究極研究部が発足して数日経ったある日、キリヤとリリアにある手紙が届いた。相手はセルフィアの生徒会からであった。
内容は、究極研究部の発足に関する質疑と書いてあるが、それはミシュに聞けばいいだけのこと。
しかしそれをキリヤとリリアに尋ねると言うことは、他の用事もあると考えるのが普通である。
よってキリヤは警戒しながら、リリアはソワソワしながら今、セルフィアの生徒会室にいるのだった。
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「ちゃんと会うのは初めてだね。生徒会長のミコト・シュガーテです。よろしくね」
「特待生主席のキリヤ・アムールです」
「キリヤの、妹の、リリア・アムール、です」
リリアは生徒会という言葉に敏感となっているのか、いつも以上に緊張しているとキリヤは思った。
するとーー。
「紅茶と菓子をお持ち致しました」
「あぁ、ありがとね、『ユレーネ』」
ミコトにユレーネと呼ばれた少女は「仕事ですので」と言って奥へと戻っていった。お盆を戻すためだろう。
ユレーネは杏色のストレートボブに梅鼠色の瞳をしていた。ファーストクラスの生徒と比べてわかるように色素が薄い方だった。
だが生徒会役員に選ばれるだけの実力と人徳があるのだろう。真面目そうな印象のユレーネだ。信頼もあるに違いない。
「あ、二人とも食べていいよ」
「ありがとう、ございます」
「……ありがたく頂戴させていただきます」
二人は紅茶を飲む。
程よい温度で、香りも味も落ち着いた良いものだとキリヤは思った。
リリアは紅茶を飲むと、用意されたお菓子に手を出す。色々なものがあったが、特に気に入ったのは四角いクッキーだった。
お菓子を頬張るリリアの姿を見て、キリヤはリリアに一つずつゆっくり食べるよう促した。リリアが可愛らしいリスに見えたことも一つの理由だった。
「喜んでくれて嬉しいよ。その紅茶、美味しいだろう? ユレーネの入れる紅茶は格別美味しいんだ。気に入ってくれたかい?」
「会長」
「ユレーネ……! やっぱり早いね」
「盆を戻すだけに、そんなに時間がかかるとお思いで?」
「ははっ、それもそうか」
キリヤとリリアはミコトとユレーネが正反対なことを知った。ホワホワしていて少しチャラめなミコト。キビキビしていて真面目なユレーネ。
「まったく、会長は……」
「ユレーネがいるから大丈夫だよ」
「そんなんだからダメなんですよ」
「え、そうかな?」
「はぁ……会長にわかってもらおうと思った私がバカだったようです」
そんな二人だから上手くやっていけるのかもしれない。似ていないからこそ、相性がいい時もある。
キリヤとリリアはそんな二人を見て、何をしていいのかわからなくなる。
だがそれも数分後、ユレーネが事態を把握し、ミコトと話をするのをやめた。
「本当に申し訳ございませんでした」
「いえ、別に」
「気にして、ない、です」
「いやぁ、ごめんね」
「会長?」
「はい、すみません」
なんだか漫才を見ているようだ。
「では改めまして、私はセルフィアの生徒会副会長、『ユレーネ・アクトゥルノ』です。よろしくお願いします」
「あれ、アクトゥルノ……? キリヤ」
「あぁ、フィーネと同じだね」
その言葉を聞くと、ユレーネは「姉妹です」と答えた。
言われてみれば似ているかも……とリリアは思った。
「それでミコト先輩。用はなんですか?」
「あぁ、そうだったね。究極研究部の発足に関する質疑、とは言ったものの、君のことだ。それ以外もあることは最初からわかっているんだろうね」
「はい」
「えっ、そうなのっ!?」
「「「…………」」」
その無言の時間はリリアだけが知らなかったことを虚しく物語っていた。
「えっと……話し続けていい?」
「どうぞ」
さすがミコトである。このような微妙な空気感であっても、信仰を疎かにすることはなかった。
「今日、私たちが君たちを呼んだのには、二つのことを訊きたくてね。まず一つ目は、招待理由にも挙げた究極研究部関連だ。……ファーストクラスの生徒以外は入部を拒否する、というのはどういうことか、説明を要求する」
この問いは必ず来るとキリヤは予想していた。
ミコトの言う通り、究極研究部はファーストクラス以外の生徒の入部を受け付けていない。
もちろんそれを決めたのはキリヤだ。
リリアには安心健全な部活に入部してもらうための最低条件として、ミシュとリリアを除くファーストクラスの生徒にはそのことを伝えている。
みんなはキリヤが重度のシスコンであることをよくよく知っているため、また、キリヤに歯向かうと殺されかけな……いや、面倒臭いこととなるのを知っているので承諾していた。
「究極研究部は事前に提出した書類に書いた通り、全ての部門において究極になるため、研究する部活動です。今ある部活では満足できない、自分のしたいことをできない生徒のために新設しました」
「それなら別に、ファーストクラスの生徒じゃなくてもいいんじゃない?」
