6月18日。
メモ片手にキャリーケースに荷物を詰めていく。
一色はN県には行ったことがなく、あちらの気候がどのようなものか予想しかできなかった。
山地だ。やはりここよりは涼しいのだろうが、何があるかわからない。
彼は事務所に居る時も、調査中もフォーマルなスーツを着込むが、今回は動きやすいものを選んだ。
浮気調査の仕事があったがそれを片付け、明日からは臨時休業の札を出すことにした。
謎解きというのだから、やはりいくつかお遊びがあるんだろうと思ってトランプと折りたたみ式のチェスセットを中のポケットにしまう。
メモの内容と入れた物のチェックをして、抜かりがなかったのでファスナーをぐるっと閉めた。
旅行など久しぶりで、修学旅行前の中学生のように少し浮ついていた。
運転などしないで、高速バスで楽して直行することも決めた。
たまには贅沢しても構わないと思い、駅で弁当も買うつもりでいる。
「一人暮らしでよかった、飼い猫なんて居たらこう旅行もできない。」
一色は窓辺の多肉植物を眺めて呟いた。
少年Xもここに住みついて、出張中の留守を頼むこともしばしばあったが、今の彼にそこまで信頼できる人間は存在しなかった。
遠い目でいまだ鮮やかに呼び覚ませられる記憶に、思いを馳せた。
溜め息を吐いて、部屋を見渡す。
少年は元気で居るだろうか、食い扶持には困ってないだろうか。
喧嘩が好きで、よく暴れたものだ。今は無駄にやり合ったりしてないだろうか。
少しは大人になったのか。
親のような心配ばかりが頭を過った。が、彼にどうもできない。
少年は、もうここには居ない。
さて、とベッドに腰掛けスマートフォンを開いた。
N県の明日の天候を調べる。
気温はそこまで上がるわけではないが、晴れるそうだった。
目覚ましが鳴ることを確認して、充電器に刺し、ベッドに潜り込んだ。
修学旅行前の中学生と違うところをあげるとするならば、いくら楽しみでも寝ないと体が持たないということだった。
…聞こえたのはいつもの音だった。
目覚ましのサウンドがする。
昨日就寝前に見たのを覚えている。
ぼやぼや夜のことを思い出しながら、ぽりぽり頭をかいた。
ナマケモノのようにゆっくり上体を起こし、気持ちよくあくびをする。
雨戸の隙間から微かに夜の闇より少し明るい光が、一色に朝の挨拶をした。
いつもより少し早い時間だが、これでいい。
今回は昼までに目的地にまで着かなければならない、それなりの早起きが必要だった。
独り言ひとつ溢さず、無言で部屋を出て洗面所に直行する。
寝ぼけていたので、キンキンの冷水を蛇口から出してしまい、冷たさにびくっと手を震わせた。
適正温度に直して、顔を洗い、歯を磨く。
外から微かに鳥の鳴き声がする。
ピチピチ、これを愛らしいとか綺麗だとか言う者もいるだろうが、今の彼にとっては邪魔っ気なだけだった。
朝食はバスの中で弁当を食べる。ので、コーヒーだけ口にしてあとは身支度をした。
いくらかカジュアルなスーツに身を包み、髭や髪を整える。
決して浮かれているのではない、これは仕事。
またこの事務所を利用していただけるよう、第一印象となる見た目には細心の気遣いが必要だ。
一通り終わるとキャリーケースを部屋から玄関先まで引いていき、いつも使うバッグの用意をした。
それを片手に、戸締りや元栓の確認を済ませ、多肉植物に少し水をやって扉を閉じる。
「この家を守ってくれよ。」
よろしくなと言い残し、鍵を閉めて自分の部屋を後にした。
さて楽しい旅行…
いえ、きっちりかっちりお仕事に行って参ります。
メモ片手にキャリーケースに荷物を詰めていく。
一色はN県には行ったことがなく、あちらの気候がどのようなものか予想しかできなかった。
山地だ。やはりここよりは涼しいのだろうが、何があるかわからない。
彼は事務所に居る時も、調査中もフォーマルなスーツを着込むが、今回は動きやすいものを選んだ。
浮気調査の仕事があったがそれを片付け、明日からは臨時休業の札を出すことにした。
謎解きというのだから、やはりいくつかお遊びがあるんだろうと思ってトランプと折りたたみ式のチェスセットを中のポケットにしまう。
メモの内容と入れた物のチェックをして、抜かりがなかったのでファスナーをぐるっと閉めた。
旅行など久しぶりで、修学旅行前の中学生のように少し浮ついていた。
運転などしないで、高速バスで楽して直行することも決めた。
たまには贅沢しても構わないと思い、駅で弁当も買うつもりでいる。
「一人暮らしでよかった、飼い猫なんて居たらこう旅行もできない。」
一色は窓辺の多肉植物を眺めて呟いた。
少年Xもここに住みついて、出張中の留守を頼むこともしばしばあったが、今の彼にそこまで信頼できる人間は存在しなかった。
遠い目でいまだ鮮やかに呼び覚ませられる記憶に、思いを馳せた。
溜め息を吐いて、部屋を見渡す。
少年は元気で居るだろうか、食い扶持には困ってないだろうか。
喧嘩が好きで、よく暴れたものだ。今は無駄にやり合ったりしてないだろうか。
少しは大人になったのか。
親のような心配ばかりが頭を過った。が、彼にどうもできない。
少年は、もうここには居ない。
さて、とベッドに腰掛けスマートフォンを開いた。
N県の明日の天候を調べる。
気温はそこまで上がるわけではないが、晴れるそうだった。
目覚ましが鳴ることを確認して、充電器に刺し、ベッドに潜り込んだ。
修学旅行前の中学生と違うところをあげるとするならば、いくら楽しみでも寝ないと体が持たないということだった。
…聞こえたのはいつもの音だった。
目覚ましのサウンドがする。
昨日就寝前に見たのを覚えている。
ぼやぼや夜のことを思い出しながら、ぽりぽり頭をかいた。
ナマケモノのようにゆっくり上体を起こし、気持ちよくあくびをする。
雨戸の隙間から微かに夜の闇より少し明るい光が、一色に朝の挨拶をした。
いつもより少し早い時間だが、これでいい。
今回は昼までに目的地にまで着かなければならない、それなりの早起きが必要だった。
独り言ひとつ溢さず、無言で部屋を出て洗面所に直行する。
寝ぼけていたので、キンキンの冷水を蛇口から出してしまい、冷たさにびくっと手を震わせた。
適正温度に直して、顔を洗い、歯を磨く。
外から微かに鳥の鳴き声がする。
ピチピチ、これを愛らしいとか綺麗だとか言う者もいるだろうが、今の彼にとっては邪魔っ気なだけだった。
朝食はバスの中で弁当を食べる。ので、コーヒーだけ口にしてあとは身支度をした。
いくらかカジュアルなスーツに身を包み、髭や髪を整える。
決して浮かれているのではない、これは仕事。
またこの事務所を利用していただけるよう、第一印象となる見た目には細心の気遣いが必要だ。
一通り終わるとキャリーケースを部屋から玄関先まで引いていき、いつも使うバッグの用意をした。
それを片手に、戸締りや元栓の確認を済ませ、多肉植物に少し水をやって扉を閉じる。
「この家を守ってくれよ。」
よろしくなと言い残し、鍵を閉めて自分の部屋を後にした。
さて楽しい旅行…
いえ、きっちりかっちりお仕事に行って参ります。