「最後に面倒くさい仕事を投げてきたな、君」
 三度目の帰還。白い空間に呼び戻された矢先に言われたのは、これ。
 お疲れさまも無かった。思わず目を細めてみれば私の意図も伝わったらしい、相手は頭を乱暴に掻いたかと思うと「まあお疲れ様だ」と言葉をよこした。
「仕方ないでしょ。あのままだったら、逆恨みされるかもしれない」
「それもそうなんだがな。まあ、頼まれた通りやったら面白くなったぞ」
 天使がニコニコと笑みを浮かべている。少し意地の悪い笑みで、容姿とまるで釣り合っていない。
 彼に頼んだことは、あの人が男に逆恨みをされるかもしれないから、彼女を守ってほしいという願いだった。
 最初はこの人も渋っていたが、見習いの課題対象であった善人が被害にあうのは天使としても、私の上司としても問題が大ありだったようで、しばらくは彼女とあの男を見張ってくれていたようだ。

「課題三の元彼だが、課題一の父親によって最初は謹慎、左遷となる予定だったんだが、なんてことか奴の家に違法薬物があることが判明してな」
 ははは! と笑いながら手を叩いて笑う。彼の笑いに思わず顔を顰めた。
 確かにあの時の男は正常とも思えない顔つきだったが、まさか薬物にも手を染めていたとは。もしかしたら、新しい彼女という人も、それに気付いて自ら離れたのかもしれない。
 結局その男は解雇、そして逮捕とまでつながったというわけだ。男の自業自得というか、なんというか。
「それなら良かった」
 今回担当した女性の、最初と最後の表情の変化が脳裏に過る。
 最初は、ずっとずっと笑みを浮かべている、よく分からない女だなと、正直思った。
 けれど関わっていくうちに、大人なのに、いや大人だからこそかもしれない、芯はあるくせに弱い人間なんだなと分かった。
 可愛いものが好きだと述べていた通り、彼女はいつだって自分も可愛くあろうとして、強くあろうと見えた。
 好きな物と虚勢、その二つが共存してしまって苦しんでいる女の人なんだろうなと。
 本当の愛を知らない、寂しい人。けれど、最終的には自分を大事に出来るように思える人達と出会った、愛を知った人。

「自分の記憶はないのに、他人事と思えなかったから」
「……そうか」
 私の呟きに、天使は穏やかで優しい笑みを浮かべた。その笑みは初めて見るもので、驚いて目を開く。彼の顔を凝視していれば、いつもの飄々としたものに変わって、どうしたのかと問うてきたので、何でもないと返事をする。


「さて、これで最後の課題となる」
 天使はそういって、彼曰く最後の課題の資料を手渡してくる。もう、最後までたどり着いたのか。
 実感は沸かない。
 最初は訳の分からないものに巻き込まれて、なんで私がと思ったが、ここまで関わってきた人達を見て、どんどんと胸が苦しくなっていくような気がして。記憶はないけれど、これは自分が本来持っていた感情なのかもしれない。
 最後の課題の相手は、私より年下の男子。髪の毛は金髪で、サラサラに切りそろえられた短髪。服装は、私と少し似ているようなブレザーの制服。相変わらず瞳に光がない。
 そんな対象者の名前を見て、小さく疑問の声をこぼす。
「あれ、水月って……」
「ああそうだ。お前の知っている水月家と思って貰って良い」
「あの姉妹の?」
 私が問いかければ天使は首を縦に振る。顎に指を添えて、眉に皺を寄せる。
 これは偶然、何だろうか。どうしていつも、この家庭が出てくるのだろうか。偶然という言葉では終わらせることは出来なさそう。
 よく考えれば、蛍の時もどうして水月暁音の傍にやったのか。昴は偶然なのか分からないけれど、バイト先をあそこに導いたのか。那沙は恋の相手を水月灯彩にしたのか。
 あの家族なら大丈夫だ、という認識がどこかにあった、ということなんだろうか。けれど、私はどうしてそう考えたんだろう。記憶は、天使によって取られていたはずなのに。
「……考えているところ悪いが、これで最後だ。頑張れよ」
「うん」
 少しだけ上の空で返事をして、ふと脳裏に過った疑問を口にする。
「ねえ、もしこの課題をこなせなかったら、私はどうなる?」
 私の疑問を聞いて、天使は一瞬だけ目を真ん丸に開き、そしてすぐに寂しそうな顔をする。
「そうだな。それは、もう無理だとか、もう嫌だと思った時に教える」
 今更過ぎるな、という思いと共に、今はもう動いていないはずの心臓が騒がしくなっていく気がする。
 これで最後。これが終わったら、私は願いを叶えてもらう。
「頑張ってくる」
 気合を込めて、最後の課題の主の元へ向かおうと、光の輪をくぐった。