「これはダメかなー。もう直らないと思う」
小柄で優しそうな顔に厚手の前掛けを垂らした女主人が、手にしていた羽剣をテーブルに置いた。
羽剣は柄の被覆が破れ、無惨な姿を晒していた。
「お母様、ごめんなさい。大切なご子息を危険な目に合わせてしまって……」
ラルはトレードマークである、赤いとんがり帽子を脱ぎ捨て、 師匠から教わった、膝をついて額を床にこすりつける土下座というスタイルで平謝りした。
――この人がKARENさん。未来の御母上になる方には、誠心誠意で謝らないとっ!! でも、若すぎじゃない? お姉様じゃなくて、本当にサント君のお母様なのかな……。
現在ではほぼ使い手がいない、古代遺物クラスの骨董品に、絶滅危惧種の付与魔法剣士が掛け合わさった時、これ程の事態になるとは、流石のラルにも想定外であった。
さらに未知の影魔法である。
――土下座かぁ。懐かしいな、昔あの娘が良くやっていたなぁ……。
カレンの方はというと、ラルの姿を見ながら思い出を噛みしめている。
「まぁ、冒険者の道を選んだのはあの子だからね。怪我の一つや二つサントだって後悔はしていないよ。ただ、アレに担がれて戻ってきた時は、流石に焦ったけどね」
隣の部屋で大きな白い塊が、かすかに揺れているのが見えた。
ベッドでは、丸二日もサントが眠り続けていた。
その傍らには、白く柔らかな長毛を湛えた大きな獣が片時も離れずにいる。
「ねぇ? 今更だけど、あれって……。危険な魔物じゃないよね?」
「……魔物? 確かに私が召喚した魔法生物ではあるけど、危険では無いわ。何故か言葉も話すし、体も少し大きいけれど立派な白い犬よ。ハクライの毛並みからは、少しずつ魔力と体力を回復させる魔力が溢れ出しているから、私が一人で旅をするときには欠かせない相棒なの」
膝を付いたままの姿勢でラルは答える。
――一人旅が寂しく、もふもふしたペットが欲しくなって、召喚したとは恥ずかしくて言えないわね……。
「うーん、毛並みの特殊効果については前に聞いているし、まぁ、そのなんて言うか……」
サントの母はモゴモゴと言い淀んだ。
彼女が言いたい事は明白だった。
白く長い毛をなびかせ、犬とは思えない精悍な顔つきと大きな体躯。言葉を話し、知性や魔力も有する獣。
伝説に出てくる幻獣種・ 白い狼フェンリルとしか思えなかった。
――この娘が犬だと言い張る以上、私には返す言葉もないかな。こんな娘でも五つ星だからね……。
冷たい汗が背筋を伝って流れる。
サントの母は気を取り直して、現実から目を逸らすと羽剣に向き合った。
「これね、出力の制御部分が壊れていたんでしょ……。かなり古いモノだから、整備不良で部品が劣化してたってところかな」
「せっかく羽剣を使って付与魔法剣士として修行を積めそうだったのに。私も流石に羽剣の予備は持っていないわ」
ラルは悔しそうに羽剣を見つめる。
「羽剣ね……。ウチのお爺さんのヤツで良かったら持っていく?」
「うそっ、あるの? お母様!」
「えぇ、売り物じゃなくてお爺さんが使っていた物だけどね。代々受け継いで手入れはしてあるよ。それと、お母様はまだ早いんじゃなくて……。私の大切なサントちゃんに手を出したらどうなるか……」
カレンの持つ工具が怪しい光を放つ。その目は暗く深い闇の底を見つめたような、冷たい目になっていた。小柄な体の後ろには、巨大な影のようなものが沸き立ち始めている。
――カッ、カレンさんって元冒険者じゃなくて、元暗殺者かなにかの間違いでは?
