「京司、大丈夫?」
彼は頷く。
「ああ、ごめんいつも。」
京司は佳芳の右頬に自らの手を当てて、愛でるようにさすった。
濡れた子犬のように申し訳なさそうに笑って、もう一度ごめんと口にする。
「いいの。少しは元気になった?」
「うん。」
佳芳はよかった、とほくほく笑って頬に当てられた骨張った手を暖かく柔らかい掌で包み込む。
小さめのステンドグラスの窓から射す光は、そのグラスの虹色を帯びて2人に淡く柔らかい色を落としていた。
廊下からは幾人かの話し声が聞こえてくる。内容も表情もわからないが、何かを会話しているということだけが知り得るくらい遠く小さな音が聞こえていた。
「じゃあ水と薬置いておくから、」
京司の体が勢いよく跳ね上がって、這うように上体を倒した。突然だった、何度も咳き込んでいる。
「京司!」
肩を支えようとする佳芳を震える手で止めて、ひゅーひゅーと喉を鳴らす。彼も彼女も苦しそうに眉根を寄せた。
「ごめっ、か、ほ、うっあっ」
「喋らなくていいから、大丈夫よ。落ち着くまでこうしていよう。大丈夫、ここにいる。」
支え合うようにして抱き締めて、京司は彼女に背中をさすられていた。
「色々、考えてしまって、一番最初の症状の時、思い出して」
「うん、うん。」
怖かったね、と身を寄せ合って一生懸命にぬくもりを感じようとした。彼の痛みを自分のものだと思って、苦しくなった。
佳芳は涙をいっぱいに溜めて、しかしそれを悟られまいと声に出るのを必死に抑えて、心の中で泣いていた。
何故、こんな風に悩まなければならないのか。
何故、このように惨めで情けなく思わないといけないのか。
何故、思うように愛し合えないのか。
何故、喉を痛め胸を縛られて頭を血の滲むほど掻きむしりどんなに苦しくても生きていかねばならないのか。
何故、自分が彼ではないのか。
どうして。
どうして愛してると言えないの。

どうして、私たちを照らす光はやがて陰るの。