「うわぁ! キリヤ、人、いっぱいいる!」

「そうだな」

 場所はすぐ近く、体育館内。

 そこには外にいた人の何倍もの人数がいた。皆、セルフィアの制服と外套(マント)を着ており、髪や瞳の色も様々だった。だがそれもそのはず。セルフィアはこの国の何十もの地域に住まうエリートの中のエリートが通う名門校だ。この国の重鎮はもちろん、王族や他国からの者も入学しているので、自然とそうなるのだ。

「……キリヤはあんまり驚かないんだね」

 キリヤとのテンションの落差にリリアは疑問に持つ。キリヤも驚くと思っていたからだ。だがセルフィアに来た時から平然としていたキリヤだ。人の多さ如きでどうこう思う人ではない。

「まぁ、セルフィアは人が多いって聞いてたし、それに比例して施設も大きく立派なものだと想像していたからね」

「……キリヤ、変なの」

「何が?」

「考えるところ、普通じゃない」

「普通じゃないと言われても、人によって普通は違うだろ。俺からしたらリリアははしゃぎすぎだと思うし」

「そっか。……そうなの?」

「そうだよ」

 キリヤは周りを見晴らし、リリアを手招きした。リリアはキリヤの後について行く。どうやら入学式の席が決まっているようだ。少しするとキリヤはその席を見つけたのか、リリアに座るよう促した。

「ここがリリアの席だって。座っていいよ」

「ん、わかった」

 わたしはゆっくりと席に座った。

 わっ、柔らかい。

 さすがセルフィアというところだろうか。リリアが普段座っている椅子とは比べ物にならないくらい柔らかかった。材質そのものが違うとも言うが、セルフィアの物という価値が好評価に大きくつながっているのだとリリアは思った。唯一の欠点として挙げるならばリリアの身長にあっていないことだが、リリアは気にしないことにした。

 すると、どこからか、こんな声が聞こえてきた。

「ねぇ、あの人カッコよくない?」

「え、だれだれ!?」

「ほら、今椅子に座ってる黒髪でツンツンしてるあの人だよ!」

「あっ確かにカッコいい〜!」

 黒髪で、ツンツン……。

 まさか、と思いリリアは横を見た。もちろん隣にはキリヤがいた。キリヤはその子たちの声が聞こえているだろうに、何事もないように前を見ていた。

 やっぱりキリヤはモテるなぁ。

 リリアは心の中でそう呟いたが、どうやら声に出ていたようだ。

「そうか? 周りが勝手に言ってるだけだろ。それに俺からしたらリリアの方がモテてると思うけど」

「え、わたし? ないないないない」

 リリアは思いっきり頭を横に振った。

「じゃあアレは何?」

「アレ?」

 キリヤはそう言うと、斜め前の方向を指さした。そこでは複数の男の子たちが話をしており、リリアは耳を澄まして声を拾った。

「なぁ、あの子可愛くね? ほら、あの黒髪の男の隣にいる白髪の女子」

「あぁ〜確かに。どうする? 声かける?」

 白髪……わたしのこと、だよね。

 この国でも白髪の人はあまりいない。基本的なこの国にいる人の色素は青、赤、緑、黄、紫のどれかだからだ。多少の濃淡はあるにしろ、黒や白はあまりいない。キリヤは黒髪、リリアは白髪なのでかなり目立つのだった。

 だってキリヤはかっこいいんだもん。だからその隣にいる白髪はおそらくわたし。だ、だけど可愛い……かなぁ。いやいや、他の子かもしれないし。でも白髪はあまりいないし……あぁ! なんかムズムズする!

 すると、こんな声も聞こえてきた。

「何言ってんだよ、お前如きが相手にされるわけないだろ?自惚れんじゃねぇよ」

「だよなぁ」

 自惚れるな。

 その言葉が、リリアの頭で何度も繰り返され、響き渡った。

 そうだよね。わたしなんか、可愛いわけない。キリヤと一緒にいた時からずっと、毎日のように言われていたじゃないか。ブスのくせに、バカのくせにって。

 リリアの気持ちは落ち込み、だんだんと思考が暗くなってきた。そんなリリアを助けたのはキリヤだった。

「大丈夫、リリア?」

「キリヤ……」

 リリアは思い悩んだ末、キリヤにぎゅっと抱きついた。キリヤはそんなリリアに抵抗したり、何かを聞いたりすることなく、リリアの背中をさすった。

「怖いことでもあったの?」

 リリアは首を横に振り、キリヤに尋ねた。

「キリヤは、わたしのこと、きらい?」

「俺がリリアのことを? ない。100%ない。リリアのことを誰がなんと言おうとも変わらない。絶対ないから」

 キリヤは即答し、その後も「ない」と言い続けた。その回答にリリアは嬉しく思ったのか、または安心したのだろう。終いには恥ずかしくなったのか「もういいよ、キリヤ」と言って、キリヤの嫌いじゃない宣言が終わった。

