北の都の門を潜ると、その娘は目の前に広がる町並みを見渡した。

 赤いとんがり帽子に薄い埃よけのマント。蔦のように絡み合った木製の杖を握るその手では、無数の指輪が鈍い光を湛えていた。

 女性としては少し背が高くスレンダーな体型、帽子から溢れる癖のある赤髪に、聡明さを感じさせる漆黒の瞳。一目して旅の魔術士であろうとわかる立ち姿。
 そして、美しい顔立ち。
 すれ違う街の男達が振り返って、彼女の後ろ姿を見送る。

「北の都は初めてね……。まずは冒険者ギルドを探さないと」

 魔術士は広場に並ぶ露店で水飴の菓子を買うと、店主から冒険者ギルドの場所を聞き、地図に起こして貰った。

 北の都は古くからの歴史がある、国内でも有数の巨大都市だった。趣のある石造りの建物に石畳の広場。街中のあらゆる物が重厚な歴史を感じさせる。

 店主に書いてもらった地図を頼りに30分ほど歩くと、見覚えのある市場に出る。

 ……娘はいつの間にか先程の露店の前に戻ってきていた。

 地図を上下グルグルと回しながら、首を傾げている魔術士を見つけると、飴売りの店主が声を掛けてくる。

「姉ちゃん、まだこの辺りをウロウロしていたのか?」

 娘は怪訝そうな顔を店主に向ける。

「ねぇ、チョット。貴方の地図通りに歩いたのに、戻ってきてしまったわ。本当にこの地図で合っているの?」

「地図なんか無くても行けるのに、姉ちゃんがどうしてもって言うから描いてやったんだろうが……。この街の中心にある大聖堂の正面、3階建ての建物が冒険者ギルドだ。ほら、ここからでも見えるだろう?」

 ため息交じりに店主が答えた。

「あの建物かしら?」

「いや、あれはあんたが馬車を降りた外壁の門だ……。わかった、うちの子どもたちに道案内をさせよう。おい、お前たちちょっと来い!」

 店主は近くで遊んでいた子どもたちを呼び寄せると、魔術士を冒険者ギルドまで送るように言い付けた。

「お姉さん、こっちだよ」

 男の子の一人が魔術士の袖を引っ張ると街の中心に向かって歩き始めた。

(相変わらず主は魔法を使わないと酷い方向音痴だな……)
「――うるさい、黙ってて」

 娘はボソボソっと独り言を漏らした。

 少年が不思議そうに魔術士の顔を見上げる。

「ねぇねぇ、お姉さんは何歳なの?」

「ブッ」

 娘は思わず水飴を吹き出す。

「バカ、魔術士に年齢を聞いちゃ駄目だって言われただろ!」

「だって、駄目って言われると聞きたくなるモンだろう」

 娘は笑みをたたえたまま少年達から視線を外す。その目は笑っていない。

「ふふふっ。わたしは錬金術士ではないから不老不死の研究はしていないし、見た目通りの年齢よ。それとは別にレディには年齢を聞いたら駄目かな……」

 魔術師の握る杖がミシミシと音をたてた。無表情で遠くを見つめる横顔が子どもたちの恐怖心を更に煽り立てる。

「あっ、うん……なんとなく分かりました。ほらっ、行くぞ!」

 問いかけた少年は涙目になっている。
 少年たちは慌てて魔術士から石畳へと視線を移すと、その歩みを速めた。

 石畳の路地に子どもたちの声が響き渡る。

 街を行き交う数多くの住民達に行商人や旅人。それらに劣らぬ人数の子どもの群れ。

 この街はとにかく人が多い。それなのに、他の街でよく見かけるような物乞いがほとんど居ない。

「この街は本当に豊かね。王弟の方が統治能力に優れているって噂は本当だったのかな……」

 大きくため息を漏らした。

 事実、北の都は王都よりも繁栄しており、移り住む者たちが後を絶たず、新市街地と呼ばれる外縁の地域が今もなお拡大し続けていた。

 北の都は王弟の直轄領であったが、実兄の国王に配慮して名を持たず、俗称の北の都と呼ばれていた。

「地下迷宮が有名な街だけど、これだけ平和だと高ランクの冒険者は居ないかしら?」

 先を行く子ども達が両開きの扉の前で振り返った。

「お姉さん、ここが冒険者ギルドだよ」

 娘は数枚の銅貨を子ども達に渡すと笑顔を見せる。少年達は銅貨を受け取ると嬉しそうに駆け出して行った。

「さてと、どんな可愛い子に……。いえいえ、七色の魔法につながる情報は手に入るかな……?」

 木製の扉を押し開けると、一気に喧騒の渦が押し寄せてきた。