「き、キリヤ……?」

「言いたいことはわかる、リリア。だが諦めてくれ。俺らが生徒会選挙に出ないための最適な策なんだ」

「でも、だからってこんなことする?」

 二人の目の前にはたくさんの人々がおり、キラキラとした目で詰め寄り囲んでいたのだった。

「我らが神、キリヤ様、リリア様! お会いできて嬉しく思います! どうか我らに祝福あれ!」

「キリヤ様! いえ、魔王! オーラがすごいです! さすがです! 尊敬してます!」

「あなた様は文句なしの私の天使よ、リリア様! その純粋無垢な瞳をこちらに向けて!」

 彼らが話す言葉は二人にとって聞き馴染みのない、尊敬と崇拝の言葉であった。

 二人がこうなったのには、数日前に遡るーー。



「リリア。俺たちは生徒会選挙に出ないために、インタビューと写真会とサイン会を開こうと思う」

「……はい?」

 そうキリヤがリリアに告げたのは、生徒会と対面して次の日の教室でのことだった。

「同好会の者たちに納得してもらうためには、同好会の奴らがしたいことをすればいいと俺は考えた。そこで昨日何をしたいかと訊くと、主にインタビュー、写真会、サイン会をしたいとのことだった。だからやる」

「……本気?」

「俺だってできることならやりたくない。だけど生徒会選挙に出るよりはマシだろう。もう一度言おう。俺だってやりたくない」

「…………」

 インタビュー、写真会、サイン会。

 そんなことが一日でできるものだろうか。いや、問題なのはそこではない。リリアは何故キリヤがその結論に至ったのかが不思議でならない。

 キリヤの案は一言で言うならば交換条件による解決だ。キリヤの条件は生徒会選挙の推薦の取り下げ。相手側の条件はキリヤとリリアのインタビューと写真会とサイン会の開催だ。

 三つも提示したことにも驚きだが、それを了承したキリヤにも驚きを隠せない。

 このことから生徒会選挙に出ることはキリヤにとってかなり避けたいことなのだとリリアは理解した。

「ですが、まさかそんな行事(イベント)を開催するだなんて……いつものキリヤ様を考えると違和感があります」

「俺は面倒なことが嫌いなんだ。生徒会だなんてごめんだ」

「生徒会で働くキリヤ様も見てみたいですが……あるじ様の意向にはわたくし、忠実に従いますので御安心ください。ですが、今から言うことをお許しください」

「なんだ」

「わたくしもその行事(イベント)に参加することです。わたくしもその三つの同好会の会員なので、問題ありません……よね?」

「……嘘だと言ってくれ」

 キリヤは頭を抱えた。リリアもこれには目を見開いた。まさかミズキも同好会に入っていたとは夢にも思っていなかったのだ。

 これにはキリヤとリリア以外も反応があった。レイとライガは「まじか……」と呆れ、チユとフィーネは「うわぁ……」と少し引いていた。

 イツキだけはミズキを理解できるようで、「俺も幼女天使同好会の会員だよ。同志同士よろしくな」と肩に手を回していた。

 リリアはそんなイツキにも驚いていたが、キリヤは入会していると何となく察していたのか、「貴様は参加するなよ」と軽く脅して終わった。

「ミズキさん、は、なんで、入会、したの?」

「大変申し上げにくいのですが……」


 数日前

『ミズキ様! 是非特待生推し同好会に入会してください! お願いします!』
『いやいや、魔王の(しもべ)ならば、ここは最恐魔王同好会です!』
『キリヤ様も素敵ですが、ここは敢えて幼女天使同好会へ! リリア様まるで天使のように愛らしいお方ですし!』