「ミコト先輩」
キリヤはミコトを真剣な眼差しで見た。
「本気でそう、思っているのですか?」
「っ!」
「このセルフィアに入学できた人は、たしかに一般的に見たら優秀な人なのでしょう。しかしセルフィアだけに限れば優秀は当たり前と化します。頭がいいのが普通です。それがセルフィアですから」
セルフィアを卒業した人の中には各族の次期族長、族長補佐や王族、有名企業の跡取りなどもかず多く存在する。
しかしキリヤはセルフィアに在学していたならばそのぐらい普通、むしろ最低ラインと思っているのだった。
「セルフィアに入学できるだけの力を持っているのはもはや普通。そこから努力し、結果を出した者しか、俺は認めることができません。セルフィアに入ってからが本番だというのに、セルフィアに入れたからいいなどと考えている腑抜けがあると思うと、俺は心底残念に感じるのです。あなたもそう思いませんか、ミコト先輩」
「なるほどね。キリヤの言いたいことはわかったよ。要は、トップクラスのセルフィアの中でも、さらに上の人物と関わりたいんだろ?」
「はい」
ミコトはキリヤの実力と考えを理解していた。
キリヤのような人は、自分の大切なものが第一主義だ。譲れないこと、守りたいものが関わると、自分の意思はいつも以上に固くなる。曲げることなど、不可能に等しい。
現にキリヤは自分の意見を通すこと、影響を与えることが可能となっており、大切なもの……リリアを守ることもできるのだろう。
それ故にここまでファーストクラス以外の生徒の入部を嫌うのだろう。自分の願いを、思いを叶えることができるからだ。
「……わかった。セルフィアの生徒会長として認めよう。究極研究部の入部はファーストクラスの生徒のみに限ることを」
「ありがとうございます」
「よかったね、キリヤ」
一方リリアの大切なものはキリヤなのだろう。言動や表情からミコトはそれを察した。
「さて、じゃあ本題に移ろう。私が君たちに話したいのは、次の生徒会選挙についてだ」
「「生徒会選挙?」」
「あぁ。セルフィアの生徒会役員は毎年選挙で決まることは知っているな? その選挙に参加することができるのは、応援者が三人以上いる立候補者と、推薦が十人以上いる生徒のみだ」
つまり、生徒会選挙に出たい人は応援者を三人以上確保する必要があり、立候補しなくても推薦が十人以上いる生徒ならば生徒会選挙に参加できるというわけだ。
「それが俺たちに関係あるんですか?」
「それ、わたしも、思った」
「それがあるんだなぁ」
キリヤとリリアは生徒会選挙に立候補する気が全くと言っていいほどない。なのにミコトは二人に関係があると言う。
キリヤは嫌な予感がした。
「ちょっと話長くなるけどいい?」
「大丈夫です」
「ありがとね。まず結論から言うと、二人は生徒会選挙に強制的に出てもらうことになると思うんだ」
「……はぁ?」
「えっ!?」
リリアは驚いただけだが、キリヤは今にも魔法を行使しそうである。リリアはキリヤに一旦話を訊くよう宥める。
キリヤがそこまでして毛嫌いするのは、面倒臭いからの一言である。そしてリリアとの時間が減るからと考えていた。
「いやぁ、俺も本当にびっくりしたよ。昨日のことなんだけど、男女合わせて百人ぐらいが生徒会室にやってきたんだ。その理由が君たち二人の生徒会推薦でね」
「……選挙はまだ二ヶ月も先ですよ」
「だから驚いたんだよ。しかも署名が二百人を超えているもんだから、これは何がなんでも無視できない。で、こんな大人数の署名をどうやって集めたのかって聞いたんだ。そしたらなんて答えたと思う?」
「なんてって……こっちが尋ねたいですよ」
「わたしも、よく、わからない」
キリヤとリリアは自分達が推薦される理由も、そして推薦した理由や人数の多さに疑問を抱かずにはいられない。
生徒会選挙に参加したい人は自分から嘆願書を提出すればいい話なので、明らかに二人が仕掛けたわけでないことも、ミコトは知っていた。
「やっぱりそうなんだ」
「やっぱりとは? 知っていたんですか?」
「あぁ。だって彼らは君たちのファンクラブの者だと言っていたからね」
キリヤは頭が痛くなる気がした。
「…………すみません。もう一度おっしゃっていただけるとありがたいです」
「いいよ。君たちのファンクラブの者だそうだ」
「…………」
これは物理的に頭痛がしそうだ。
そんなキリヤとは対照的に、リリアはなんのことだかわからないという表情をしている。
キリヤに箱入り娘(妹?)として育てられた故か、ファンクラブというものを何か、理解していないのだろう。
リリアらしい反応である。
「生徒会でつぶせ……いえ、なくせないんですか?」
「はは。クールそうに見えて、意外と物騒な思考をしてるね。残念だが、ファンクラブは場として認めていないから、廃部という選択肢は最初からないんだ。同好会みたいなものだろうけど、顧問的存在は必要ないからね」
「そうですか。……いっそ半殺しにして存在自体を消せばいけるか」
