もし生まれ変わりというものがこの世に存在しているというのなら、来世は猫が良い。
それも、きちんと私を愛してくれる飼い主の元に居る猫が良い。
野良猫のように自由気ままに町の中を歩いて、すれ違う人々に愛嬌を振りまいて、小さな町のアイドルになるのも良いけれど、やっぱり私は美味しいご飯が確実に与えられ、温かい寝床があり、かわいい、かわいい、と愛でてくれる家族が住む家猫が良い。
「だから人間になるのはちょっと……」
「マジで言ってる?」
ちょっと引き気味な表情で言っているのは、俗に言う天使の姿をした青年であった。
真っ白で大きな羽を背中に生やして、白一式の服装を見に包んで、優しそうな顔つきをしているが、私の言葉によってその美しい優しい表情は「理解できない」とばかりに歪んでいた。
青年は私の頭から足先まで何度か視線を動かしてから、再度「マジで?」と言って困惑の表情をしていた。
そもそも、どうして私が美人な天使と対面しているのか、そこから振り返っていこうと思う。
事の発端はこの見目麗しい天使さまからの一言だった。
「おめでとう! 君は天使見習いに選ばれました!」
パーン! と小さな破裂音が聞こえたかと思えば、こちらに向かって降ってくる色とりどりな紙テープと紙吹雪。
呆然と見上げている私の上に紙テープと紙きれがハラハラと何枚か降りかかった。
「はい?」
「いやあおめでとう! 君みたいな心優しい人こそ! 天使にはふさわしい!」
「いやだから待って待って……」
勝手に話を進めないでほしい。頭にかかって邪魔なテープを引っ張るようにして取るが、そもそもクラッカーの紙テープとは脆く、引っ張っている最中で千切れてしまった。
天使って本当に居るんだ……。ファンタジーのような物かと思っていたけど、こうして実在していたんだな。
見ただけで羽根は最高に触り心地良さそうで、ふわふわだ。今まで、鳥というものにあまり触れてきたことが無いから、鳥の羽根の柔らかさに詳しいわけではないけれど、きっと比べ物にならないだろう。
「すいません。本当に何を言っているのか訳分からないです……」
「だよな。それじゃあ、どこから説明しようか。君の状況から説明するとしようか?」
相手が私の方を指さしてくる。人を指さすな、と言いたくなったが我慢だ。
こくりと頷けば、彼はどこから取り出したのか、白いファイルをぺらぺらと捲り出した。
「名前は金咲星叶。髪を金色に染め、耳にピアスを付け、他者からギャルとかDQNとか言われているが、学業は優秀なのだから質が悪いな」
「貶してる?」
「その一方で、どんな人間にも分け隔てなく接することが出来る、優しい心根の持ち主。まさに人は見かけによらないものだな」
「褒めるなら最後まで褒めてよね」
はあ、と息を吐いてから彼の言う金髪頭を掻く。
「それより、私はどうしてここに?」
「ああ、すまない。記憶がないんだったな」
「そう! 何で記憶がないの!」
「話せば長くなるんだ」
彼は少しだけ嫌そうな顔をするが、私にとっては大事なことだ。睨みつけながら彼の胸ぐらをつかめば、相手は観念したように両手を上げる。
「現世への未練を断つように、見習いは記憶を消す決まりなんだ」
「なんて自分勝手」
小さく舌打ちしながら吐き捨てるように言い放ち、彼の胸元から手を離す。彼は咳払いをしてから仕切り直し、私の最期を説明する。
「簡潔に教えよう。君は信号が青に変わる一瞬前に渡ってしまい、車と衝突。そのまま死亡し、ここにやってきた」
「つまり、ここってあの世?」
「そんな感じ」
「ふーん、なんてあっけない死」
彼曰く、周りの声も聞こえていなかったのか静止の声も無視して、私は飛び出してしまったようだ。そして、そのまま私は車と衝突。当たり所でも悪かったのか、それとも出血多量なのか、まあそこまでは分からないけれど、死んでしまったと。成程ね。
車の運転手に申し訳ないことしたな。と反省すれば、相手は元々スピード違反だったし、更にひき逃げもやったらしい。懺悔を返せ。
「信号無視したから、もしかしてこうした課題をするの? やだー」
「まあそういうことにしておいてくれ。そこでさっき言った通りだ。君には天使見習いとして頑張ってもらう」
「嫌だ」
きっぱりと否定の言葉を口にした。
「死んだ身というのに、なんで働かないといけないの」
「むう、まあそれも一理あるが。簡単に言えば、生まれ変わりや天国へ行く為の試練だと思ってくれればいい」
「試練?」
「そう! 天使見習いとして課題をこなせば、君は天国へと行ける。そして生まれ変わりのチャンスも得られるんだ」
信号無視、せっかちって、そこまで罪が重いの?