「まぁ何があったのか俺はわからないけど、とにかくリリアのことを俺が嫌うだなんてことは絶対にないから。そこだけは今後も忘れないでね」

「ふふっ。わかった」

「今、笑うところだった?」

「どうだろう、わからない」

 すると会場にアナウンスが入った。

『生徒は席に座ってください。繰り返し申し上げます。生徒は席に座ってください……』

「キリヤ、もしかして」

「うん。始まるみたいだね」

 今、入学式の幕が開く。

 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 キリヤとリリアは姿勢を正し、壇上の方を向いた。

『これより、国立セルフィア魔法学園中等部の入学式を始めます。生徒の皆さんは起立してください。……気をつけ、礼。着席』

 二人は起立し、周りと一緒に礼をし、席に座った。初めに壇上に上がったのは、セルフィアの理事長、『ミカ・セルフィア』だった。

 蒲公英(たんぽぽ)色のふんわりとした髪に(はなだ)色の瞳。それを引き立たせるのは黒のスーツ。胸ポケットには赤い薔薇の花が刺さっており、歳はおそらく四十前半。社交的な印象を受けた。

「狭き小さなセルフィアの門を潜り抜けた新たな生徒たちよ。入学おめでとう。理事長のミカ・セルフィアだ。名前からわかる通り、このセルフィアは私の先祖が創立した名門校だ。君たちには多くを学び、高め合える仲間を見つけ、そして素晴らしい学園生活を送ってほしい。これが私の願いだ」

 自分の生い立ちを自慢げにすることなく生徒の話題を中心に話していることから、性格はそこらの成金(なりきん)ではないことがわかる。話し方も丁寧で内容も簡潔しており、とても聞き取りやすい声だ。

 この人、すごいな。

 キリヤはミカに好印象を受けた。

 生徒に対する話し方が上手い。セルフィアの生徒の質が良い(一部を除く)のもあるが、この人の話を聞こうとする姿勢にさせてる。それと、話の構成が練られているのも、聞いているだけでわかる。無駄話もせず、まとめみたいな話で時間を稼ごうともしてない。講師の質もいいってことか。

「セルフィアには君たちの理想が詰まった、最高の学園だと私は自負している。設備も、授業も、セルフィアにいる人間もだ。予言しよう。君たちは卒業の時、涙を流して、笑って、社会に旅立つだろう。では、良い学校生活を。私からは以上だ」

『生徒の皆さんは起立してください。……礼』

 キリヤたちは立ち上がり、礼をした。そして着席の声と同時に椅子に再度座った。キリヤはふとリリアを見る。リリアはわくわくしているのか、笑顔を浮かべていた。足も跳ねている。キリヤはリリアに大人しくしていろと言い、次の話を待った。

『では次に、生徒会長からの言葉です』

 すると壇上に一人の男性が登り、マイクに手をかけた。セルフィアの生徒会長、『ミコト・シュガーテ』だ。

 竜胆(りんどう)色の髪は後ろで緩く結んでおり、瞳は暗紅色(あんこうしょく)。生徒会を現す赤色の外套(マント)を着ている。そして何より目立つのが顔。顔である。

 目は二重、唇は薄く、鼻は小さく、ほくろの位置は目元……と、いわゆるイケメンの要素しか入っていない。身長も175センチと高身長。太っているわけでも、痩せているわけでもなく、むしろ体は鍛えられている。

 そしてそんな容姿を持ち、且つセルフィアの生徒会長となれば、会場は湧く(男女関係なくだが、若干女子の方が多い)。

「きゃあああっ! ミコト様、ミコト様よ!」

「さいっこう! かっこいい! イケメン! セルフィアに来てよかったぁ!」

「すっげぇ、あれが生徒会長! 雰囲気(オーラ)がちがう」

 生徒たちからの喜びの叫びが上がる中、ミコトは話し始めた。しかも、これまたすごかった。ミコトが話した途端に、周りの声はなくなったのだ。ミコトの話を、声を、早く聴きたいのだろう。

「みなさん、ご入学おめでとうございます。生徒会長のミコト・シュガーテです。突然ですが、セルフィアの生徒会と聞いたらどんなイメージを持つでしょうか。怖い? 厳しい? 答えは十人十色でしょう」

