──Date.5853.1.6
こんな世界だ。牢獄などの収容施設は勿論ある。
しかしそれは『都市』での話。
資源の豊富な場所にはやはり悪人も多く、そのために大規模な収監所や裁判所があるのだ。
また、公的施設もそういった場所に依存する場合が多い。
だが、『都市』とはかけ離れたこの地域に在るものといえば、廃墟に付属していた地下牢獄くらいだろう。
それでも、一人の少年を収容するくらいには、それは十分な代物だった。
(あー……いつからここにいるんだっけか)
色の無い、檻に囲まれたこの空間では、時間感覚が狂うのも無理ないだろう。
また、いつも着けている『仮面』は、檻の外にある物置に置かれていた。
(というか──)
酷く腹が減っている。
当然だ。ここ最近、何も口にしてないのだから。
ギュルルと腹が鳴る度、体に力が入らなくなっていく。
急速に酷くなっていく空腹感を堪えながら、記憶を辿った。
(えっと、ガキを襲って、止められて……)
そこまで思い出したのだが、これ以上は駄目だと思い、目を瞑る。
ぶらんと下がった腕には、鈍重そうな手枷が。
動きが制限されて何とも煩わしい。
頭を休ませながら考えていると、一つの疑問が浮かんできた。
(あれ? なんで俺は殺されてないんだ?)
自分は堕武者である。人を喰らう化け物だ。
だが何故、今自分は死んでないのだろうか。
何故ここに連れていったのだろうか。
薄く目を開けると、焦点の合わない虚ろな視界に、一人の男が映った。
(……!!)
中年の男だ。
石壁に寄り掛かって、こちらの表情を伺っているようだった。
(いや、それよりも)
少年は確信した。
自分を倒したのはこの男だと。
目こそ閉じていたが、それでも五感が研ぎ澄まされている堕武者でも気取れなかったのだ。
少年が男を警戒していると、その男は無精髭の生えた顎をさすりながら、口を開いた。
「気分はどうだい?」
勿論、最悪である。
少年はそう言って、手枷をジャラジャラと揺らす。
それを見て男は口を押さえて笑った。
「そうだろうな。俺なんて、ここに居るだけで吐いちまうよ」
男は言い、手を口から腹へと移動させ、『嘔吐』のポーズを作った。
存外、愉快な男である。
調子が狂う少年だったが、男に一つ、ずっと気になっていた疑問を投げる。
「お前は、俺に何をさせたい?」
すると、男は説明を始めた。
「まあ待てよ、自己紹介がまだだ。
俺の名は滝南ゴウト。
お前さんの名前は知ってるぞ、咲間マヒロってんだろ?」
その前に、自己紹介をされた。
名を当てられ、少年──マヒロは眉をひそめる。
名前を知っているということは、事前に調べていたということ。
彼は、何かマヒロに言いたいことがあるのか。
「そんでだな、マヒロ君よ。
俺達は別にお前を殺したいと思っていない。
なんなら、協力したいと思っているんだ」
先程の笑いは消え失せ、真剣な眼差しでゴウトは言った。
「……?」
「ほら、お前が襲ったガキがいたろ? あいつ、堕武者に狙われてるんだよねー。
だから、同じく堕武者に狙われているお前に影武者──まあ、護衛をして欲しいわけよ」
つまりは、『少女を守れ』ということだろう。
まさか、そこまで調べられているとは。
マヒロは堕武者だが、堕武者界を追放された身だった。
一体何処から、その情報を得たのか。
「……嫌だ、と言ったら?」
ゴウトはその言葉に笑って答える。
「なら、今ここで殺すしかねェな」
やはり、というべきか。
ここはもう、乗るしかない。
「やってやるよ、ガキの影武者」
もう、日は登りかけていた。
こんな世界だ。牢獄などの収容施設は勿論ある。
しかしそれは『都市』での話。
資源の豊富な場所にはやはり悪人も多く、そのために大規模な収監所や裁判所があるのだ。
また、公的施設もそういった場所に依存する場合が多い。
だが、『都市』とはかけ離れたこの地域に在るものといえば、廃墟に付属していた地下牢獄くらいだろう。
それでも、一人の少年を収容するくらいには、それは十分な代物だった。
(あー……いつからここにいるんだっけか)
色の無い、檻に囲まれたこの空間では、時間感覚が狂うのも無理ないだろう。
また、いつも着けている『仮面』は、檻の外にある物置に置かれていた。
(というか──)
酷く腹が減っている。
当然だ。ここ最近、何も口にしてないのだから。
ギュルルと腹が鳴る度、体に力が入らなくなっていく。
急速に酷くなっていく空腹感を堪えながら、記憶を辿った。
(えっと、ガキを襲って、止められて……)
そこまで思い出したのだが、これ以上は駄目だと思い、目を瞑る。
ぶらんと下がった腕には、鈍重そうな手枷が。
動きが制限されて何とも煩わしい。
頭を休ませながら考えていると、一つの疑問が浮かんできた。
(あれ? なんで俺は殺されてないんだ?)
自分は堕武者である。人を喰らう化け物だ。
だが何故、今自分は死んでないのだろうか。
何故ここに連れていったのだろうか。
薄く目を開けると、焦点の合わない虚ろな視界に、一人の男が映った。
(……!!)
中年の男だ。
石壁に寄り掛かって、こちらの表情を伺っているようだった。
(いや、それよりも)
少年は確信した。
自分を倒したのはこの男だと。
目こそ閉じていたが、それでも五感が研ぎ澄まされている堕武者でも気取れなかったのだ。
少年が男を警戒していると、その男は無精髭の生えた顎をさすりながら、口を開いた。
「気分はどうだい?」
勿論、最悪である。
少年はそう言って、手枷をジャラジャラと揺らす。
それを見て男は口を押さえて笑った。
「そうだろうな。俺なんて、ここに居るだけで吐いちまうよ」
男は言い、手を口から腹へと移動させ、『嘔吐』のポーズを作った。
存外、愉快な男である。
調子が狂う少年だったが、男に一つ、ずっと気になっていた疑問を投げる。
「お前は、俺に何をさせたい?」
すると、男は説明を始めた。
「まあ待てよ、自己紹介がまだだ。
俺の名は滝南ゴウト。
お前さんの名前は知ってるぞ、咲間マヒロってんだろ?」
その前に、自己紹介をされた。
名を当てられ、少年──マヒロは眉をひそめる。
名前を知っているということは、事前に調べていたということ。
彼は、何かマヒロに言いたいことがあるのか。
「そんでだな、マヒロ君よ。
俺達は別にお前を殺したいと思っていない。
なんなら、協力したいと思っているんだ」
先程の笑いは消え失せ、真剣な眼差しでゴウトは言った。
「……?」
「ほら、お前が襲ったガキがいたろ? あいつ、堕武者に狙われてるんだよねー。
だから、同じく堕武者に狙われているお前に影武者──まあ、護衛をして欲しいわけよ」
つまりは、『少女を守れ』ということだろう。
まさか、そこまで調べられているとは。
マヒロは堕武者だが、堕武者界を追放された身だった。
一体何処から、その情報を得たのか。
「……嫌だ、と言ったら?」
ゴウトはその言葉に笑って答える。
「なら、今ここで殺すしかねェな」
やはり、というべきか。
ここはもう、乗るしかない。
「やってやるよ、ガキの影武者」
もう、日は登りかけていた。