「どうだい? 少しは興味出てきた?」
ということで、冒頭に戻るのである。
私は、来世は人間じゃなくて猫が良い。それもできればお金に余裕があって、だからこそ得られる生活水準が高くて、愛されるのが当たり前で、幸福度が高い猫に生まれ変わりたい。
「猫とか家畜って、生まれ変わりの中でも最下層の方なんだぞ」
「そうなの? 人間の方がレアなんだ」
「そうだ」
ふーん、と大して興味なさげに返事をすれば、目の前の天使は盛大な溜息を吐いた。
「あー……もう仕方がない。じゃあこうしよう。課題をすべてこなしたら、その願いをかなえてやる」
意気揚々と提案してきたのを聞いて、内心ガッツポーズを決めた。また人間になるのだけは、絶対に嫌だったから。
「分かりました、やります。それで、アンタの言う課題って?」
「よく聞いてくれたな。それはズバリ、人助けさ。まさに天使らしいだろう?」
人差し指を立てながら、にこにこと笑みを浮かべて言われて、思わず額に手を添えた。
やっぱり辞退しようかな。額に手を添えて、眉間に皺を寄せ、少しだけ天を仰ぎ見る。難易度、高いな。
「はあ……どういう人を助ければいいの」
「うん。君の担当は、自殺を希望している子達を救う事だ」
難易度爆上がりしすぎ。
私はカウンセラーでも何でもない、ただの女子高生だった。アンタ曰くDQNと言われていた女だぞ。そんな奴が、自殺願望者を助ける? 難しすぎるじゃん。
「今の日本という国は、自殺者の数が他国と比べると圧倒的だ。だけれど、自殺という行為は悪と考えられてしまっている。何故か分かるか?」
「あー、知ってる知ってる」
ユダヤ教、カトリック、イスラム教、ヒンドゥー教等、他にもある世界の宗教の多くが、伝統的に自殺を戒めている。その理由は、人間の命は原則的に神のものだという信仰に基づいているからだそうだ。
だからなのか、無宗教の国は自殺率が高いらしい。日本も無宗教、独特な仏教の人が多いからか、自殺を含めた生死に関する文化・社会通念にも、自殺を誘発しやすいベースがあると考えられているようだ。
元々、腹切りだとか、己の死で罪を償う、という文化もあった国だ。よく考えれば、中々に恐ろしい国で育ったものである。
私の話を聞いた天使は頷いて、よく知っているなと感心していた。
「だけど、その道を選んだ数々の人は、心が綺麗な人が多い! 本人は悪くないのに、その道を選んで命を絶ってしまう。勿体無い。本当に残念だ。なのに悪だなんだと言われるのは悲しいことだろう? ということで、自殺者にチャンスを与える。これが事の流れだ」
「チャンス?」
「そう、自殺者は地獄に落とされてしまうからなあ」
悲しげな表情で頷く天使さん。
誰しも、生きている上で一度は考えたことがあるはずだ。天国や地獄など。
良いことをすれば天国。悪いことをすれば地獄。だから良い人で居なさい。そうして育った人だっているだろう。私だってそうだ。特別宗教心があったわけではないが、そういうものだろうと思って生きてきた。
「そうした本当は心が綺麗な人々を地獄に行かせないために、命を助けるって事?」
「そういうことだ。いやあ、流石だな理解が早い!」
ばしんばしん、と肩を勢い良く叩かれてしまった。地味に痛いので止めてほしい。
けれど、そんな大役、私に出来るだろうか。何度も言うが、私の見た目は、そうした心に辿り着いた人にとっては近寄りがたい存在かもしれない。出会ったとしても、話を聞いてもらえない可能性だってあるだろう。それに、そんな簡単に止められたら、世の中の精神科医、心療内科医、カウンセラーなど必要ない。
だが、この課題をこなせないと、私の来世への希望が断たれてしまう。それは些か心苦しい。
それに、そうした人々に少しでも手を貸せるのなら、生前何もできなかったであろう私でも、何か恩でも返せるかもしれない。
