「好きな人を考えて何かするって楽しいね。勝手でさ」
そんなことを自分が笑いながら口にする日が来るとは思わなかった。
可愛らしい彼女の姿が脳裏に過るたびに、心が浮ついて、少し興奮して、夢中になってそして疲れてしまう。だから、恋愛には手を出してはいけないと思っていたのに。まるで麻薬だ。
受験対策と表紙に書かれている参考書を、ぺらぺらとめくりながら、無意識に零れた言葉だったと思う。そんな私の姿を見て、星叶ちゃんは少し呆れつつも、笑い声をこぼした。
「はは、自己満足以上に楽しいことって、この世にあるのかな。ねえ」
物事を俯瞰したような言葉に、思わず頬杖をつき、先程までのお店の事を思い出す。
まさか、灯彩さんがあそこまで優しい人だとは思っていなかった。迷惑をかけた側が言える立場ではないが、だまされないかと心配になるくらいだ。
正直に言えば、灯彩さんに応えてほしい、という我儘までは持っていない。何をしてほしいとも口にすることもしない。ただ、あのようにして言葉にしてしまったのはきっと、許してほしかったから。好きで居るのを許してほしかったから。
こんな思いを自己満足、自分勝手と言わずになんというのだろう。
「どうやったら、自分を好きになれるんだろう」
私は昔から逃げ腰でダサくて、軸がブレブレで、自分が分からなくて。他人から見たら立派な大人になんてなれていないのだと思う。
あの子がやると「優しい」なのに、私がやると「良い子ぶってる」って言われた。
あの子がやると愛嬌なのに、私がやると「わざとでしょ」って笑われた。
皆「素直が一番」って言うのに、私が素を出すと陰口を言っていた。「真面目」か「ノリが悪い」か「気配り上手」か。すべてを求めようとする世界が嫌い。
「自分らしく生きて」が許されるのは、素が愛される性の人間だけで、私みたいな奴が自分らしく生きたところで、誰にも受け入れてもらえない、許されない。
私は世界から愛されていないかもしれない。そうして生きてきた。けれど、そんな私を好きだと言ってもらえた時は嬉しくて、だから過去に告白された時は大抵頷いてきた。生きるのを許される気がした。
それでも、日々、毎日、自分が生きている。それだけで、怒りが混み上がる。身体の奥底で、どうしようもない嫌悪感がある。
「ずっと、生きている自分が嫌いで」
「うん」
「だから、せめて他人は大切にしないと、優しい人でいないと許されないって」
ぽつり、ぽつりと、私の弱い部分をさらけ出すようにして話し出す。
両親に拒絶されたあの日から、異性と付き合っては暴言を吐かれ続けたあの日から、友人を作りたくても許してもらえないあの日から。人への嫌悪感と怒りが蓄積され、膨らんでいく。そんな自分に、更に嫌悪して、心が砕けていく。
けれど、私は怖がりだから。どんな時も笑って愛嬌を振りまくように。気持ち悪い感情を必死に隠すように、笑顔で蓋をして。
「だけど、少し、疲れちゃって」
ぽつり、と声が零れる。
「本当はね、星叶ちゃんに止められたあの日以外でも、何度も死のうと思ったことがある。実行はしなかったけれど、死にたいとずっと思っていた。死という存在が近くに存在するの。何かの選択肢を選ぶとき、必ず死という存在がある」
何をする? という選択肢には必ず、死というものがある。今までは、その死を選ばないで生きてきた。ただ、それだけで生きてきた。
星叶ちゃんはずっと、真剣に、真っ直ぐと私の言葉を聞いてくれる。受け入れてくれる。
「あのお店にいる人達は、本当に優しいよね。心が綺麗で」
「そうだね」
「星叶ちゃんだってそうだよ」
死を望んだ私の前に現れた天使見習いさん。彼女は偶に強引にも見えるけれど、私を必死に生かそうとしてくれる。
そりゃあ仕事だから、というのもあるかもしれないけれど、それでも彼女の心遣いや気持ちに嘘なんて感じることは無かった。
「今日の時だって、自分が本当に嫌になっちゃった。このまま死んでしまいたい、消えてしまいたいって」
目頭が熱くなってきた。唇をぎゅっと噛んで堪えて。それでも決して涙を見せない様に。顔を伏せているせいで、零れ出そうになるけれど、今、涙を見せることはできない気がした。
星叶ちゃんの顔は見れない。見たら、泣いてしまう気がした。
「灯彩さんに言われた、辛そうというの。他者から見ればそうなのかもしれない。汚い感情を表に出さない様に、必死に笑っているから、聡い人は気付くのかもしれない」
