「……少し疑問なんだけどさ」
星叶が居なくなった後、昴さんがぽつりと呟いた。
那沙さんと共に彼の方に顔を向ければ、彼は考え込むように顎に指を添えて少々思考する。
考えが決まったのか、それとも話す決意が決まったのか、少ししてから浮かんだ疑問を口にする。
「そもそも、なんで金咲さんは、天使をやることになったんだろう」
その問いに、ぱちりと瞬く。何の違和感もなく、彼女を受け入れていたけれど、彼が疑問を口にして、謎の違和感が霞にまかれているような気分がする。
「そういえば、星叶ちゃんは交通事故で亡くなった高校生、なのよね」
「それに少し違和感があるんですよね」
「違和感?」
私が問えば、彼は小さく頷いた。
最初は何が違和感なのかと首を傾げたが、ふと学校で習った倫理の授業を思い出す。
そうか、死者の善人に括られる人は天国に、悪者は地獄に、と日本人の多くは言われて育ってきただろう。だが彼女は亡くなった後に天国に行くことは無く、天使として私達の前に現れた。
彼女は車に轢かれて亡くなったという。それは決して悪行と言われる部類ではなく、逆に無慈悲な出来事で、ルールを守っていたとすれば寧ろ被害者側である。
じゃあ生前に何か問題を起こしたのか。となれば、問答無用で地獄に落とされるかもしれない。
それなら、どうして彼女はこうして天使にされて試練を与えられた?
「そりゃあ、罪を抱えていたら、簡単には天国には行けないからさ」
昴さんとは別の男性の声がして、全員の体が固まる。油をささずにずっと放置されていたロボットのように、ぎこちなく、ゆっくりと声のした方に全員が顔を向けた。
真っ白な服一式を身に纏い、服と比例するように真っ白というよりは銀に近い髪色で、全体的に色素が薄いという印象。そして何より、背中には白くて大きく立派な翼が存在していた。
全員が突然の事に呆気にとられ言葉を失った。だが、変に大きな声も動きもせず騒がないのは、目の前の男と同じような翼をもつ女の子と、前もって接してきてしまったからだろうか。
けれど、まだ人間味のあった星叶と違い、男は完全に、この世の生物ではないと思わせる何かがあった。
「なんだ、もっと大きな反応を楽しみにしていたのに」
白い手袋をしている手を顎に添え、こちらを少し不満そうに見つめながら眉をひそめた。
そんなことを言われても、状態な私達を見て、相手も諦めたらしい。小さく息を吐いて、自分の胸元に手を当ててようやく笑みを見せた。
「遅くなったな。俺は金咲星叶の監視を対応している者だ。名前は無いから好きに呼べ」
「……もしかして、星叶が上司とか言っていた人?」
「え? そう呼んでたの? まあ間違いではないから、まあ良いか」
あの人の話に度々登場してきた上司とやらで、認識は大丈夫なようだ。そうか、彼女は彼と共に私を助けてくれたわけだ。
「えっと、色々とお世話になりました」
私が頭を下げれば、昴さんと那沙さんも続いて頭を下げる。そんな私達を見て、彼は変わらずに笑みを浮かべている。
「礼儀正しいな君達は。まあそこまで気にしないでくれ」
ははは、と人当たりのよさそうな、からっとした笑い声をこぼす。
にわかに相手が天使であるとは思いにくいのだけれど、それでも彼の背からずっと消えない純白の翼と、その人間離れしたおそろしい美貌は、やっぱりそうした相手なのだと本能が認識する。
私はこれまで、こんな摩訶不思議な美貌の青年を見たことがない。
「それより、罪ってどういうことですか?」
「そ、そうだ。それが気になっていたんです」
昴さんの問いかけに同意するように、思わず正座しながら、相手と向き合う。
「彼女は事故で亡くなったんですよね。それ以外に罪でも?」
「良いや? 彼女は、見た目こそ派手かもしれないが善良な人間だった。ただ、死ぬときに罪を背負ってしまったわけだ」
死ぬときに罪を背負ってしまった。
その言葉の意味を理解できない程、私達は彼女と共に居たわけではない。
彼女が私達の行動で、最初に、必死になって止めた行為。
「まさか」
「表向きでは事故死となっているが、事実は、金咲星叶は自ら道路に飛び込んだ自殺者だ」
全員が息を飲む。嫌な予感が的中した。それと同時に過る、友人と話した過去のこと。
暁音さんが話していた、幼馴染の亡くなったときの話。それと晶斗くんが心を痛めた理由の類似性。
暁音さん達の幼馴染の変貌、最初は些細だった。だんだんと一緒に居るのを避けられるようになり、最後に見た彼女の姿は、彼女たちが知っている強いものではなかった。そして彼女の弟である晶斗くん曰く『彼女はいじめられてるんじゃないか』という予想。それから暫くしたら、彼女は亡くなってしまった。
そしてこうとも言っていた『死因は事故死なんだけど、弟曰く飛び込んだように見えたって』と。
これは偶然だろうか。いや、そんな短期間に、似た死因が重なる確率の方が低いだろう。
「まさか」
私がぽつりと呟くと、昴さんと那沙さんが私の方へ顔を向ける。
「星叶の死が、晶斗くんの原因になるわけ?」
どうか、この推理が外れていてくれ。そんな願いを込めて拳を握りながらも口にしたが、真実とは残酷なものだ。
「その通り」
ぐ、と唇を噛みしめ、胸元に当たる部位の服を握りしめる。
小さく「星叶」と友人の名が口からこぼれた。
星叶が居なくなった後、昴さんがぽつりと呟いた。
那沙さんと共に彼の方に顔を向ければ、彼は考え込むように顎に指を添えて少々思考する。
考えが決まったのか、それとも話す決意が決まったのか、少ししてから浮かんだ疑問を口にする。
「そもそも、なんで金咲さんは、天使をやることになったんだろう」
その問いに、ぱちりと瞬く。何の違和感もなく、彼女を受け入れていたけれど、彼が疑問を口にして、謎の違和感が霞にまかれているような気分がする。
「そういえば、星叶ちゃんは交通事故で亡くなった高校生、なのよね」
「それに少し違和感があるんですよね」
「違和感?」
私が問えば、彼は小さく頷いた。
最初は何が違和感なのかと首を傾げたが、ふと学校で習った倫理の授業を思い出す。
そうか、死者の善人に括られる人は天国に、悪者は地獄に、と日本人の多くは言われて育ってきただろう。だが彼女は亡くなった後に天国に行くことは無く、天使として私達の前に現れた。
彼女は車に轢かれて亡くなったという。それは決して悪行と言われる部類ではなく、逆に無慈悲な出来事で、ルールを守っていたとすれば寧ろ被害者側である。
じゃあ生前に何か問題を起こしたのか。となれば、問答無用で地獄に落とされるかもしれない。
それなら、どうして彼女はこうして天使にされて試練を与えられた?
