「…ふはっ、ブリキちゃんは変わってる。」

そのまま肩を震わせてクスクスと笑っている。
警戒の色が解かれていることは、バイタルから読み取れた。
対する僕は、内部冷却のために大きな溜め息をひとつ吐き出した。

「…上の者には内緒にしてください。
僕はまだ初期化されたくないんです。」

「ふっ、はは…いいよ。
ブリキちゃんには特別に教えてあげる。
私と彼女がどう愛し合っていたかを。」

そのためには、と一呼吸置いてから、リリーはその体を少しだけ前に屈めた。
両手足を拘束された格好はひどく窮屈そうだ。それを彼女も気にしていたらしく、

拘束(これ)を解いて。ブリキちゃん。
そうしたら、私は君を思う存分愛せるから…。」

「え。」

僕は逡巡した。
大きなリスクと、大きな誘惑を同時に突きつけられたためだ。

彼女の身柄を自由にして、何か起こったら?万が一自殺などされたら困る。メグの居場所は分からず、僕は責任を負わなくてはならなくなる。

しかし同時に、彼女の言った「愛する」が、今の僕にはひどく魅力的に思えた。
合理と欲求を格闘させた結果、僕が選択したのは、

「分かりました。」

ゆっくりと、彼女の体に巻き付く拘束具を解いていく。
そう。欲求に勝てなかったのだ。

リリーは、解放された両手足を目一杯伸ばし、滞った血液を全身に行き渡らせていく。

「ありがとう、ブリキちゃん。」

ハスキーボイスが僕に掛けられる。
次いで、彼女はその白い肢体を、僕の機体にゆったりと絡ませた。

リリーのバイタルがどんどん上昇していく。興奮、しているんだろうか。
僕は一瞬だけ、上手く冷却循環が行えなくなった。金属製の気管をごくりと鳴らし、彼女の動きを目で追う。

……かと思えば、どうしたことか。

リリーの両手は獲物を前にした蛇のように、全く迷う事なく僕の首を捉えたのだ。

「っ!?」

気管が物凄い力で締め上げられていく。内部熱を発散させるための呼吸を止められた。
何が起こっているのか理解できず、僕はリリーの顔を凝視する。

今まさに僕のことを締め殺そうとしているリリーは、さっきと何も変わらないブルーの瞳を僕に向けるだけ。

「……リ…り……。」

リリーの握力はますます強くなり、ブルーの目は興奮気味に僕の顔を覗き込む。あまりの顔の近さに“人間の眼球越しに自分の顔を見る”という珍しい体験をした。

「…はあっ、はぁ…。」

リリーの息が荒くなる。
対する僕は頭が真っ白になり、視界にはノイズが混ざる。

僕は機械だ。だから“死ぬ”ことはない。熱暴走により電子回路がいかれて、最後には壊れる。それだけだ。
だがこれが生身の人間なら、その程度で済むはずがない。

やがて、憧れ続けた殺人鬼の手によって、僕の機体は呆気なく破壊されてしまった。