──Date.5837.12.24

その日は赤い月の夜だった。
月光は頬を赫く染め、月を見つめる瞳は溶岩のように鈍く輝いていた。
視線を下に戻すと、そこには血の海に沈む、戦友達の姿があった。
乾いた地面は血を吸って湿り、赤黒い斑点を作っていた。
その中に、自分が探していた人は居た。
彼は愛しき人の亡骸の腕の中に居る小さな赤子をゆっくりと抱き上げた。
すやすやと、気持ちよさげに寝ている。
返り血で顔を濡らし、いまにも崩れそうな命だが、一生懸命に呼吸している。
この子だけは死なせてはならない。
そう思いながら、その赤子を優しく抱きしめた。
その時、ふと誰かの声が、
背後から聞こえた。
「赤い月、か。実に懐かしいねぇ」
奴は、いつの間にかそこに立っていた。
気配も何も感じなかったのだ。
年の頃は二十代半ばくらいだろうか。
長身痩躯の男だ。
全身を覆う漆黒のローブに、顔を隠すように深く被ったフード。
その奥に見える鋭い眼光はこちらを睨みながら、男は気色の悪い笑みを浮かべている。
まるで、これから起こることを楽しみに待っているかのように。
御馳走を目の前にした子供のように。
「大丈夫か」
横から、仮面を着けた老人が、シャリンと服に付けた鈴を静かに鳴らしながら出てきて言った。
「……この子を頼みます」
彼は、腕の中の子を老人に預ける。
老人は頷いた後、鈴を鳴らしたと思えば、もうそこに老人の姿は無かった。
すると、男は少し驚いた様子を見せた後、口元に手を当ててクツクツと笑い始めた。
「二人で来ればいいものを……」
男は眼をギラリと光らせる。
それはまるで、獲物を定めた獣の目だ。
そして、奴は彼の方へ歩み寄る。
一歩、一歩、また一歩。
少しずつ距離を詰めてくる。
しかし、彼は動こうとはしない。
ただ、奴の方へと向き直っているだけだ。
やがて、奴は男の目の前で立ち止まった。
「……何故?」
その言葉は、奴が発したものだった。
何に対しての言葉なのかは分からない。
けれど、何故かそれが自分に向けられたものだということは何となく分かった。
だから、答えようとする。
だが、声が出なかった。
出ているはずの言葉は音にならないまま、虚空に散り散りとなって消えていく。
ただ、この言葉を言おうとしただけで。
──希望はある、と。
それを聞いた途端、男の顔から先程の気味の悪い笑顔が消えた。
そして、次に出てきた表情を見て、彼は思わず息を飲む。
悲哀に満ちた、辛そうな顔だった。
初めて見る彼のそんな姿に動揺する。
だが、それも一瞬のことだった。
次の瞬間、ぐしゃりと何かが潰れる音が聞こえ、直後に彼の視界は闇に染まる。
ただ、赤い月だけがその瞬間を眺めていた。