「やあやあおかえり! 一人目の課題クリアだな」
 胡散臭い笑みを浮かべながら片手を上げている奴の足元に向かって、先程まで課題の対象者だった彼女の資料が載っていた、はずの白紙の紙束を叩きつける。
「白紙になったけど」
「ああ、もう完了となったときに自動的にデータは消える。個人情報だからな」
「ハイテクなことで」
 地面に胡坐で腰かけて、組んでいる太ももに片膝を乗せて頬杖をつけば、みっともないぞと注意された。アンタは私の親か。そうツッコミを入れたいが、親より先に死んだであろう私では言えることではない。口を噤んだ。
「ていうか、何度も無理難題を頼んできてこっちも疲れたんだぞ」
「知るか。私の方が何倍も疲れたわ」
 初めて出会った時の彼女の顔が鮮明に思い出せる。この世の全てに絶望しているような、諦めているような、そんな顔。最初はちょっと腹が立った。アンタには心強い家族が居るのに、優秀な頭脳を持っているのに、それを卑下にして何を勝手に消えたがっているんだと。
 だけど、ずっと一緒に居て思った。だからこそ、彼女は消えたいと思うほど不安になってしまったんだろうな、なんて。頭が良いから、相手の様子を伺う術を手に入れた。知識があるから、余計なことに怖がってしまう。無知な方が幸せなこともあるとは、皮肉なものだ。
 彼女は最初から最後まで弱くて、それでいて良い人だったんだろう。天使が、彼女の死を惜しむくらいに。
「どうして良い人が苦しまないといけないの」
「それは、この世界が良い人を求めているからだろうな」
「あの子はこれからも良い子で居続けるのかな」
「友達として、最後まで隣で見守っていたかったか?」
 相手の言葉を聞いて、思わず地面を拳で力強く叩きつけた。
「うるさい! 勝手なこと言いやがって! 勝手なことさせやがって!」
「そうだな。君も、まだ子供なんだもんな」
「子ども扱いすんな!」
「悪かったなあ」
 やけになって思わず寝転がった。大の字だ。両腕両足を伸ばしてやる。またヤジが飛んでくるかもしれないが気にしてられない。
 私と同い年だったあの子の事を思い出して、何だか無性に胸が締め付けられるような感覚がした。心臓なんて存在していないはずなのに、悔しい。
 もし、もし私が生きていて、彼女にとって本当の友達になれたかもしれない。そんな未来もあったのかな。なんて、ありえないか。彼女の性格にとって私の姿は、第一印象を悪く取られそうだし。結局、こうした機会がなければ関係も結べなかったんだろうな。
「私も弱虫だったってことか」
「さて、未練引きずっているところ悪いが、次の課題を渡しても良いかい?」
 チッと鋭い舌打ちがこぼれた。感傷に浸っていたところだったのに。寝転がったままで居れば、天使が私の顔付近まで移動してきたらしい。手渡された資料を仕方なしに受け取る。
 二人目は、どうやら私より年上の男性のようだ。黒色で少し硬そうな髪質で、前髪は分けており額を見せている。今時の青年と言った感じの髪形だ。綺麗な身だしなみをしていて、両耳にシンプルなワンポイントピアスをしている。他人からも好意的に思われそうな顔つきだが、これまたあの子と同じように瞳に光がない。
 思わず眉間に皺を寄せていれば、天使がしゃがみこんで、私の肩を軽くたたいた。
「今回も期待しているぞ」
「仕方ない、か」
 一人課題をこなしたら、今更後にも引けない。残りもさっさとこなしていきたい。
 至極ゆっくりと起き上がってから、天使が用意した彼の元に向かう光の輪に向かって足を進めた。