「じゃあ、頑張ってみるよ」
「お、決まったんだな」
「うん。でも、期待しないでよ」
「なに、君なら大丈夫さ。寧ろ、君なら願いを叶えるために尽力を尽くすだろう」
それは否めない。今の私は、完璧に、ニンジンを目の前にぶら下げられた馬の状態だ。目の前の天使の思惑通りだ。
多少悔しい思いはあるが、仕方がない。一度死んだ身である私が、天使に逆らうことなど、最初からできないと決まっているような物なのだから。
「じゃあ、最初の課題はこの紙に書いてある。頑張ってくれ」
天使から紙の束を手渡された。レジュメみたいなものだろうか。パラパラと捲ってみれば、最初の課題は私と大して歳の変わらない女子高生のようだ。
烏の濡れ羽色、という言葉の通りの綺麗でサラサラなロングヘア―。けれど前髪も長く重いせいで、表情が少し読み取りづらい。だが、前髪から微かに見える瞳には、生気と言われるような、光が全く見えない。
「移動はそこのゲートを使ってくれ。課題が終わったら迎えに行くからな」
「え? 一人だけでやるの?」
「当然だろう? まあ頑張ってくれよ!」
後出し野郎。小さく舌打ちをすれば、天使見習いがそんな顔をするなと頬を引っ張られてしまった。再度舌打ちが零れた。
「はいはい、分かりましたよ頑張ります」
「応援しているぞ」
にこにこと満面の笑みを浮かべている彼を睨みつけるようにジトリと目を向ければ、手を振られるだけだった。
それも、きちんと私を愛してくれる飼い主の元に居る猫が良い。
野良猫のように自由気ままに町の中を歩いて、すれ違う人々に愛嬌を振りまいて、小さな町のアイドルになるのも良いけれど、やっぱり私は美味しいご飯が確実に与えられ、温かい寝床があり、かわいい、かわいい、と愛でてくれる家族が住む家猫が良い。
「だから人間になるのはちょっと……」
「マジで言ってる?」
ちょっと引き気味な表情で言っているのは、俗に言う天使の姿をした青年であった。
真っ白で大きな羽を背中に生やして、白一式の服装を見に包んで、優しそうな顔つきをしているが、私の言葉によってその美しい優しい表情は「理解できない」とばかりに歪んでいた。
青年は私の頭から足先まで何度か視線を動かしてから、再度「マジで?」と言って困惑の表情をしていた。
そもそも、どうして私が美人な天使と対面しているのか、そこから振り返っていこうと思う。
事の発端はこの見目麗しい天使さまからの一言だった。
「おめでとう! 君は天使見習いに選ばれました!」
パーン! と小さな破裂音が聞こえたかと思えば、こちらに向かって降ってくる色とりどりな紙テープと紙吹雪。
呆然と見上げている私の上に紙テープと紙きれがハラハラと何枚か降りかかった。
「はい?」
「いやあおめでとう! 君みたいな心優しい人こそ! 天使にはふさわしい!」
「いやだから待って待って……」
勝手に話を進めないでほしい。頭にかかって邪魔なテープを引っ張るようにして取るが、そもそもクラッカーの紙テープとは脆く、引っ張っている最中で千切れてしまった。
天使って本当に居るんだ……。ファンタジーのような物かと思っていたけど、こうして実在していたんだな。
見ただけで羽根は最高に触り心地良さそうで、ふわふわだ。今まで、鳥というものにあまり触れてきたことが無いから、鳥の羽根の柔らかさに詳しいわけではないけれど、きっと比べ物にならないだろう。
「すいません。本当に何を言っているのか訳分からないです……」
「だよな。それじゃあ、どこから説明しようか。君の状況から説明するとしようか?」
相手が私の方を指さしてくる。人を指さすな、と言いたくなったが我慢だ。
こくりと頷けば、彼はどこから取り出したのか、白いファイルをぺらぺらと捲り出した。