「そりゃあ、罪を抱えていたら、簡単には天国には行けないからさ」
昴さんとは別の男性の声がして、全員の体が固まる。油をささずにずっと放置されていたロボットのように、ぎこちなく、ゆっくりと声のした方に全員が顔を向けた。
真っ白な服一式を身に纏い、服と比例するように真っ白というよりは銀に近い髪色で、全体的に色素が薄いという印象。そして何より、背中には白くて大きく立派な翼が存在していた。
全員が突然の事に呆気にとられ言葉を失った。だが、変に大きな声も動きもせず騒がないのは、目の前の男と同じような翼をもつ女の子と、前もって接してきてしまったからだろうか。
けれど、まだ人間味のあった星叶と違い、男は完全に、この世の生物ではないと思わせる何かがあった。
「なんだ、もっと大きな反応を楽しみにしていたのに」
白い手袋をしている手を顎に添え、こちらを少し不満そうに見つめながら眉をひそめた。
そんなことを言われても、状態な私達を見て、相手も諦めたらしい。小さく息を吐いて、自分の胸元に手を当ててようやく笑みを見せた。
「遅くなったな。俺は金咲星叶の監視を対応している者だ。名前は無いから好きに呼べ」
「……もしかして、星叶が上司とか言っていた人?」
「え? そう呼んでたの? まあ間違いではないから、まあ良いか」
あの人の話に度々登場してきた上司とやらで、認識は大丈夫なようだ。そうか、彼女は彼と共に私を助けてくれたわけだ。
「えっと、色々とお世話になりました」
私が頭を下げれば、昴さんと那沙さんも続いて頭を下げる。そんな私達を見て、彼は変わらずに笑みを浮かべている。
「礼儀正しいな君達は。まあそこまで気にしないでくれ」
ははは、と人当たりのよさそうな、からっとした笑い声をこぼす。
にわかに相手が天使であるとは思いにくいのだけれど、それでも彼の背からずっと消えない純白の翼と、その人間離れしたおそろしい美貌は、やっぱりそうした相手なのだと本能が認識する。
私はこれまで、こんな摩訶不思議な美貌の青年を見たことがない。
「それより、罪ってどういうことですか?」
「そ、そうだ。それが気になっていたんです」
昴さんの問いかけに同意するように、思わず正座しながら、相手と向き合う。
「彼女は事故で亡くなったんですよね。それ以外に罪でも?」
「良いや? 彼女は、見た目こそ派手かもしれないが善良な人間だった。ただ、死ぬときに罪を背負ってしまったわけだ」
死ぬときに罪を背負ってしまった。
その言葉の意味を理解できない程、私達は彼女と共に居たわけではない。
彼女が私達の行動で、最初に、必死になって止めた行為。
「まさか」
「表向きでは事故死となっているが、事実は、金咲星叶は自ら道路に飛び込んだ自殺者だ」
全員が息を飲む。嫌な予感が的中した。それと同時に過る、友人と話した過去のこと。
暁音さんが話していた、幼馴染の亡くなったときの話。それと晶斗くんが心を痛めた理由の類似性。
暁音さん達の幼馴染の変貌、最初は些細だった。だんだんと一緒に居るのを避けられるようになり、最後に見た彼女の姿は、彼女たちが知っている強いものではなかった。そして彼女の弟である晶斗くん曰く『彼女はいじめられてるんじゃないか』という予想。それから暫くしたら、彼女は亡くなってしまった。
そしてこうとも言っていた『死因は事故死なんだけど、弟曰く飛び込んだように見えたって』と。
これは偶然だろうか。いや、そんな短期間に、似た死因が重なる確率の方が低いだろう。
「まさか」
私がぽつりと呟くと、昴さんと那沙さんが私の方へ顔を向ける。
「星叶の死が、晶斗くんの原因になるわけ?」
どうか、この推理が外れていてくれ。そんな願いを込めて拳を握りながらも口にしたが、真実とは残酷なものだ。
「その通り」
ぐ、と唇を噛みしめ、胸元に当たる部位の服を握りしめる。
小さく「星叶」と友人の名が口からこぼれた。