 ミズキは三会に勧誘されていた。

『わたくしも入会したいのは山々なのですが、キリヤ様は許してくれないでしょうし、何より不快にさせてしまう可能性がございますので、わたくしは……』
『そんなっ! ならばミズキ様が今、特待生推し同好会に入会していただければ、キリヤ様とリリア様の(隠し撮り)ツーショット写真を差し上げます!』
『なにぃ!? ならば最恐魔王同好会は魔王の(隠し撮り)レア写真と首席挨拶の高画質ビデオ映像を!』
『幼女天使同好会からは、リリア様が微笑んだ姿の額付き絵画を出せますわ!』
『うっ、ううぅ〜! ……入会します』


 数日前の出来事・終

「ということがございまして……」

「つまりミズキは自分の欲に負けたと?」

「うぅ、すみません」

 だがミズキが入会したことによる利点もあったとキリヤは思った。

 一つはに同好会との非接触の連絡ができるということ。そしてもう一つは自分たちの写真を勝手に撮り、勝手に他者に与え、勝手にリリアの絵を描こうとしていたことを知ることができたことである。

 キリヤは黒い笑みを浮かべた。

 ここぞという時の脅し材料になりうる証言と証人を手に入れているからである。この時、三会の会員は悪寒を感じたとかそうでないとか。

 そして時は巡り、現在に戻る。



「では、第一回同好会イベントを始める!」

「うおぉぉぉっ!」

「最初のイベントはぁ、なななんと! 写真会だぁぁぁ! 制限時間は三分とのことぉ! カメラの準備はいいかぁ!?」

「イェッサー!!」

「なら始めるぞ! 三、二、一、始めぇ!」

 パシャパシャとシャッター音が鳴り響く中、キリヤとリリアは静かに座っていた。

 すごく複雑な心境の中、大勢の人に自分の写真を撮られていると思うと、リリアは変な気分になる。

 リリアは横目でキリヤを見た。キリヤもリリアを見た。視線からは「我慢しろ」の一言がひしひしと伝わった。

 そんな二人を一枚の写真に収めようと、観衆のシャッター音は止まらない。お互いを見つめあっているかのように思えたのか、特待生推し同好会の一部からは悲鳴が上がった。

 このイベントをリリアは「仕方ない」の一言で開催を諦めることができたのだが、なんだかんだ言って最後まで嫌がっていたのはキリヤだ。

 リリアは生徒会選挙に出てもいいと思ってはいたのだが、キリヤが頑なにダメ! と言い続けたため、出馬は辞退したのだった。

「さあ! これで一分が経過しました! ここからは衣装チェンジです! 各同好会が迷いに迷い選んだ衣装とは一体何なんでしょうか! 御二方は着替えてください!」

「衣装、チェンジ……?」

「リリア、交換魔法(チェルシューア)だ」

「……交換魔法(チェルシューア)!」

 すると二人は光に包まれ、制服から用意されていた衣装へと変わった。喜びの悲鳴とキリヤとリリアへの尊さを語った言葉が周囲から一斉に放たれた。

「……なんだこれ」

「わっ、キリヤも、服、すごいね」

 キリヤの衣装は黒を基調とした、まさに魔王を思わせるものだった。

 特製の角もついており、キリヤの冷たい眼差しが加わると、観衆から(主に女性から)の悲鳴が上がる。

 セルフィアの外套(マント)とはまた違った外套(マント)は表が黒、裏が赤の布地が使われていた。

 キリヤは椅子に座る。そして正面を一睨みした。またも雄叫びが上がる。

 (のち)に最恐魔王同好会によって作られる魔王伝には、魔王の衣装を着用したキリヤのことを、こう綴っている。

 魔王の風格が現れ、黒い羽が舞った、と。

 ちなみに魔王伝は内密に作られたものなので、同好会以外に流通はされておらず、その存在は明るみに出ていないとのことであった。

 一方リリアはそんな魔王とは対照的に白を基調とした天使を思わせる衣装を着ていた。