 この人、今、魔法使ってるな。

 ミコトがその後も話す中、キリヤはそう思っていた。

 魅了魔法(フューセクアン)は確実に使ってる。色素からして『命司族(めいじぞく)』ってところか。

 命司族。それは命を司り、神に仕えたと言われる一族のことである。色素は紫系が多く、命の属性を生まれながらに持つ。戦闘では治癒魔法(フィールアイリス)を行使し、回復を担う。

 そして彼、ミコト・シュガーテは色素が濃く、魔力も豊富であることから、命司族次期族長に任命されている。生徒会長であり、次期族長であるミコトは今年の期待株だった。

 魔力値は8400ってところか。生徒会長に選ばれるだけの力はあるそうだな。頭もおそらくいいし、武芸もできるだろう。一瞥しただけでも相当な実力者だ。だがーー。

 するとリリアがキリヤの外套(マント)を引っ張って、小さな声でキリヤに訊いた。

「ねぇキリヤ。なんであの人が生徒会長さんなの? どうして?」

「生徒会は毎年、セルフィアの生徒が投票して生徒会役員を決めるんだよ。頭の良さや武芸、魔力はもちろんのこと、人脈も求められるんだ。つまり総合的に見た時に一番いい人が選ばれるんだよ」

「そっかぁ。ありがとキリヤ」

「どういたしまして」

 キリヤがそう言うとリリアは壇上の方に向き直ってミコトの話を訊いた。キリヤはそんなリリアの姿をじっと見た。

 リリアとキリヤは中等部の特待生として今年入学した。だがキリヤは13歳だがリリアは10歳。普通ならばキリヤが中等部、リリアが初等部で過ごす。だがここはセルフィア。年齢はそこまで気にされず、重要視されるのは実力だ。キリヤとリリアは実力で入学したのだった。

 会場は喝采で包まれる。どうやらミコトの話が終わったようだ。リリアはキリヤに「いいお話だったね」と言う。キリヤは本当は全くと言っていいほど話を訊いていなかったが、「そうだね」と言った。

 会場にアナウンスが入る。

『では次に、首席挨拶を行います』

 首席、か。

 セルフィアの首席と言えば、エリートの中のエリート。誰もが注目し、憧れるアイドル的存在である。だがそれと同時に、一つ一つの所作に、言動に、重い責任がかかる。期待や人気はあるものの、それ以上に責任や圧があるのだ。

 今の今まで全く話を訊いていなかったキリヤだが、主席には興味があった。自分よりも強い相手をキリヤは求めている。知識、武芸、魔法……どの部門でもいいのだ。競え合える相手を探しにセルフィアに来たと言っても過言ではない。

『それでは、お呼びいたします』

 会場が興奮と緊張で包まれる。

『今年の首席は……キリヤ・アムール様です。キリヤ・アムール様、壇上へお上がりください』

 はぁ、とキリヤが深く息を吐くと同時に、会場から無数の声が上がった。

「キリヤ・アムールって……噂の特待生じゃなかった!?」

「誰、誰なの!? 早く姿見たいっ!」

「まじっ!? 特待生だろ? すげぇ!」

 特待生が意味するのは天才。一般入試よりも厳しく、セルフィアでは毎年いないのがもはや当たり前と化している。そんな中での特待生。しかも首席。当然ながら会場は関心に染まる。

 そんな中、リリアはキリヤにこう言った。

「キリヤ、首席、すごいね」

「……ありがとう」

 正直なところ、キリヤは複雑な心境だった。

 自分が首席に選ばれたと言うことは、今年の学年には自分よりも強いものがいないと言うことである。それがキリヤには至極残念だったのだ。

 だがリリアはキリヤが首席に選ばれたことに喜んでいる。キリヤはシスコン(若干ロリ?)であるため、それがとても嬉しい。

「キリヤ、首席挨拶、行っておいで」

「でも、そしたらリリアに何かあったら俺、リリアのこと守れない。それは嫌だ。駄目だ」

「キリヤ……」

 リリアもリリアで、キリヤが自分のことを心配してくれることがとても嬉しかった。だがリリアはみんなにキリヤのことを知ってほしいとずっと思っていた。迷った末に出したのは、キリヤの凄さの周知だった。

「キリヤ、わたしは、大丈夫」

「でも……」

「キリヤ、わたし、そんなに、信用ない?」

「それはない」

「なら、行ってきて。わたしのキリヤは、凄いって、証明、してよ。ね?」

 わたしのキリヤ。

 その言葉がキリヤの心にグッと刺さった。そして妹のお願いが重なり、キリヤは首席挨拶に行くことに決めた。

「……わかった。その代わり、何があったらすぐに呼べよ?」

「了解。さ、行っておいで」

 キリヤは立ち上がり、壇上へと足を踏み出した。

 いよいよキリヤによる首席挨拶が始まる。