仮に自分の大切な人の寿命というやつが、見えてしまうとする。
運命論だとか、非科学的だとか、そういった議論はまず横に置いておくことを推奨したい。その上でもし、この手記を読むキミの目に寿命が見えたとしたら、どのように考えるだろうか。
想定する相手が親しい人間であればあるほど、いまの僕の気持ちに近づくことができるだろう。そうすれば自ずと、僕の抱えている感情に近しいものを感じ取ってもらえると思うのだ。
さて、ここまで前置きを書いてきたが。
結論から言ってしまえば、僕は他者の寿命を見ることができる。
ここでこの手記を閉じたいのなら、閉じてくれて構わない。それでももし、少しでも続きが気になるとすれば、手を止めずに目を走らせてくれるとありがたい。
とにもかくにも、僕には他人様の残りの命、その残量が分かってしまう。
この力に気付いたのは、たしか小学三年生の春のことだった。不運にも当時の僕は交通事故に巻き込まれ、同じく集団登校をしていた他の生徒たちと一緒に総合病院へ入院することになったのだ。そして、その中でも最も重症であったのが僕。
目が覚めた頃にはもう、桃色の花は散って葉桜へと姿を変えていた。
そんな心残りに後ろ髪を引かれていた時だ。
僕は病室に検診にくる医師や看護師の頭の上に、なにか見覚えのないものが浮かんでいることに気が付いた。最初はいったい何の冗談かと思ったが、何度目をこすっても消えようとはしてくれない。その後、見舞いに来てくれた両親たちの頭上にもそれは浮かんでいた。
ここまで読んでくれている勘の良い人なら分かると思うが、この浮かんでいたもの、というのがいわゆる人間の寿命だったのだ。問題は僕がいつ、その意味に気が付いたのか、ということになるだろう。
それは意外に早く、怪我などが寛解して病室を移った時のことだった。もともとは個室だったものの、病状諸々が軽くなれば相部屋というものに移される。あるいは、近しい状態の者を集めた場所に移されるのか。そのあたりは、僕自身も一介の学生に過ぎないので明るくはない。
ただ僕が移った病室に、一人だけやけに浮かんでいる『数字』が少ない女の子がいた。今になって思えば何かの薬の副作用だったのだろう。髪の毛のない彼女は、常に何かしらの帽子をかぶっていた。
そんなことを認知しながらも、顔色も決して良くはない相手に訊ねられるはずがない。それにきっと、その数字は自分にしか見えていないのだから、意味がないだろう。当時の僕はそう考えつつ同時に、不謹慎にも数字が尽きたらどうなるのか、という好奇心に駆られていた。ここに、ただただ懺悔したいと思う。
そして、その日はやってきた。
朝方、何やらカーテンの向こう側が騒がしくなる。看護師たちが何度も「そんなわけがない」と、繰り返していたのが耳に残った。中には必死な声を上げながらも、無理だと察しているのだろう、涙声になっている人もいたように思う。
そうこうしているうちに、女の子の両親のものらしき声が聞こえてきた。必死に彼女の名前を呼び続けるが、願いは届かなかったのだろう。最後にはすすり泣く声だけが、病室に響いていた。
幼い自分も、さすがにその時には気づいていた。
みんなの頭上にある数字の意味。それは間違いなく、その人の命が尽きるまでの時間を示しているのだ、と。その結論に至った瞬間に、僕は布団の中に身を隠すようにしてから震えた。怖かったのだ。ただ刻々と減っていく数字によって殺されるのだという事実に、抗いようのなさを覚えてしまったのだ。
それからというもの、僕は他人の顔を直視できなくなった。
あるいは、特定の誰かと親密になるということが、妙に恐ろしくなってしまったのだ。もし仲良くなった相手の頭上の数字が、残り少なかった場合を考えるだけで、夜も眠れなくなってしまうだろう。あいにくだが、僕はどこかの英雄のように心は強くないし、何か行動に移すほどの精神もない。
だが許してほしい。
それが一般的な人間というものだ。そんな奴が幸か不幸か、摩訶不思議な能力を得てしまった、という話なのだから。ここから先、僕が物語の主人公よろしく、誰かの命を救い続ける活劇なんかは期待しないでもらいたい。
僕は非力だ。
現在は平均的な高校二年の男子生徒であり、とりわけ何かに優れているというわけでもないのだから。何かを望むというのは、少しばかり無茶な注文だった。
そう、思っていた。
そろそろ、この手記を書き残そうと考えた理由に移ろうと思う。
ここまで読んでくれた人なら、きっとこの先にも興味を持ってくれると信じている。そしてきっと、僕と同じように悩んでくれると信じている。
だから、一緒に見届けてほしい。
あの子の残り少ない人生、限りある数字の経過を……。