 もはやドレスに近いワンピースは、フリルにリボン、レースやビーズが至る所に縫われた幼女天使同好会の傑作だった。

 後ろについた大きなリボンには、幼女天使同好会の会長が自ら、きめ細やかで緻密な刺繍を施していた。

 リリアは白髪に霞のかかった灰色の瞳をしていたので、服も白や銀となると、この世の人とは思えない神かかった姿となっていた。

 しかも幼子の容姿もあって、まさに天使。

 困った顔も、笑った顔も、人々を(老若男女問わず)ロリコン化させ、魅了できる破壊力を持っていた。

 (のち)に(とは言いつつすぐに)幼女天使同好会によって作られる天使伝には、この時のリリアの姿をこう語っている。

 愛らしい天使に、白い羽が舞った、と。

「キリヤ」

「ん、どうかしたか」

「似合ってる」

「……ありがと」

 微笑む天使と照れる魔王を写真に収め、家宝にしようとする観衆はシャッターを連続で押す。

 すでに百人ほどは後半のあまり気絶したようで、保健室へと運ばれる姿も垣間見えた。

「でもリリアの方が」

 キリヤは椅子から立ち上がり、リリアの方へと来ると跪き、リリアの手の甲にキスを落とす。

「ずっとずっと似合ってる」

「〜〜っ!!!」

 リリアは顔を赤く染める。その瞬間も同好会は見逃さない。この時が最も気絶者が多かったと言う。

「魔王、かっこいいです! 最高です!」

「我らの天使、まじ可愛い!! 尊い!!!」

「魔王と天使! 結ばれぬ運命! いいわ、ものすごくいいわ!! 特待生推し同好会会員としては、書かない訳にはいかないわあぁぁっ!!!」

 今二次創作を書こうとした人物、この日を境に三日間不眠不休でキリヤとリリアの恋愛物語を書き上げ、同好会で配ったという。

 しかもそれがかなり人気となり、数年後、人気作家として社会に出るのであった。

 また、三会ではリリアの隠語を天使から寵姫へと変わるのは時間の問題だった。



「次にインタビューだあぁっ! 質問できるのは各会一つまでだそうだ!」

 その瞬間、周りからのブーイングが発生した。

 だがキリヤが「不満か?」と言うと「滅相もございません!!」と全員が口を揃えて叫んだので、事なきを得た。

「では初めに特待生推し同好会からの質問です! お二人のお互いの好きなところを教えてください!」

「愚問だな。全てに決まってるだろ」

「き、キリヤぁ〜!」

 女性陣からの悲鳴がまたも上がる。気絶する人も時間が経つにつれて増えているが、保健室は大丈夫だろうか。

「リリア様はどうなんですか!?」

「えっ!? えっと……優しい、ところ」

 みんなが口を手で押さえた。照れながら言ったところがものすごくこう、心にぐっときたのだろう。愛らしい表情に息を呑んだ。

「……あ、で、では次に我らの最恐魔王同好会からの質問です! 魔王の強さの秘訣を教えてください!」

「人によると思うが、己の大切なものを守るために強くなる、ってことを意識して練習すると精が出る。あとは、それがどれだけ大切かを知ることが重要だと俺は思う」

「魔王の大切なもの……天使のことですか?」

「それ以外にあると思うか?」

「い、いえ、申し訳ございませんでした」

 キリヤに肯定を促され、否定できた者は今もこれからもいないのだった。

「さ、最後は私たち幼女天使同好会からの質問です! 差し出がましいとは重々承知しているのですが……っリリア様の好きなタイプを教えてくださいっ!」

「うぇっ!? す、好きなタイプ? うーん……そうだなぁ、えっと、んっと……キリヤみたいな人、かなぁ」

「っ! ……リリア、それじゃあ俺が好きと言ってるようなものだぞ」

「えっ、そうなの!? ……でも、嘘じゃ、ないよ」

 突然の告白的発言に、周りは気絶者と悲鳴で包まれる。リリア、恐るべし。

「そっ、それではインタビューを終わりますっ! 最後はサイン会ですっ! 待ち時間は一人十秒です!」