再び頭を床に擦り付け土下座の姿勢を強調するラル。何か話題を逸らそうと必死に頭を回転させる。
「そっ、そういえば。ギルド長がサント君の家系は代々付与魔法剣士だって言ってましたね」
「えぇ、私のお爺さんは東征のパーティにいた付与魔法剣士だったの。定着魔法を生み出し、付与魔法剣士を終焉に追い込んだと悪名を残したけどね……」
カレンはいつの間にか可愛らしい商店主に戻っている。
「東征のパーティーって、あの建国王の? それにサント君が唱えていた影魔法って魔法は一体……?」
「あぁ、あれね。ユミック家に伝わる呪いみたいな物よ。私も影ぬいって影魔法を使って道具類の制作しているけどね。お爺さんのエイムス・ユミックが、東の果てにある夜明けの祭壇で魔神の影を踏んだ……と言うか、影を踏まれたと言うべきかしら。今となっては分からないけど、それ以来の事らしいわ……」
東征のパーティーといえば、後のトアール王国・建国王と呼ばれた剣士をリーダーとした伝説の三人組であった。
剛腕でカリスマ性溢れた剣士。魔導の研究家で獄炎の魔術師。そして100の付与魔法を駆使したといわれる付与魔法剣士。以上の3人組のパーティーである。
「私の知っている限りの話でよければ、東征のパーティーの話を聞かせてあげよっか?」
――私が探し求めている七色の魔法に繋がる話が聞けるかもしれない……。
カレンの言葉に魔術士は期待を込めて頷いた。
第2話 了
小柄で優しそうな顔に厚手の前掛けを垂らした女主人が、手にしていた羽剣をテーブルに置いた。
羽剣は柄の被覆が破れ、無惨な姿を晒していた。
「お母様、ごめんなさい。大切なご子息を危険な目に合わせてしまって……」
ラルはトレードマークである、赤いとんがり帽子を脱ぎ捨て、 師匠から教わった、膝をついて額を床にこすりつける土下座というスタイルで平謝りした。
――この人がKARENさん。未来の御母上になる方には、誠心誠意で謝らないとっ!! でも、若すぎじゃない? お姉様じゃなくて、本当にサント君のお母様なのかな……。
現在ではほぼ使い手がいない、古代遺物クラスの骨董品に、絶滅危惧種の付与魔法剣士が掛け合わさった時、これ程の事態になるとは、流石のラルにも想定外であった。
さらに未知の影魔法である。
――土下座かぁ。懐かしいな、昔あの娘が良くやっていたなぁ……。
カレンの方はというと、ラルの姿を見ながら思い出を噛みしめている。
「まぁ、冒険者の道を選んだのはあの子だからね。怪我の一つや二つサントだって後悔はしていないよ。ただ、アレに担がれて戻ってきた時は、流石に焦ったけどね」
隣の部屋で大きな白い塊が、かすかに揺れているのが見えた。
ベッドでは、丸二日もサントが眠り続けていた。
その傍らには、白く柔らかな長毛を湛えた大きな獣が片時も離れずにいる。
「ねぇ? 今更だけど、あれって……。危険な魔物じゃないよね?」
「……魔物? 確かに私が召喚した魔法生物ではあるけど、危険では無いわ。何故か言葉も話すし、体も少し大きいけれど立派な白い犬よ。ハクライの毛並みからは、少しずつ魔力と体力を回復させる魔力が溢れ出しているから、私が一人で旅をするときには欠かせない相棒なの」
膝を付いたままの姿勢でラルは答える。
――一人旅が寂しく、もふもふしたペットが欲しくなって、召喚したとは恥ずかしくて言えないわね……。
「うーん、毛並みの特殊効果については前に聞いているし、まぁ、そのなんて言うか……」
サントの母はモゴモゴと言い淀んだ。
彼女が言いたい事は明白だった。
白く長い毛をなびかせ、犬とは思えない精悍な顔つきと大きな体躯。言葉を話し、知性や魔力も有する獣。
伝説に出てくる幻獣種・ 白い狼フェンリルとしか思えなかった。
――この娘が犬だと言い張る以上、私には返す言葉もないかな。こんな娘でも五つ星だからね……。
冷たい汗が背筋を伝って流れる。
サントの母は気を取り直して、現実から目を逸らすと羽剣に向き合った。
「これね、出力の制御部分が壊れていたんでしょ……。かなり古いモノだから、整備不良で部品が劣化してたってところかな」
「せっかく羽剣を使って付与魔法剣士として修行を積めそうだったのに。私も流石に羽剣の予備は持っていないわ」
ラルは悔しそうに羽剣を見つめる。
「羽剣ね……。ウチのお爺さんのヤツで良かったら持っていく?」
「うそっ、あるの? お母様!」
「えぇ、売り物じゃなくてお爺さんが使っていた物だけどね。代々受け継いで手入れはしてあるよ。それと、お母様はまだ早いんじゃなくて……。私の大切なサントちゃんに手を出したらどうなるか……」
カレンの持つ工具が怪しい光を放つ。その目は暗く深い闇の底を見つめたような、冷たい目になっていた。小柄な体の後ろには、巨大な影のようなものが沸き立ち始めている。
――カッ、カレンさんって元冒険者じゃなくて、元暗殺者かなにかの間違いでは?
再び頭を床に擦り付け土下座の姿勢を強調するラル。何か話題を逸らそうと必死に頭を回転させる。
「そっ、そういえば。ギルド長がサント君の家系は代々付与魔法剣士だって言ってましたね」
「えぇ、私のお爺さんは東征のパーティにいた付与魔法剣士だったの。定着魔法を生み出し、付与魔法剣士を終焉に追い込んだと悪名を残したけどね……」
カレンはいつの間にか可愛らしい商店主に戻っている。
「東征のパーティーって、あの建国王の? それにサント君が唱えていた影魔法って魔法は一体……?」
「あぁ、あれね。ユミック家に伝わる呪いみたいな物よ。私も影ぬいって影魔法を使って道具類の制作しているけどね。お爺さんのエイムス・ユミックが、東の果てにある夜明けの祭壇で魔神の影を踏んだ……と言うか、影を踏まれたと言うべきかしら。今となっては分からないけど、それ以来の事らしいわ……」
東征のパーティーといえば、後のトアール王国・建国王と呼ばれた剣士をリーダーとした伝説の三人組であった。
剛腕でカリスマ性溢れた剣士。魔導の研究家で獄炎の魔術師。そして100の付与魔法を駆使したといわれる付与魔法剣士。以上の3人組のパーティーである。
「私の知っている限りの話でよければ、東征のパーティーの話を聞かせてあげよっか?」
――私が探し求めている七色の魔法に繋がる話が聞けるかもしれない……。
カレンの言葉に魔術士は期待を込めて頷いた。
第2話 了