「すまなかったな虹色の」
バーカウンターの中でギルド長が頭を下げた。
それに対してラルは誇らしげに笑顔で答える。だが、その微笑みを何度も眉目秀麗の少年に向けては都度顔を赤らめている。
――あっ、この女の人いろいろな意味でちょっとヤバいかも……。
二人の会話を横目で見ながらサントは独りごちた。
「うちのギルドで五つ星の冒険者を迎え入れるのは数十年ぶりだ。それこそ地下迷宮の探検家・双剣士ブランブロール以来の出来事でな。若気の至りだと思って大目に見てやって欲しい」
北の都の冒険者ギルドは彼の趣向により、受付がバーカウンターの仕様になっていた。
ギルド長は白シャツに蝶ネクタイを着用した、バーのマスターといった出で立ち。大柄で鍛え抜いた褐色の肉体に白シャツが映える。髪の毛一本もない、磨き上げた頭部が部屋の明かりを反射して光った。
忙しそうに動き回る女性スタッフはフリルの付いた黒のハーフパンツに白シャツ、蝶ネクタイと黒ベストを着用している。
「あれが虹色の探求者……」
「クインテット……パーティーの」
「……西の海底ダンジョンを一人で踏破したという?」
ギルドのあちこちからラルの噂をする声が漏れ聞こえる。
「ブランブロール、懐かしい名前ね。私が子供の頃によく聞いた名前だわ」
氷でキンキンに冷えた水を喉に流し込むとグラスを置いた。
――あれも付与魔法が掛けられた道具だよね。うちの店でも見たやつと同じ型かな。
サントがカウンターの中を覗き込むと、飲料用の製氷機が唸りを上げている。
「あのー、ところでなんで僕はここにいるんでしょうか? だいぶ場違いだと思うんですけど……」
サントが消え入りそうな声で尋ねる。その可愛らしい瞳には明らかな戸惑いが見て取れた。
少年はギルド長のいるカウンターの席にラルと並んで座っていた。足元の床にはテッドとグンの二人が、屈強な体躯を縮こませながら正座をしている。その体には、緑色に光る茨状の魔力の縄が巻き付けられていた。
「いいのよ、あなたは私が誘ったんだから。もっと楽にして頂戴。それよりも貴方、本当に男の子なの? 声を聞いても信じられないけど……」
ラルは少年の顔を覗き込むようにして、目一杯の笑顔を振りまく。
――やっぱり可愛い顔している。これはラストチャンスかも知れないわ! 逃しては駄目よ、ラル!
顔がニヤつきそうになるのを、ラルは必死にこらえる。
「こう見えても正真正銘の男です! たしかに女の子と間違えられることが多いですけど……。でも、僕は無星どころか黒旗ですし、五つ星の方と同席するような資格はありませんよ?」
うつむき加減の少年の顔を、ラルは両手で挟み強引に顔を近付けた。
「大丈夫! 私があなたに興味があるの!」
呆然としているサントの顔を見て、ラルはハッと我にかえる。ラルの顔もかすかに上気する。
「ほ、ほら。私が君に聞きたいのは二つなの。一つはさっき言っていたカラフルポーションとかいう物について。それと、あなた付与魔法術士ではなくて、付与魔法剣士っていうのは本当なの?」
ラルは火照った自分の顔が、サンドにバレないように誤魔化しつつ質問を重ねた。
言い淀むサントに代わってギルド長が答える。
「あぁ、間違いなく付与魔法《《剣士》》だ。俺が登録試験で確認したんだから間違いようがない。それに、サントは歴代最年少での試験合格者だ。血筋といい、素質は文句ない」
「血筋?」
「そうだ。最近は付与魔法《《術士》》が大半だが、これの家系はみな付与魔法《《剣士》》だ。もちろん道具屋としての実力も申し分ない」
「なるほどね。でも、なんで無星から上がれないのかしら?」
サントはおずおずと腰に下げた短剣をカウンター上に差し出す。
「僕、素早さはAなんですけど、筋力がFしかなくて、ショートソードすらまともに振れないんです。そのせいでモンスターが全く倒せなくって……」
サントはショートソードに続いて冒険者カードもラルに差し出した。それをラルは受け取らずサントの手に戻す。
「個人情報満載の冒険者カードは容易く人に見せる物じゃないわよ……。冒険者システム上、経験値はラストアタックを刺した人に入るからね。通常はパーティー内でうまく回していくものだけど」
ラルは床で正座に耐えるテッド達に視線を送る。
「パーティーメンバーに恵まれなかった。ってところかしらね」
ギルド長が面目ないと頭をかく。
「気を利かせていろいろなパーティーを紹介したんだがな……。最初は受け入れてくれる奴らもいたんだが、さすがに黒旗となると問題のある冒険者、もしくは冒険者登録だけして採集メインでウロウロしている道具屋としてしか見てくれなくてな」
「そういうことね」
ラルはサントの手を取ると目を見ながら囁きかけた。
「なら、私とパーティーを組みましょう! 私ならあなたの長所を引き出してあげられるわ」
「いいんですか?」
「いいのか?」
サントとギルド長の声が揃った。
聞き耳を立てていた他の冒険者やテッドたちも驚きの声をあげる。
その騒めきは、さざ波のようにあっという間にギルド中に広がる。
「いまや絶滅危惧種ともいわれる、付与魔法剣士を間近で見られるチャンスなんてそうは無いし、私が探している七色の魔法に近づくきっかけになるかも知れないわ」
――もしかしたら、親密な関係になって、あんな事やそんな事も……フフフ。
ラルの口元が緩む。
(主よ……煩悩を祓って進ぜようか?)
