳴らし続ける。
だが、カードを確認する余裕すら残っていない。
「鋼一角兎討伐完了! だけど、明らかにオーバーキルね……。ドロップアイテムの角まで完全に消滅しちゃったわ」
いつの間にか姿を表したラルが、驚愕の表情を浮かべながらサントの肩に手を置いた。
その手に抗う事なく、力無く少年は倒れラルの体にもたれ掛かった。
「サ、サント君? サントくーん!!!」
真っ青な顔をした少年は、ラルの呼び掛けに全く反応しない。
「魔力切れ……!? このままじゃ危険だわ、いでよ白犬。ハクライ!!!」
ラルの指輪の一つが白く眩い光を上げる。
「主よ、やっと出してくれたな。まずは、この者の救助で良いか」
召喚者を遥かに越える背丈の白い小山が、その白い毛並みを大きく震わせた。
魅惑の踊り子を手にして子供のようにキラキラと目を輝かせるサント。
――ああっ! その目が可愛い! 可愛過ぎる!
ラルは子犬を可愛がる少女のような表情を見せた。
(人間のことはよく分からんが、主よ……そなたはいわゆるショタコンと言うものか?)
その言葉で、ラルは無意識にサントの頭を撫でようとした手を止めた。
――そっ、そうね。少し冷静になりましょう。
伸ばしかけた手でマントの埃を払ってみる。もちろん、自動清掃の付与魔法が掛けられているマントにはホコリ一つ着いているハズが無かった。
「ムーラン・ルージュはレベル上げとレアドロップ狙いに最適な古代遺物よ。魔力で香炉の火を灯せば、いわゆるレア度の高いモンスター程引き寄せられてくるわ。それも一体ずつね。このフロアで一番のレアモンスターは何かしら?」
ラルの問いに少年は即答する。
「このフロアだと、間違いなくBランクの鋼一角兎ですね。それ程強くは無いのですが、とにかく外皮が硬いのと、スピードが速いのとで討伐出来た人は殆どいないと聞きます。反面、得られる経験値が多くて、角は貴重なんですけど……。ボクでも倒せるんでしょうか?」
「さぁてね。取り敢えずやってみましょうか!」
そう言うと、またもや魔術士は姿を消した。
「では、火をつけるわね。今回はピンチになったら助けてあげるからネ」
何処からともなくラルの声が聞こえたと思うと、指をパチリと鳴らす音とともに、魅惑の踊り子に灯が点った。
日中だというのに、辺りを不思議な紫の明かりが照らす。それと同時に鼻孔をくすぐるような甘い香りが立ち込めた。
程なくして、草むらをかき分け、鈍色の角が姿を表す。
【鋼一角兎】
出現率が低く、逃げ足も速い。小柄だが素早い動きと硬い皮膜で討伐するには難度が高い。その代わり経験値が豊富に得られる。討伐後にドロップする角は非常に高価で取引されており、その収集はBランクのクエストに認定されている。
鋼一角兎はサントの姿に気が付くと、猛烈なスピードで突っ込み角を突き立てた。
その突進をギリギリのところで躱しながら、サントは剣を振るう。
甲高い金属音をたてて魔法の刃が弾かれる。
サントの手が痺れ、思わず声が漏れた。
「っ、硬ぁ……」
鋼一角兎は外皮が僅かに削れた程度だ。
スピードお互いに互角か……? いや、サントの方が僅かに上回った。
二度三度とサントの魔法剣が硬い外皮に傷をつける。
サントが手強いと感じたのか、鋼一角兎は向きを変え、まさに脱兎の如く逃げ出そうとしたが、少し走った所で、紫色の光の壁に跳ね返されてしまった。
「ゴメンね、ウサギさん。魅惑の踊り子の檻からは逃げ出せないのよ」
ラルの少し楽しげな声が草原に響く。
目を真っ赤にし怒りを露わにする鋼一角兎と、スピードで上回るサントの攻防はお互いに決め手を欠く状況となり始めてきた。
――そろそろ手助けが必要かしら……?
姿を消したまま香炉のそばに立ったラルは、少年に声をかける。
「サントくん! もう少し強い付与魔法を羽剣にかければ、ウサギさんにダメージを与えられるハズよ!」
常に相手の死角へと動きながら戦っていたサントであったが、段々と焦りを感じ始めていた。
「どうしよう、武器強化+2。いや、もっと剣に力を与えないと……、そうだ!」
鋼一角兎が大きく距離を取り、呼吸を整えている隙に、サントも羽剣を構え直し意識を集中させる。
「いつものカラフルポーションを作る要領で……。影魔法・影分身!」
サントの体から黒い煙のようなものが溢れ出し、衣のように全身を覆い始める。それとともに、サントの姿がまるで幻影の様に、二重三重とボヤけた物に変わった。
「えっ、影魔法って何? そんな魔法は初めて聞くんだけど。サントくんの体と魔素がズレて見える……。 魔術的位相?」
ラルが目にしたものは、魔法研究家を自称する彼女ですら初めて目にする、異形の魔法であった。
「そして、強化魔法の重ね掛け! 武器強化+2の付与魔法多重奏!」
複数の付与魔法を受けて、羽剣がまばゆい光を放つ。
魔力の刃が形を変え、大きく膨らみ、まるで伝説の不死鳥の様に翼を広げた。
魅惑の踊り子が、檻の維持限界を告げるアラームを鳴らし続ける。
「虹色の翼、綺麗……。これが羽剣の本来の姿なの?」
ラルが虹色の翼を見つめている間に、サントは大きく羽剣を振りかぶった。
「いっけー!!!」
サントが剣を振るうと、虹色の大きな光が羽ばたき鋼一角兎を包み込む。そして魅惑の踊り子の光の檻ごと草原の一画が消滅した。
「やった……」
サントは両膝をつき消し飛んだ一画を見つめる。
その懐で彼の冒険者カードが、レベルアップを告げる福音を鳴らし続ける。
だが、カードを確認する余裕すら残っていない。
「鋼一角兎討伐完了! だけど、明らかにオーバーキルね……。ドロップアイテムの角まで完全に消滅しちゃったわ」
いつの間にか姿を表したラルが、驚愕の表情を浮かべながらサントの肩に手を置いた。
その手に抗う事なく、力無く少年は倒れラルの体にもたれ掛かった。
「サ、サント君? サントくーん!!!」
真っ青な顔をした少年は、ラルの呼び掛けに全く反応しない。
「魔力切れ……!? このままじゃ危険だわ、いでよ白犬。ハクライ!!!」
ラルの指輪の一つが白く眩い光を上げる。
「主よ、やっと出してくれたな。まずは、この者の救助で良いか」
召喚者を遥かに越える背丈の白い小山が、その白い毛並みを大きく震わせた。