――えっ、メッチャメチャ可愛い子! て言うか、どストライクなんですけど……!!!

 思わずラルの心臓が飛び跳ねる。
 屈強な男達に押さえつけられた幼い冒険者と目が合うと、ラルは恥ずかしそうに赤い帽子を目深に被り直した。

(主よ、心の声がダダ漏れだぞ……)
 ――うるさい、黙っていて。

 ラルは少し苦虫を噛み潰したような表情を見せる。

「誰だテメェは! 邪魔すんじゃねえよ!」

 テッドの弟分・グンががなり声を上げて凄む。
 グンも兄貴に負けず劣らずの体つきである。ラルに向かって、はちきれんばかりの筋肉をコレでもかと誇示しながら威嚇してくる。

「俺たちはなぁ、三つ星入り間違いなしって言われている、このギルドのトップランカーだぜ。他所モンのオバサンは怪我しないウチに引っ込んでな!」

 汚物を見るように顔を歪める女魔術師。

「ゴメンね。視界に入るだけで不愉快になるゴリマッチョ君たちに用事はないの」

 テッドとグンの顔色が見る見るうちに真っ赤に染まる。

「ンッ、だと! ゴラッ!」

 顔だけに納まらず、スキンヘッドを始め、露出している筋骨隆々の上半身まで赤く染まってきた。

「あら、まるで海に住む八本足の魔物みたいね。あれを茹でて食べた時は美味しかったわぁ……」

 思わず舌なめずりをするラル。
 奥のカウンター内で頭を抱えるギルド長の姿がサントの目に入った。

「私が話をしたいのは、そこの可愛い女の子よ」

 忘れずに心の中で私好みのと付け加えた。

「それとね、三つ星から上は人外の巣窟よ。悪いこと言わないからデュオで満足していなさい……」

「テメェ……ナメやがって!!」

 二人はサントと机を脇に追いやると、拳を握りしめてラルに相対する。彼らが武器を構えなかったのは、無手の女魔術士だったからか、流石にギルド内で抜刀するのを躊躇ったのか。いずれにせよ二人は判断を誤った。

 ラルが二人に拳を向けると、そのうちの一つの指輪に青白い光が灯る。

 男たちの前に青く光る靄のような物が現れたかと思うと、急速にギルド中に拡散していく。と、同時に室内の温度が急激に下がり始めた。

 尻餅をついていたサントは、異様なまでに冷たくなった床から手を離し、思わず身震いをした。

「あっ?……何だコリャ?」

 戸惑う二人の大男。

「光れ、7つの指輪! 極北の青・氷の監獄(ブループリズン)

 ラルが呟くと、室内中の薄靄がテッドたちを中心に集まり眩い光を放つ。

「わぁー!!」

 目の前で弾けた光に驚くサント。その手に弾かれたジョッキが木の床で鈍い音を立てながら跳ねまわる。溢れるはずの液体はジョッキの中でカチカチに凍っていた。

「テ……、テッドさん?」

 恐る恐る三人の方へ視線を向けたサントは、驚きの光景を目にした。

 その視線の先には女魔術士と大きな氷塊だけがあった。

 ギルド内にいるすべての冒険者たちが息を殺して事の推移を見守る。

「この程度の魔法に耐えられないようじゃ、三つ星のクエストは無理無理。早死するだけよ」

 ラルが鼻で笑う。
 大男二人は氷の中に封じ込められ、身動き一つ出来ないでいた。

「そろそろ勘弁してやってくれ。あの二人が本当に死んじまうぞ」

 ギルド長が慌てて駆け寄るとラルに頭を垂れた。

 普段は寡黙で、ともすると無愛想な印象しかないギルド長の狼狽ぶりを見たサントは呆気にとられた。

「仕方がないわね。今回はギルド長の顔を立てて許してあげるわ。逆行(リバース)

 ラルが軽く指を鳴らすと、氷塊は一瞬で水となり大量の水が溢れる。

 続けざまにラルは腕を振る。

「大妖の藍・水狐の瞳(ブルーアイズ)

 先程の青い指輪とは違う、透き通った水色の指輪に大量の水が飲み込まれていく。

 テッドたちは膝を付き、血の気が引いた全身を寒さで震えさせていた。

 サントをはじめ、ギルド内にいる冒険者たちは誰ひとりとして動けない。

 室内にはテッドたちの呼吸音だけが荒々しく響いた。

 ありがとう、と小さく礼を言ったギルド長に向かって、ラルは少し不服そうな顔を向けた。

「たしかギルド長は元四つ星冒険者(カルテット・スター)のダン・クックでしたっけ? 大切なギルドメンバーを失いたくなければ、もう少し教育するべきね」

 ギルド長は恥ずかしそうに頭をかくと、その手をズボンで拭い女魔術士に差し出した。

「あぁ、五つ星冒険者(クインテット・スター)虹色の探究者(ラル・グローマン)。北の都の冒険者ギルドを代表して歓迎するよ」

 二人が握手をするさまを床板にへたり込んだまま見上げるサント。

「やっとお話できるわね、貴女のポーションについて詳しく教えて貰えるかしら? あら、震えているの? 部屋を寒くし過ぎたかな?」

 ラルは満面の笑みをたたえる。

 震える体を必死で抑え込みながらサントは思った。

 ――いや、死にそうなぐらい怖いんですけど。もう家に帰らせて……。