ラルはブルブルっと頭を振ると、とんがり帽子を被りなおした。
「ギルド長、今から二人でこの街の地下迷宮に行っても大丈夫かしら?」
今からか? と、一瞬ギルド長が顔をしかめた。
「あぁ、五つ星なら事前申請無しでも第5階層まで行けるぞ」
「じゃあ、コインは落ちる前に掴めね!」
ラルは指をパチンと鳴らすとサントの腕を取った。
「さあ、行くわよ!」
サントは魔術士に引きずられるようにして冒険者ギルドを出ていく。
二人の姿を見送ったギルド長は、大きくため息を付いて椅子に腰を下ろした。
「……あの、俺たちはいつまでこうしていればいいんですか?」
ギルド長が床に目を向けると、魔力の縄で縛られたテッドたちが情けない声を上げていた。
「不入森か。さすがは五つ星だな、いろいろな手札を持っていやがる……。その拘束はしばらくすれば解けるから、お前たちはそれまで反省していろ。バカタレが」
そう言われた大男たちは暫くの間、ギルド中から好奇の視線を浴びながら床に転がり続けていた。
その脇を、迷惑そうな顔をした女性スタッフがモップ掛けをして廻った。
第1話 了
バーカウンターの中でギルド長が頭を下げた。
それに対してラルは誇らしげに笑顔で答える。だが、その微笑みを何度も眉目秀麗の少年に向けては都度顔を赤らめている。
――あっ、この女の人いろいろな意味でちょっとヤバいかも……。
二人の会話を横目で見ながらサントは独りごちた。
「うちのギルドで五つ星の冒険者を迎え入れるのは数十年ぶりだ。それこそ地下迷宮の探検家・双剣士ブランブロール以来の出来事でな。若気の至りだと思って大目に見てやって欲しい」
北の都の冒険者ギルドは彼の趣向により、受付がバーカウンターの仕様になっていた。
ギルド長は白シャツに蝶ネクタイを着用した、バーのマスターといった出で立ち。大柄で鍛え抜いた褐色の肉体に白シャツが映える。髪の毛一本もない、磨き上げた頭部が部屋の明かりを反射して光った。
忙しそうに動き回る女性スタッフはフリルの付いた黒のハーフパンツに白シャツ、蝶ネクタイと黒ベストを着用している。
「あれが虹色の探求者……」
「クインテット……パーティーの」
「……西の海底ダンジョンを一人で踏破したという?」
ギルドのあちこちからラルの噂をする声が漏れ聞こえる。
「ブランブロール、懐かしい名前ね。私が子供の頃によく聞いた名前だわ」
氷でキンキンに冷えた水を喉に流し込むとグラスを置いた。
――あれも付与魔法が掛けられた道具だよね。うちの店でも見たやつと同じ型かな。
サントがカウンターの中を覗き込むと、飲料用の製氷機が唸りを上げている。
「あのー、ところでなんで僕はここにいるんでしょうか? だいぶ場違いだと思うんですけど……」
サントが消え入りそうな声で尋ねる。その可愛らしい瞳には明らかな戸惑いが見て取れた。
少年はギルド長のいるカウンターの席にラルと並んで座っていた。足元の床にはテッドとグンの二人が、屈強な体躯を縮こませながら正座をしている。その体には、緑色に光る茨状の魔力の縄が巻き付けられていた。
「いいのよ、あなたは私が誘ったんだから。もっと楽にして頂戴。それよりも貴方、本当に男の子なの? 声を聞いても信じられないけど……」
ラルは少年の顔を覗き込むようにして、目一杯の笑顔を振りまく。
――やっぱり可愛い顔している。これはラストチャンスかも知れないわ! 逃しては駄目よ、ラル!