「名前は金咲星叶。髪を金色に染め、耳にピアスを付け、他者からギャルとかDQNとか言われているが、学業は優秀なのだから質が悪いな」
「貶してる?」
「その一方で、どんな人間にも分け隔てなく接することが出来る、優しい心根の持ち主。まさに人は見かけによらないものだな」
「褒めるなら最後まで褒めてよね」
はあ、と息を吐いてから彼の言う金髪頭を掻く。
「それより、私はどうしてここに?」
「ああ、すまない。記憶がないんだったな」
「そう! 何で記憶がないの!」
「話せば長くなるんだ」
彼は少しだけ嫌そうな顔をするが、私にとっては大事なことだ。睨みつけながら彼の胸ぐらをつかめば、相手は観念したように両手を上げる。
「現世への未練を断つように、見習いは記憶を消す決まりなんだ」
「なんて自分勝手」
小さく舌打ちしながら吐き捨てるように言い放ち、彼の胸元から手を離す。彼は咳払いをしてから仕切り直し、私の最期を説明する。
「簡潔に教えよう。君は信号が青に変わる一瞬前に渡ってしまい、車と衝突。そのまま死亡し、ここにやってきた」
「つまり、ここってあの世?」
「そんな感じ」
「ふーん、なんてあっけない死」
彼曰く、周りの声も聞こえていなかったのか静止の声も無視して、私は飛び出してしまったようだ。そして、そのまま私は車と衝突。当たり所でも悪かったのか、それとも出血多量なのか、まあそこまでは分からないけれど、死んでしまったと。成程ね。
車の運転手に申し訳ないことしたな。と反省すれば、相手は元々スピード違反だったし、更にひき逃げもやったらしい。懺悔を返せ。
「信号無視したから、もしかしてこうした課題をするの? やだー」
「まあそういうことにしておいてくれ。そこでさっき言った通りだ。君には天使見習いとして頑張ってもらう」
「嫌だ」
きっぱりと否定の言葉を口にした。
「死んだ身というのに、なんで働かないといけないの」
「むう、まあそれも一理あるが。簡単に言えば、生まれ変わりや天国へ行く為の試練だと思ってくれればいい」
「試練?」
「そう! 天使見習いとして課題をこなせば、君は天国へと行ける。そして生まれ変わりのチャンスも得られるんだ」
信号無視、せっかちって、そこまで罪が重いの?
「どうだい? 少しは興味出てきた?」
ということで、冒頭に戻るのである。
私は、来世は人間じゃなくて猫が良い。それもできればお金に余裕があって、だからこそ得られる生活水準が高くて、愛されるのが当たり前で、幸福度が高い猫に生まれ変わりたい。
「猫とか家畜って、生まれ変わりの中でも最下層の方なんだぞ」
「そうなの? 人間の方がレアなんだ」
「そうだ」
ふーん、と大して興味なさげに返事をすれば、目の前の天使は盛大な溜息を吐いた。
「あー……もう仕方がない。じゃあこうしよう。課題をすべてこなしたら、その願いをかなえてやる」
意気揚々と提案してきたのを聞いて、内心ガッツポーズを決めた。また人間になるのだけは、絶対に嫌だったから。
「分かりました、やります。それで、アンタの言う課題って?」
「よく聞いてくれたな。それはズバリ、人助けさ。まさに天使らしいだろう?」
人差し指を立てながら、にこにこと笑みを浮かべて言われて、思わず額に手を添えた。
やっぱり辞退しようかな。額に手を添えて、眉間に皺を寄せ、少しだけ天を仰ぎ見る。難易度、高いな。
「はあ……どういう人を助ければいいの」
「うん。君の担当は、自殺を希望している子達を救う事だ」
難易度爆上がりしすぎ。
私はカウンセラーでも何でもない、ただの女子高生だった。アンタ曰くDQNと言われていた女だぞ。そんな奴が、自殺願望者を助ける? 難しすぎるじゃん。