「キリヤ。聞こえてるよ」
「すみません。思わず本音が」
認めるんだ、ミコトは思った。
横目でユレーネを見たが、ユレーネは無表情だった。怖いと思っているか、物騒だと思っているかのどちらかだろう。
ユレーネはあまり人前で感情を顔に出さないので、一年間一緒にいるミコトでもなかなかユレーネの感情は読めないのだった。
「具体的にはどのような活動をしているのですか?」
「主なグループは三つ。一つはキリヤもリリアも推している『特待生推し同好会』。もう一つはキリヤを推している『最恐魔王同好会』。そしてリリアを推している『幼女天使同好会』だよ」
「最強魔王同好会……」
「よう、じょ……?」
キリヤは最恐魔王同好会の『サイキョウ』が最も怖いと書いて最恐だと知らない。しかしキリヤは最強で最恐だ。どちらでもいいだろう。
一方リリアは幼女がなにかわからない様子。キリヤにその意味を訊くかどうか迷っているが、おそらく訊かないだろう。
「特待生推し同好会はキリヤとリリアのペア……通称リリキリを推している同好会だ。リリアもキリヤも推してるから、どちらに害を与えることはないと思うよ。どちらを推すか選べない人のための中立的存在なんだろうね」
リリキリはリリアとキリヤの略称のことだろう。
キリヤはミコトのその言葉を聞いて安心した。どちらにも害を与えないということは、リリアに影響はないということだ。
害がなければそれでいいとキリヤは思っている。
「一方、最恐魔王同好会はキリヤ命の人の同好会だね。男女比は四対六ぐらい。キリヤは魔王って呼ばれてるみたい。隠語のようなものだね。最恐なのは……まぁ察してくれるとありがたい。リリアの大切さは伝わっているみたいだから、リリアに危害を加えることはないと思うよ」
最恐魔王同好会の主な活動はキリヤを隠し撮りすることと、キリヤの凄さについて語り合うことだ。
中にはリリアと付き合うためにキリヤより強くなりたい、という人がいるらしく、情報提供をしてもらっているらしい。
だがキリヤの恐ろしさを首席挨拶で体感したためか、勝負に挑むのはまだまだ先と思われる。
「幼女天使同好会はリリア命の集いだね。男女比は約七対三。名前はリリアが幼女で天使みたいからだと言ってたよ。付き合うだなんて烏滸がましい、自分達はただリリアを推しや神として崇めていたいだけだ! って熱烈に言ってたよ」
最恐魔王同好会とは違って、こちらはリリアの隠し撮りは行なっていない。一度でもすればキリヤに死ぬギリギリまで痛めつけられると悟っているのだろう。
その代わり美術部の人に頼んでリリアを忠実に再現したイラストを頼んでいるらしい。お金をかなり積んでいるのか、大掛かりな作業となっていると噂されている。
「そんな、人たちが、いるんだね」
「暇なんだろ」
「まぁ全体の人数としては千人を超えてるんじゃない? 推薦を出した人たちはその中の過激派みたいなものだよ」
「千人っ!?」
「すごい数だな」
「セルフィアの総生徒数は約一万人なので、十人に一人の人がこれらの同好会に所属している計算になりますね」
それだけの人がキリヤとリリアに魅了されているのだと思うと、二人の影響力は底知れないものである。
そして先ほどミコトは生徒会選挙の二人への推薦を出したのは二百人と言っていた。
推薦が承認されるのは十人からだ。
あくまで推薦なので断ることも可能だが、これだけの人数と二人の実力を考えると、断ることはかなり難しいと考えられる。
「そこで一応訊くが、二人は生徒会に入りたいか?」
「滅相もない」
「考えたこともなかったので、なんとも言えません」
「そうだよね。でもーー」
ミコトの雰囲気が変わった。先程の柔らかな印象から、セルフィアの生徒会長たる威厳へと姿を変えた。
「この状況の中、君たちが生徒会選挙に出馬しないとセルフィアが荒れる」
「…………」
「私も強要させたくはない。それはわかってほしい。だけど、君たちが出馬してくれないと、間違いなく次の生徒会選挙は荒れる。それはセルフィアの生徒会長として避けなければならないことだと私は思っている」
キリヤは考えた。
少なくともキリヤは生徒会に入るつもりはない。しかし相手はセルフィアの生徒会長。今のキリヤとの権力差は一目瞭然だ。
キリヤはどうすれば自分が生徒会に入らずにことを収められるかを考えた。
そして一つの案が浮かんだ。
「……特待生推し同好会と最恐魔王同好会と幼女天使同好会の人たちに、俺らが生徒会選挙に参加する気がないことを知らせ、認めてもらえば問題ないんですよね」
キリヤの言葉にミコトは頷く。ミコトの口角が少なからず上がった。キリヤの考えに興味があるようだ。
「何か良案でも?」
「ええ」
キリヤはミコトをまっすぐと見た。
リリアは知っている。キリヤが笑みを浮かべている時は、何か自分にとって悪いことが起きる時であると。
「最も効率的で、簡単な方法です」
不敵に微笑むキリヤはまさに魔王であった。