「……アンタは確かに、私の知りもしないアンタの敵に絶望して、苦しんで泣いていたけれど」
星叶ちゃんが私の横にやってきて腰かけた。ベッドのスプリングで、少しだけ互いが上下に揺れる。
「だけど、それって光が欲しくて泣いていたんでしょう?」
ゆっくりと冷たい手が顔に伸ばされてきて、目の下を軽くこする。彼女の指が少し湿っていたから、知らずのうちに涙がこぼれていたのだろうか。
「あの人につい思いを口にしたって言うけれど、知らずのうちに彼女に助けを求めていたんだろうね」
「許されたいから?」
「どうかな? でも、彼女ならって思いも、少しはあったんじゃない? アンタは、初めて他人に期待をした。それは大きな進歩だと思うよ」
どうなのだろうか。私の我儘を押し付けてしまっただけなんじゃないだろうか。それでも、星叶ちゃんの言う『彼女なら』という思いが、全く無かったというわけではない。縁を切られてもおかしくないけれど、彼女なら許してくれるかもしれないと、期待を抱いていたのだろう。
今までだったら、絶対に諦めていた。心を必死に隠して、相手が何かを言わない限り、自分は何も言わない。相手に何かを望まない、期待をしてはいけない。期待して裏切られた時に、一番傷つくのは自分だから。
「アンタは王子にも姫にもなれる。堂々と生きてやんなさい」
小さい頃から可愛いものが好きだった。己を可愛いで満たすのが好きだった。可愛いを見つけるのが好きだった。
きっと、この思いだけは嘘じゃない。誰かの為じゃない、己の為だけの大切な感情であり、思いだ。
「堂々としても許される?」
「許されるよ」
自分より年下のはずな天使の女の子は、まるで愛しいものを見つめるような目で私を見て、私の頭を撫でながら、ゆっくりと、そのまま彼女の膝に私の頭を乗せた。膝枕だ。何年ぶりだろう。いや、子供のころもしてもらったのか疑問だから、分からないなあ。
思わず、右手の小指を立てて、その手を眺める。
約束は怖い、裏切られるかもしれないから。約束が叶うとは限らないから。
それでも、あの人は私と約束をしてくれた。
「また可愛くしてあげるからさ。会いに行こうね」
「うん……」
安心と切なさ、それとこれは嬉しいという感情だろうか。沢山の思いが胸いっぱいに充満して、ボロボロと涙がこぼれた。
そんなことを自分が笑いながら口にする日が来るとは思わなかった。
可愛らしい彼女の姿が脳裏に過るたびに、心が浮ついて、少し興奮して、夢中になってそして疲れてしまう。だから、恋愛には手を出してはいけないと思っていたのに。まるで麻薬だ。
受験対策と表紙に書かれている参考書を、ぺらぺらとめくりながら、無意識に零れた言葉だったと思う。そんな私の姿を見て、星叶ちゃんは少し呆れつつも、笑い声をこぼした。
「はは、自己満足以上に楽しいことって、この世にあるのかな。ねえ」
物事を俯瞰したような言葉に、思わず頬杖をつき、先程までのお店の事を思い出す。
まさか、灯彩さんがあそこまで優しい人だとは思っていなかった。迷惑をかけた側が言える立場ではないが、だまされないかと心配になるくらいだ。
正直に言えば、灯彩さんに応えてほしい、という我儘までは持っていない。何をしてほしいとも口にすることもしない。ただ、あのようにして言葉にしてしまったのはきっと、許してほしかったから。好きで居るのを許してほしかったから。
こんな思いを自己満足、自分勝手と言わずになんというのだろう。
「どうやったら、自分を好きになれるんだろう」
私は昔から逃げ腰でダサくて、軸がブレブレで、自分が分からなくて。他人から見たら立派な大人になんてなれていないのだと思う。
あの子がやると「優しい」なのに、私がやると「良い子ぶってる」って言われた。
あの子がやると愛嬌なのに、私がやると「わざとでしょ」って笑われた。
皆「素直が一番」って言うのに、私が素を出すと陰口を言っていた。「真面目」か「ノリが悪い」か「気配り上手」か。すべてを求めようとする世界が嫌い。
「自分らしく生きて」が許されるのは、素が愛される性の人間だけで、私みたいな奴が自分らしく生きたところで、誰にも受け入れてもらえない、許されない。
私は世界から愛されていないかもしれない。そうして生きてきた。けれど、そんな私を好きだと言ってもらえた時は嬉しくて、だから過去に告白された時は大抵頷いてきた。生きるのを許される気がした。
それでも、日々、毎日、自分が生きている。それだけで、怒りが混み上がる。身体の奥底で、どうしようもない嫌悪感がある。