「今の日本という国は、自殺者の数が他国と比べると圧倒的だ。だけれど、自殺という行為は悪と考えられてしまっている。何故か分かるか?」
「あー、知ってる知ってる」
ユダヤ教、カトリック、イスラム教、ヒンドゥー教等、他にもある世界の宗教の多くが、伝統的に自殺を戒めている。その理由は、人間の命は原則的に神のものだという信仰に基づいているからだそうだ。
だからなのか、無宗教の国は自殺率が高いらしい。日本も無宗教、独特な仏教の人が多いからか、自殺を含めた生死に関する文化・社会通念にも、自殺を誘発しやすいベースがあると考えられているようだ。
元々、腹切りだとか、己の死で罪を償う、という文化もあった国だ。よく考えれば、中々に恐ろしい国で育ったものである。
私の話を聞いた天使は頷いて、よく知っているなと感心していた。
「だけど、その道を選んだ数々の人は、心が綺麗な人が多い! 本人は悪くないのに、その道を選んで命を絶ってしまう。勿体無い。本当に残念だ。なのに悪だなんだと言われるのは悲しいことだろう? ということで、自殺者にチャンスを与える。これが事の流れだ」
「チャンス?」
「そう、自殺者は地獄に落とされてしまうからなあ」
悲しげな表情で頷く天使さん。
誰しも、生きている上で一度は考えたことがあるはずだ。天国や地獄など。
良いことをすれば天国。悪いことをすれば地獄。だから良い人で居なさい。そうして育った人だっているだろう。私だってそうだ。特別宗教心があったわけではないが、そういうものだろうと思って生きてきた。
「そうした本当は心が綺麗な人々を地獄に行かせないために、命を助けるって事?」
「そういうことだ。いやあ、流石だな理解が早い!」
ばしんばしん、と肩を勢い良く叩かれてしまった。地味に痛いので止めてほしい。
けれど、そんな大役、私に出来るだろうか。何度も言うが、私の見た目は、そうした心に辿り着いた人にとっては近寄りがたい存在かもしれない。出会ったとしても、話を聞いてもらえない可能性だってあるだろう。それに、そんな簡単に止められたら、世の中の精神科医、心療内科医、カウンセラーなど必要ない。
だが、この課題をこなせないと、私の来世への希望が断たれてしまう。それは些か心苦しい。
それに、そうした人々に少しでも手を貸せるのなら、生前何もできなかったであろう私でも、何か恩でも返せるかもしれない。
「じゃあ、頑張ってみるよ」
「お、決まったんだな」
「うん。でも、期待しないでよ」
「なに、君なら大丈夫さ。寧ろ、君なら願いを叶えるために尽力を尽くすだろう」
それは否めない。今の私は、完璧に、ニンジンを目の前にぶら下げられた馬の状態だ。目の前の天使の思惑通りだ。
多少悔しい思いはあるが、仕方がない。一度死んだ身である私が、天使に逆らうことなど、最初からできないと決まっているような物なのだから。
「じゃあ、最初の課題はこの紙に書いてある。頑張ってくれ」
天使から紙の束を手渡された。レジュメみたいなものだろうか。パラパラと捲ってみれば、最初の課題は私と大して歳の変わらない女子高生のようだ。
烏の濡れ羽色、という言葉の通りの綺麗でサラサラなロングヘア―。けれど前髪も長く重いせいで、表情が少し読み取りづらい。だが、前髪から微かに見える瞳には、生気と言われるような、光が全く見えない。
「移動はそこのゲートを使ってくれ。課題が終わったら迎えに行くからな」
「え? 一人だけでやるの?」
「当然だろう? まあ頑張ってくれよ!」
後出し野郎。小さく舌打ちをすれば、天使見習いがそんな顔をするなと頬を引っ張られてしまった。再度舌打ちが零れた。
「はいはい、分かりましたよ頑張ります」
「応援しているぞ」
にこにこと満面の笑みを浮かべている彼を睨みつけるようにジトリと目を向ければ、手を振られるだけだった。