顔がニヤつきそうになるのを、ラルは必死にこらえる。
「こう見えても正真正銘の男です! たしかに女の子と間違えられることが多いですけど……。でも、僕は無星どころか黒旗ですし、五つ星の方と同席するような資格はありませんよ?」
うつむき加減の少年の顔を、ラルは両手で挟み強引に顔を近付けた。
「大丈夫! 私があなたに興味があるの!」
呆然としているサントの顔を見て、ラルはハッと我にかえる。ラルの顔もかすかに上気する。
「ほ、ほら。私が君に聞きたいのは二つなの。一つはさっき言っていたカラフルポーションとかいう物について。それと、あなた付与魔法術士ではなくて、付与魔法剣士っていうのは本当なの?」
ラルは火照った自分の顔が、サンドにバレないように誤魔化しつつ質問を重ねた。
言い淀むサントに代わってギルド長が答える。
「あぁ、間違いなく付与魔法《《剣士》》だ。俺が登録試験で確認したんだから間違いようがない。それに、サントは歴代最年少での試験合格者だ。血筋といい、素質は文句ない」
「血筋?」
「そうだ。最近は付与魔法《《術士》》が大半だが、これの家系はみな付与魔法《《剣士》》だ。もちろん道具屋としての実力も申し分ない」
「なるほどね。でも、なんで無星から上がれないのかしら?」
サントはおずおずと腰に下げた短剣をカウンター上に差し出す。
「僕、素早さはAなんですけど、筋力がFしかなくて、ショートソードすらまともに振れないんです。そのせいでモンスターが全く倒せなくって……」
サントはショートソードに続いて冒険者カードもラルに差し出した。それをラルは受け取らずサントの手に戻す。
「個人情報満載の冒険者カードは容易く人に見せる物じゃないわよ……。冒険者システム上、経験値はラストアタックを刺した人に入るからね。通常はパーティー内でうまく回していくものだけど」
ラルは床で正座に耐えるテッド達に視線を送る。
「パーティーメンバーに恵まれなかった。ってところかしらね」
ギルド長が面目ないと頭をかく。
「気を利かせていろいろなパーティーを紹介したんだがな……。最初は受け入れてくれる奴らもいたんだが、さすがに黒旗となると問題のある冒険者、もしくは冒険者登録だけして採集メインでウロウロしている道具屋としてしか見てくれなくてな」
「そういうことね」
ラルはサントの手を取ると目を見ながら囁きかけた。
「なら、私とパーティーを組みましょう! 私ならあなたの長所を引き出してあげられるわ」
「いいんですか?」
「いいのか?」
サントとギルド長の声が揃った。
聞き耳を立てていた他の冒険者やテッドたちも驚きの声をあげる。
その騒めきは、さざ波のようにあっという間にギルド中に広がる。
「いまや絶滅危惧種ともいわれる、付与魔法剣士を間近で見られるチャンスなんてそうは無いし、私が探している七色の魔法に近づくきっかけになるかも知れないわ」
――もしかしたら、親密な関係になって、あんな事やそんな事も……フフフ。
ラルの口元が緩む。
(主よ……煩悩を祓って進ぜようか?)
ラルはブルブルっと頭を振ると、とんがり帽子を被りなおした。
「ギルド長、今から二人でこの街の地下迷宮に行っても大丈夫かしら?」
今からか? と、一瞬ギルド長が顔をしかめた。
「あぁ、五つ星なら事前申請無しでも第5階層まで行けるぞ」
「じゃあ、コインは落ちる前に掴めね!」
ラルは指をパチンと鳴らすとサントの腕を取った。
「さあ、行くわよ!」
サントは魔術士に引きずられるようにして冒険者ギルドを出ていく。
二人の姿を見送ったギルド長は、大きくため息を付いて椅子に腰を下ろした。
「……あの、俺たちはいつまでこうしていればいいんですか?」
ギルド長が床に目を向けると、魔力の縄で縛られたテッドたちが情けない声を上げていた。
「不入森か。さすがは五つ星だな、いろいろな手札を持っていやがる……。その拘束はしばらくすれば解けるから、お前たちはそれまで反省していろ。バカタレが」
そう言われた大男たちは暫くの間、ギルド中から好奇の視線を浴びながら床に転がり続けていた。
その脇を、迷惑そうな顔をした女性スタッフがモップ掛けをして廻った。
第1話 了