「ずっと、生きている自分が嫌いで」
「うん」
「だから、せめて他人は大切にしないと、優しい人でいないと許されないって」
ぽつり、ぽつりと、私の弱い部分をさらけ出すようにして話し出す。
両親に拒絶されたあの日から、異性と付き合っては暴言を吐かれ続けたあの日から、友人を作りたくても許してもらえないあの日から。人への嫌悪感と怒りが蓄積され、膨らんでいく。そんな自分に、更に嫌悪して、心が砕けていく。
けれど、私は怖がりだから。どんな時も笑って愛嬌を振りまくように。気持ち悪い感情を必死に隠すように、笑顔で蓋をして。
「だけど、少し、疲れちゃって」
ぽつり、と声が零れる。
「本当はね、星叶ちゃんに止められたあの日以外でも、何度も死のうと思ったことがある。実行はしなかったけれど、死にたいとずっと思っていた。死という存在が近くに存在するの。何かの選択肢を選ぶとき、必ず死という存在がある」
何をする? という選択肢には必ず、死というものがある。今までは、その死を選ばないで生きてきた。ただ、それだけで生きてきた。
星叶ちゃんはずっと、真剣に、真っ直ぐと私の言葉を聞いてくれる。受け入れてくれる。
「あのお店にいる人達は、本当に優しいよね。心が綺麗で」
「そうだね」
「星叶ちゃんだってそうだよ」
死を望んだ私の前に現れた天使見習いさん。彼女は偶に強引にも見えるけれど、私を必死に生かそうとしてくれる。
そりゃあ仕事だから、というのもあるかもしれないけれど、それでも彼女の心遣いや気持ちに嘘なんて感じることは無かった。
「今日の時だって、自分が本当に嫌になっちゃった。このまま死んでしまいたい、消えてしまいたいって」
目頭が熱くなってきた。唇をぎゅっと噛んで堪えて。それでも決して涙を見せない様に。顔を伏せているせいで、零れ出そうになるけれど、今、涙を見せることはできない気がした。
星叶ちゃんの顔は見れない。見たら、泣いてしまう気がした。
「灯彩さんに言われた、辛そうというの。他者から見ればそうなのかもしれない。汚い感情を表に出さない様に、必死に笑っているから、聡い人は気付くのかもしれない」
「……アンタは確かに、私の知りもしないアンタの敵に絶望して、苦しんで泣いていたけれど」
星叶ちゃんが私の横にやってきて腰かけた。ベッドのスプリングで、少しだけ互いが上下に揺れる。
「だけど、それって光が欲しくて泣いていたんでしょう?」
ゆっくりと冷たい手が顔に伸ばされてきて、目の下を軽くこする。彼女の指が少し湿っていたから、知らずのうちに涙がこぼれていたのだろうか。
「あの人につい思いを口にしたって言うけれど、知らずのうちに彼女に助けを求めていたんだろうね」
「許されたいから?」
「どうかな? でも、彼女ならって思いも、少しはあったんじゃない? アンタは、初めて他人に期待をした。それは大きな進歩だと思うよ」
どうなのだろうか。私の我儘を押し付けてしまっただけなんじゃないだろうか。それでも、星叶ちゃんの言う『彼女なら』という思いが、全く無かったというわけではない。縁を切られてもおかしくないけれど、彼女なら許してくれるかもしれないと、期待を抱いていたのだろう。
今までだったら、絶対に諦めていた。心を必死に隠して、相手が何かを言わない限り、自分は何も言わない。相手に何かを望まない、期待をしてはいけない。期待して裏切られた時に、一番傷つくのは自分だから。
「アンタは王子にも姫にもなれる。堂々と生きてやんなさい」
小さい頃から可愛いものが好きだった。己を可愛いで満たすのが好きだった。可愛いを見つけるのが好きだった。
きっと、この思いだけは嘘じゃない。誰かの為じゃない、己の為だけの大切な感情であり、思いだ。
「堂々としても許される?」
「許されるよ」
自分より年下のはずな天使の女の子は、まるで愛しいものを見つめるような目で私を見て、私の頭を撫でながら、ゆっくりと、そのまま彼女の膝に私の頭を乗せた。膝枕だ。何年ぶりだろう。いや、子供のころもしてもらったのか疑問だから、分からないなあ。
思わず、右手の小指を立てて、その手を眺める。
約束は怖い、裏切られるかもしれないから。約束が叶うとは限らないから。
それでも、あの人は私と約束をしてくれた。
「また可愛くしてあげるからさ。会いに行こうね」
「うん……」
安心と切なさ、それとこれは嬉しいという感情だろうか。沢山の思いが胸いっぱいに充満して、ボロボロと涙がこぼれた。