「サント。今回でパーティーから外れてくれ」

 ――またかぁ……。

 リーダーのカインは顔を赤らめ、まるで直視してはいけないモンスターを見るような目で、まだ幼さの残る少女のことを睨みつけた。しかし、その視線はすぐに泳ぎ、まともに彼女の顔を見据えることが出来ないでいる。
 パーティーメンバーも同様に少女から視線を逸らす。

 ――もう研究室(ラボ)に帰って引き籠もりたいよ。

 サントがクビ宣告を受けるのは何度目だろうか? 彼は自問自答を繰り返しながら、テーブルの木目をじっと見つめていた。

 彼?

 そう。パーティメンバーと向かい合って座るのは、小柄な冒険者。サラサラで綺麗に切り揃えられた金髪に、幼さの残る可愛らしい顔。おおよそ冒険者とは思えない風体の少年が俯き気味に座っていた。
 少女ではなく少年だった。

 リーダーが何か身振り手振り大袈裟に動かしているのが視界の端に映る。しかしながら、内容は全くサントの耳に入ってこない。

「おい! 聞いているのか、サント!」

 バンッ!

 カインが机を叩く音がギルド中に響き、少年は慌てて顔を上げた。
 大きな音に驚いて思わず涙目になるサントと、カインの視線がぶつかる。

「すっ、すまない。ちょっと感情的になり過ぎた……」

 顔を赤らめたリーダーが慌てて目を背ける。

「そもそも、お前。本当に男なのか? その声、その見た目! どっからどう見ても女の子じゃないか!」

――あぁ、そこからか。
 僕だって好きでこんな女の子みたいな顔をしている訳じゃないよ……。
 そりゃあ、小柄で街でも可愛いと評判なのがうちの母親だし。父親も細身で綺麗な人だったらしいから、どうしようも無いでしょ?

 サントは周りに聞こえないぐらいの声で独りごちる。

「それにな。サポートの付与魔法を使えるって、ギルド長に紹介されたから、無星のお前をわざわざ俺たち二つ星(デュオ・スター)のパーティーに入れてやったのに……。力が無さすぎて重い荷物が持てないどころか、大ネズミ如きから逃げ回るわ。多少素早く動けても、肝心の付与魔法も道具屋と変わらないレベルだし。報酬の分前を減らしてまで、お前をパーティーメンバーに入れる必要なんかかったよ」

 カインの愚痴を聞きながら、少年はまだテーブルの木目を見つめていた。

 ――だって僕は道具屋だもん。はぁ、今回も報酬は貰えなさそうだね……。

「私は最初から反対だったんだよね。こんな風紀を乱す奴なんて必要なかったのさ」

 これは女性魔法使いの声。
 ――最初から僕に敵意むき出しで、本当に男か?って麻痺の魔法を掛けて、僕の服を脱がそうとしたことは一生忘れない。

「俺なんか、コイツを見ていると、荷物落とすんじゃないか?とか、怪我すんじゃないか?とか、ハラハラドキドキして戦闘に集中できなくなるんだ」

 ――前衛の戦士さんに心配かけたのは申し訳無いけど、顔を赤らめて恥ずかしそうに言うのは、何かが違うんじゃないかな?

「こんな女子にしか見えない男の子なんてありえません! 淫魔が化けているのかも知れません。教会の異端審問に掛け合うべきです!」

 そう言ったのは、男性メンバーにチヤホヤされなくなったから、僻んでいる女性神官だ。
 ――えっ、それ本気で言っているの? 

 周りのテーブルでこっちの会話を盗み聞きして、ヒソヒソと話をしている声が聞こえる。サントはどんどんと肩身が狭くなっていると感じていた。

 ――そろそろ冒険者を辞めて、実家の道具屋に専念しようかな。

 ガタン。

 カインと他のパーティーメンバーたちが椅子から立ち上がる。

 その音につられて少年は顔を上げた。

「サント、お前の分け前はゼロだ。文句は無いな」

 そう言うと、カインたちはテーブルを離れて、ギルドの受付カウンターへと報酬を受取りに向った。

 報酬を受け取り、彼らがギルドから出ていくのを横目に見送ると、サントは深くため息を付いた。

 気が付くと、ギルドに併設された酒場にはいつもの喧騒が戻っている。

 ――家に帰えろう。

 サントは立ち上がろうとして腰を浮かしたが、屈強な二人の男たちに両肩を掴まれて、強制的に椅子に引き戻されてしまった。

「道具屋! てめぇ、またクビになりやがったな。もう冒険者を引退して実家の店を継げよ!」

 酒臭い息が少年の顔にかかる。

 男たちはサントと同時期に冒険者になった戦士たちだ。先日、二つ星になったばかりで、同期の中では一番の出世頭だった。この街のギルド出身で、久し振りの三ツ星(トリオ・スター)冒険者になるのではとも噂されている。

 大男の一人が少年の綺麗な髪の毛を掴み、テーブルに押し付ける。

「サントよぅ、5年も冒険者やっていて、最低の無星から抜け出せられない奴はいないぜ! 絶望的なまでにこの仕事に向いてねえから、命を落とす前に引退しろや……」

「痛いよ、テッドさん。勘弁して……」

 サントの可愛らしい顔が押し付けられて、テーブルが小さく悲鳴を上げている。

「ウチラもこの街の生まれだからよ、てめえの母ちゃんだって知らねえ顔じゃねぇ。てめえの為に言ってんだせ!」

 少年は愛想笑いをしながらテッドの仕打ちに耐えていた。

 ――いつもの事だ。少し我慢していれば興味を失って離れてくれる。でも、テッドさんが母さんの事を口にするのは珍しいな……。

 我が家は祖父の代から北の都で道具屋を営んでいた。代々、付与魔法を使って道具の価値を上げては販売をしている。

 品揃えも良く、オーダーメイドで付与魔法を駆使したりするから、冒険者達からも引き合いの多い店だった。

 ――まぁ、母さんがお店を継いでからは女性客も増えたけど。

 だが、小さな頃から冒険者たちを見続けてきたことや、曾祖父が冒険者だったと聞いていたことから、サントは実家の仕事よりも冒険者に憧れていた。

 ――その結果がコレ……。

 テッドに髪の毛を引っ張られて少年は美しい顔を歪める。

「今どき、素早いだけの付与魔法剣士(エンチャンター)なんか流行らねぇんだよ!」

「でっでも、カラフルポーションは役に立ったでしょ?」

「いくら一つのポーションにHP回復だの解毒だの入っていたって、効果が薄けりゃ栄養ドリンクと変わらねぇよ!」

 ――そんなぁ、せっかく得意の掛け合わせ魔法で作った、自信作だったのになぁ……。

 美少年は残念そうにうつむく。

「ちょっと面白そうな話をしているわね……、そのカラフルポーションについて詳しく教えてもらえるかしら?」

 急に話しかけられたサントたちが、声のする方向に視線を向けると、派手な赤い帽子を被った女魔術士が、悦に入った表情で不思議な立ちポーズを決めて立っていた。

 ――あれって、なにかの決めポーズかな? なんかヤバそうな人が絡んできたなぁ……。

 机に頬を押し付けられたまま、サントは不思議そうな表情を見せた。