「どうして私は消えたいと思ったんだろう」
 ベッドで仰向けになりながら、ぽつりと呟いた。言葉は、何も意図せず自然と零れたようだ。私の言葉を聞いた星叶は私の勉強机の椅子に腰かけながらこちらに目を向けて、私の言葉に意表を突かれたような表情をした。
「突然どうした?」
「いや、自分でも分からない……」
 星叶が私の前に現れてから、数日経った。数日経ったということは、私に友人が出来た日数とも同じ期間になる。
 暁音さんは、出会った日からずっと予備校では隣に腰かけ、そのまま彼女の家、兼、彼女の姉の店に通う日々が続いた。共に勉強して、教えあって、偶にバイトのお兄さんに助けてもらったり、お姉さんのケーキを二人で分けて食べたり。
 平和な日々が続いていることに気が付いて、自分でも驚いたのだ。

 初めて暁音さん出会って共に勉強会をし別れた後、家に着けばいつも通りに夕食が用意されていた。ケーキを食べたので、胃の半分は埋まってしまっていたけれど、母の笑みを崩さない様に必死に夕食を押し込んだ。
「無理して食べなくても」
 と星叶に言われたが、そもそも夕飯があると分かっているのにケーキを食べた私が原因だ。折角用意してくれた好意を無碍にするのは、お腹より心の方が苦しくなるのだ。だから、責任を取って完食した。

 ごろり、と体勢を横向きに変える。そうすると、机の横にかけていたスクールバックが目に入り、思わず眉間に皺を寄せた。
 そんな私を見て星叶はすぐに気が付いたのか、鞄に目をやってから、手に取って私の視界に入らない様に、私から見れば彼女の影になる位置に移した。
 そう、学校とか、世界の色々な場所が嫌になって、自分の存在が許されていない気がして。家に居ても、何だか心細い気がして。この世界に一人ぼっちで立っているような気分がして。だから、私は消えたいと思った。願った。
 変わらずに学校ではいじめの被害にはあっている。
けれど、最近はどうだろう。下種な扱いはされるけれど、悔しい思いをする度に新しい友人たちの顔が脳裏に過る。私の味方は存在する、あの場所に行けば大丈夫だ、という安心感が出来たことは、私の学校生活への心持ちの大きさが変わった。決していじめの主犯格に対抗できているわけではないのが、なんとも私らしいかもしれないが。
 彼女たちがいるから、という考えは私の心を軽くしてくれた。私はまだこの世界に存在していても良いのだと、許してもらえるような気がする。逆に、居ないといけないのだと、そういた使命感のようなものすら抱えるようになってきたくらいだ。
「少しずつ希望が見えてきた?」
 星叶の言葉に、思わず瞬きをする。少しだけ考えてから、眉を下げつつも笑みを浮かべる。
「どうだろう」
 まだまだ不安は沢山で、学校に向かう脚は日々重いけれど。
「それでも、自分を守ろうと思えてきたんじゃない?」
 本当に? 私は自分を大切にしている? 周りの人たちも大切に出来ている?
 自信はまだ存在しない。だけど。
「皆の、おかげかな」
 その皆の中には当然星叶も廃追っているのだ。そう告げれば、今度は彼女が驚く番。目をぱちくりとさせてから、顔を逸らした。顔色は全然変わっていない。彼女に触れた時、体温がないと感じたのは、きっと血が通っていないからだろう。だから顔に血が集まって頬が高揚するわけもない。だからはっきりと判断するのは難しいけれど、横顔から彼女が照れているのだろうなというのは分かった。
 案外わかりやすいんだ。笑えば少し怒ったような表情を向けられたけれど。
 彼女との会話に、少しだけ寂しさも感じてしまう。私が完全に大丈夫になった時、彼女は私の前から去るのだろう。
 そんな未来を考えると、ひどく胸が苦しい。
 誰かが離れていく寂しさ、悲しみ、虚しさには慣れていると思っていたのに、私は思ったより寂しがりだったようだ。