 短っ! と思ったのはリリアだけではなさそうだ。だが十秒だけでももらえるだけありがたいのだろう。同好会のメンバーの一部にはもう、涙を流している人もいる。

 一人十秒しか時間を設けられていなかったが、人数が多すぎて結局のところ、サイン会で三時間もかかったのでした。



「ふわぁ……疲れたぁ」

「お疲れ様」

 そして無事に同好会イベントが終わり、静かな夜がやってきた。

 家に帰ったリリアはソファに横たわり、あくびをする。キリヤはリリアほど疲れていないためか、夕飯の準備に取りかかろうとしていた。

「……でも、何だか、楽しかったなぁ」

 リリアの中で最も楽しかったのは、写真会だ。

 天使をモチーフにした衣装がかなり気に入ったようで、幼女天使同好会の会長に是非! と言われて衣装を無料(タダ)でもらって帰ってきた。

 キリヤも最恐魔王同好会から魔王の衣装をもらっていたが、速攻で捨てると言っていた。可哀想なのでやめてほしいと言ったら、渋々やめてくれたので、安堵したのを覚えている。

「……キリヤ。わたし、初めて、誰かを、笑顔に、できた」

「? 初めて? それは嘘だろ」

「嘘じゃ、ないよ。本当の、こと」

 キリヤの言う通り、リリアが誰が笑顔にしたのは今回が初めてではない。

 だが、リリアの隣にはいつもキリヤがいた。リリアはキリヤがいたから周囲が笑顔なのだと勘違いしているのだ。

「わたしね、今日、たくさんの、人に、大好きって、言われたの。キリヤと、イツキくん、以外、初めて、だった」

『リリア様。大好きですっ!』
『一生推します! まじ可愛い!』
『小さいのに頑張ってて偉いね。リリアたんが生きてるから、俺、頑張れるんだ!』

 リリアはふっと笑う。

「だから、今日、生きててよかった」

 キリヤは思う。自分の方こそ、リリアが生きていてくれてありがとうと、嬉しいと感じていると。

 きっとリリアはそんなキリヤの思いを聞けば、もっと喜び、笑顔になるに違いない。だけど、キリヤはそんな思いを伝えることができなかった。

 ただ、率直な思いを伝えればいいだけの話なのに、だ。キリヤは不器用で、誰よりも自分を嫌い、枷をつけている。

(……本来ならば、俺が死ぬべきだったんだ)

 五年前の出来事からずっと、キリヤは自分を自虐し、呪い続けている。自死の行動に移さないのは、それが一番の逃げ道で、それが一番自分が望んでいることだから。

(なぁリリア。俺は自分が情けないと思ってる。リリアすら守れなかった軟弱者と思ってる。万死に値する最低なやつだと思ってる。だけどリリアは俺を優しい人だと言った)

 キリヤはリリアを見る。リリアは疲れてしまったためか、ぐっすりと眠っていた。

(俺はリリアが思っているよりもずっと、卑怯で下劣な奴なんだ。リリアを殺した、第二の犯人とも言えるだろう)

 キリヤはリリアに歩み寄る。そして近くにあったタオルケットを優しくリリアにかけた。

(それでも俺を、優しい人だと言うのか?)

「…………」

 当然リリアは眠っているので返事をしない。だけどそんなリリアを見ていると、キリヤは肯定を意味しているように感じて泣きたくなる。

「……いっそのこと、嫌ってくれ」

 現実でそんなことはあり得ない。何故ならリリアはキリヤが大好きで、尊敬しているからだ。そして何より家族だと思っているからだ。

「俺はリリアの兄なんかじゃない。リリアの人生にどうこう口出しできるような大層な人じゃない。だけど」

 キリヤはリリアの顔を上から覗き込む。

 そしてーー。

「ーーーー……」

 リリアの額に軽くキスをする。

「……俺に、リリアを守らせてくれ」

 キリヤがリリアに異常なほど執着するのは、想像を絶するほどの過去と後悔を背負っているからだ。

 だがそれを知る者は、一部を除いて誰も知らないのだった。