リビングのソファでテーブルを囲み、皆で座った。
ターン1回目が始まろうとしている。
國近夫妻を除いた6人はそれぞれのシナリオを手に持っていて、時折目を通していた。
一色は気づかれないようにこっそり固唾を飲んだ。唾液が少々喉に絡まって痛い。
くじに書かれた3文字を思い出す。
—犯人役。
一色は幼女を襲う卑しい獣であった。
濡れた唇をねっとりと這わせるように拭う。
彼のキャラクターは青年。長身で細めの体。父親役と母親役の甥。従姉妹役が妹である。
大学で研究をしており、博識で、妹と幼女の面倒はよく見ていた。
重度の幼女趣味であり、そして何者から猛獣になる薬を打たれた。しかし誰に打たれたかは定かではない。
彼が幼女を、襲い、本能のまま喰った張本人だった。
面白い。
一色は微かに眉をぴくりと動かして、片手で笑顔を隠した。
「では始めましょうか。
ここは家族の館。雨降る暗闇の一夜です。昨日幼女が喰われて殺された。その謎を解明するべく長老は探偵を呼びました。…犯人は誰ですか?さて名探偵好きなように進めてください。」
京司と佳芳は並んでソファに座っていた。まさに天の上の神と魂と化した幼女のように一色の目に映った。
「あ、はい。まずは皆様、私に自己紹介をしてください。
自分の役が不利になる情報は言わなくても大丈夫です。それを含めて互いに探っていきましょう。」
兎乃は自分の紙を握りしめて、硬い声で述べ伝えた。
外は煌めく木漏れ日が揺れ綿をも優しく乗せる軽風が紺青館を包むというのに、兎乃の目には狂う強風が巻き上がるように渦を描き、腕に刺さる冷たさの滝落としが見えた。
背筋を凍らせながら周りを見渡す。
誰が犯人なのか。
「はいはーい!まず俺ね。俺は幼女ちゃんの従姉妹!10歳くらいのオンナノコで、青年くんの妹っす。
幼女ちゃんとは仲良かった!同じ園に通ってて、年下だけど優等生で頭のいい幼女ちゃんは尊敬してたんだって。終わり!」
「なるほど、ありがとうございます。」
兎乃がメモ帳に言われたことを書いていく。
「えと、こうやってメモを取るのはいいんでしょうか。」
「ええ、構いませんよ。」
佳芳が答える。
「じゃあ次に隣の東堂さん。」
「はい、私は長老です。父親役の親ですね。母親役とは義理の親子です。
幼女とは…あまり関係は良くなかったみたいですね。」
そう東堂が兎乃の目を見据えて伝えると、曜が声を抑えて隣の一色にしか聞こえないように呟いた。
「ほら、義理ですってますます怪しいわ。」
一色は可笑しく思って微かに笑みを浮かべる。いやいや、ここにいますよ本物の猛獣が。
「ありがとうございます。次、牧ちゃんどうですか。」
「あ!はい、私はえっと。幼女のお母さんです!甥っ子に青年が、姪っ子に従姉妹ちゃんがいます。
幼女のことは本当に可愛がってました。…食べられちゃって、混乱してます。これでいいかな。」
牧の話からは感情移入している様が伺えた。
言葉を発するごとに表情がころころと変わって、彼女の性格の良さが垣間見えるようだった。
彼女が犯人役をやったら、開始数分で自分の口から明かしてしまいそうだった。
「お次は曜さん。」
「あたしは幼女の父親ね。若い男よ、病弱で家で仕事しながら幼女の面倒を見てる。
同じように体の弱い幼女を大切にしてるわ。」
曜の手にはシナリオの紙はなく、隣に置いてあった。
「最後に一色さんお願いします。」
「私は青年です。
長老の孫、母親と父親の甥、従姉妹役を妹に持ちます。
知識豊富で、幼女に勉強を教えることもあったようです。」
「なるほど…。」
一色がそう答えると兎乃はうーんと唸って、丸い顎を手で撫でた。
「皆さんありがとうございます。私今思ったのですが、嘘って吐いてもいいんでしょうか。」
嘘。
一同が若干ざわめく。誰も予測していなかった意見だったのだ。
「犯人は嘘を吐いて自分が犯人でないように見せかけなければならないでしょう。
でも、犯人以外の人物が嘘を吐いてはいけないというルールはなかったはずです。犯人だけが虚偽の発言を許されるなんて不公平だとは思いませんか。」
「え、でも犯人以外に嘘吐く理由とか得ってある?」
「あります。」
兎乃は空気をも切れるほどの鋭い視線で質問の主である曜を見据える。曜は心の裏が震えるのを感じた。
例えば、と口を開ける。
「犯人を庇いたい人物が居た場合、です。関係性や性格によって変わるでしょうが、そういうことをするようなキャラクターは存在すると思うんです。
どうでしょう、京司さん。」
そう、彼女が問いかけるとええ、と頷いた。その顔はあまりにも落ち着いており、ただ一人この質問を予測していたかのようだった。少なくとも、犯人である一色の瞳にはそう映し出されていた。
「いいでしょう。好きにしてください。」
許可が降りた。兎乃は満足げに体の向きを直して皆に目線を動かした。
「じゃあ嘘を吐いてもいいです。犯人も、それ以外の方々も墓穴を掘らないように、慎重に。そして大胆に幼女殺しの猛獣を狩ってやりましょう。」
膝に腕を立て、手で顔を支えると前屈みになった。
その顔はどこか自信に満ちて、猛獣を挑発しているように見えてしまう。
犯人役以外の人物も炙り出してしまうような瞳の燃え盛る炎に恐れを抱かずにはいられなかった。
一色は乾いた喉を湿らすには足りない少なさの唾を飲み込んで、下唇に軽く噛み付いた。
そして、始めましょうと言ったその時兎乃の眼がこちらをぐるんと向いた気がした。
ただの、ただの気のせいだ。